やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 筆者が最初に介助犬を知ったのは,医学部の学生のときでした.たまたまアメリカに短期留学しているときに,車いすの障害者に寄り添い,かばんを持ち,ドアを開け,エレベーターのボタンを押す「犬」を見たとき,盲導犬以外の犬の能力を初めて知りました.その数年後,CNNニュースで多発性硬化症の杖歩行をしているアメリカ人女性が,転倒して立ち上がるときに介助犬につかまって立ち上がり,前屈位から犬が頭を下から押し上げて立つ介助をするのを見て,そして本人に会いさまざまな話を聞き,そのすごさにただただ感動したのを今でもよく覚えています.その女性は,介助犬が歩行介助と落下物の拾い上げ,起き上がり,立ち上がりの介助をしてくれなければ,歩行には両側からの支えが必要であるため歩行器のようなものを使用するか,電動車いすを使用しなければ移動ができません.しかしながら,彼女自身が看護師であったこともあり,自分の動作や生活については熟慮している方であったことから,残っている筋力をこれ以上落としたくないと歩くことを希望していました.それまで手の感覚障害と筋力低下からよくものを落とし,落とすとかがめないため拾えない.膝折れしたり,転倒したときには人が駆けつけてくるまではそのまま倒れているしかない.着脱衣のときにもかがむ動作を必要とするため,介助が必要.家の中では冷蔵庫や皿洗い機のような重い扉は筋力が弱くて引いて開けることができない,等々の理由から,一人で遠出をして宿泊するなどということは考えられませんでした.しかし,介助犬が前述の動作を代償し,一人で出かけても大丈夫,という自信を得ることで,彼女は普段の生活でも安心して一人で過ごせるようになりましたし,そして介助者なしで日本に来ることも可能となりました.
 日本ではこれまで補助犬同伴による社会参加の権利が法律によって保障されていませんでしたが,2002(平成14)年10月1日に身体障害者補助犬法が施行され,補助犬はようやく障害者の自立と社会参加のための存在であることが法的に認められました.補助犬法の成立によって,ようやくわが国も自立手段の選択肢として,補助犬を選択することができるようになったといえます.
 一方で社会参加の問題だけでなく,補助犬の存在が障害者にとって,障害者の生活にとってどのような存在であるのか,どのような有効性があり,どのように位置づけられるものなのかなどの議論や研究も,世界的に学術的検討が十分であるとはいえない現状があります.介助犬の有効性として,その社会的効果や情緒的効果については1970年代から精神・心理学分野や動物行動学分野で調査が行われてきましたが,リハビリテーション医学的または機能的効果や適応基準等についての検討はほとんどなされてきませんでした.その結果,補助犬の存在は障害者の自立支援やリハビリテーションと離れた場所で提供されるものとなり,適応範囲や処方体制の確立,公費助成制度を含めた訓練や給付,管理等についての助成制度の拡大を検討するに至らなかったと考えられます.
 介助犬の育成が20年以上前に始まったとされる米国でも,介助犬の適応基準や適性評価基準等といった,本来補装具や福祉サービスに設けられる基準は一切ありませんでした.これに初めてメスが入れられたのは,1995年に医学雑誌であるJAMAに介助犬の有効性についての論文が掲載されたことがきっかけでした.介助犬は肢体不自由者に対して,社会参加を促進し,自尊心,自制力を向上し,さらに人的介助費削減にもつながる,としたこの論文が契機となってMedicare and Medicaidの対象として,介助犬を含む検討を始めた州がいくつか出てきました.そして,これがはじめて「介助犬とは」「その適応とは」「訓練基準とは」「認定基準とは」を検討するきっかけとなったのです.
 日本でも公費の助成対象とするためには,それなりの基準,規格,資格等が必要となります.無論,犬はものではありませんから,決まった数を決まった期間訓練して規則的に送り出すことなど不可能です.ましてや,介助犬の場合は,対象者のニーズが多様なわけですから,同じ期間,同じ価格で訓練が終了するはずがありません.しかし今後は日本でも医療福祉的な視点からの一定の基準や規格等についての検討がなされていくことは必要だと思います.
 補助犬は,介助者と異なり,障害者自身の身体の一部としてのはたらきを担います.と同時に,障害者である使用者が補助犬にとって唯一の保護者となる責任を負うことになります.これをデメリットとするかメリットとするかが,補助犬の適性・適応の見極めのポイントです.日々の世話に加え,感情があり,病気になることもあり,そして私たちよりも確実に早く死んでしまう犬と生活することがわずらわしい,と考える人は補助犬との生活に適していません.機能的適応に加えて,保護者となり,責任者となること,ひとときとはいえ,8年から10年という限られた時間を共有できる喜びを味わえる障害者なら補助犬との生活を有効に楽しめる人でしょう.介助犬の場合は,障害の状況により達成されるゴールは人それぞれです.筆者がアメリカで出会った多発性硬化症の女性のように,一人でできなかったことが介助犬の介助によってできるようになることもありますが,介助者の時間や介助内容をごくわずか減らすに留まることも多いと思われます.場合によっては介助の時間数は変わらないこともありますし,逆に介助犬を導入したことでより外出頻度が増して,介助者を必要とする時間が多くなった,ということも実際には多いのです.ただし,介助犬により,少しでも早く,またはより快適に動作や移動や作業ができる,という機能的効果と,保護者としての,生きるものとの絆を結ぶことによる精神的,社会的効果が介助犬との生活における最高のメリットであることもたしかです.
 介助犬の情報は現状ではまだ医療従事者にも福祉関係者にも浸透しているとはいえません.介助犬が一人でも多くの障害者の方の自立と社会参加に寄与するためには,リハビリテーション専門職が自立手段としての介助犬の有効性や実際を把握し,適切な情報提供と支援をすることが求められます.そのためにも,リハビリテーション専門職,行政関係者,障害者の自立支援に携わる方々にぜひ読んでいただきたいと思い本書を執筆いたしました.緒についたばかりの介助犬が,障害者の自立と社会参加に寄与できるよう,より多くの方にこのマニュアルが活用されることを期待しています.
 2004年5月10日
 高柳 友子
リハビリテーションスタッフのための介助犬まんがマニュアル 自立支援への新たなるアプローチ
CONTENTS

まえがき
Photo 介助犬と介助動作のいろいろ

第1章 介助犬使用までの流れ 高柳友子
 はじめに
 ステップ 1 社会福祉士(ソーシャルワーカー)による相談
 ステップ 2 受診
 ステップ 3 ゴール設定と訓練計画
 ステップ 4 候補犬選択・決定と適合評価
 ステップ 5 基本訓練・作業訓練
 ステップ 6 中間評価・合同訓練
 ステップ 7 総合評価
 ステップ 8 認定審査
 ステップ 9 訓練事業者による継続指導

第2章 まんが介助犬とくらすまで 作/高柳友子・まんが/たなかしんこ
 Chapter 1 介助犬を知る
 Chapter 2 介助犬を申し込む
 Chapter 3 いよいよ合同訓練
 Chapter 4 介助犬との生活

第3章 介助犬にかかわる各専門職の役割 高柳友子
 社会福祉士の役割
 医師の役割
 理学療法士の役割
 作業療法士の役割
 訓練事業者の役割
 獣医師の役割

第4章 その他の留意点 高柳友子
 医療機関における補助犬同伴者の受け入れ
 犬から感染する可能性のある疾病
 犬の健康管理
 犬の衛生管理
 アレルギーへの対応

第5章 介助犬利用におけるリハビリテーション工学技術の応用 飯島 浩・イラスト/飯島里美
 リハビリテーション工学技術と介助犬
 応用分野と操作方法
 工学技術応用に関する現状と課題

付録 調査書式見本
付録 認定申請書式見本
付録 介助犬の訓練基準に関する検討会報告書
付録 介助犬及び聴導犬の認定基準に関する検討会報告書
付録 介助犬訓練事業及び聴導犬訓練事業の開始の届出等について

文献
あとがき