やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監訳者の序

 Michelle H.Cameronによる「Physical Agents in Rehabilitation」を目にしたとき,長年求めていた物理療法の本が手に入った感があった.
 リハビリテーションの歴史のなかでは,「人間らしく生きる権利の回復」の手段として,物理療法はきわめて重要視されてきた.温泉はヨーロッパにおいても日本においても昔から親しまれており,温泉に行くことがリハビリテーションであるとまでいわれるほどに一般に普及した.しかし,人々が多く住まう都市から遠く離れた温泉を利用した転地リハビリテーション医療は,今日では,在宅を中心として自立を求めるリハビリテーションの流れのなかで,人々の活動や社会参加に十分寄与しないと考えられるようになった.そこで温泉などで使われていた物理療法を近代的な方法で抽出し,温泉へ行かなくとも都市の病院で簡便に利用できる物理療法が主流となってきた.これらはホットパックなどの温熱療法や,渦流浴やプールなどの水治療法であり,赤外線療法や圧迫などであった.さらにその後,超音波療法や低周波療法などの電気療法が物理療法に加わった.
 このような物理療法の歴史のなかで,温熱療法や水治療法の適応・禁忌などが明確になり,さらに牽引療法,超音波療法,ジアテルミー,電気治療などにおいても,その生理的作用や適応が明らかになってきた.物理療法の生体への作用に科学的メスが入り,適用時間,程度,頻度など,各種の物理療法の適用上のパラメーターが明確になってきた.今日では,痙縮などの亢進した筋のトーヌスの減弱,関節拘縮の緊張寛解,疼痛の緩和などを目的として物理療法が日常的に利用され,物理療法は都市の病院でも一般的な治療法となった.
 本書には物理療法の原理,作用,適応にかかわる最先端の研究が網羅されており,データや文献も十分に記載されている.物理療法の機構とその作用の基礎を学ぶためには最適な本である.とくに最後の章では,リハビリテーション医学における物理療法の今後の研究の方向性が示唆されており,物理療法の研究や治療に携わる人々のよき指針となると思われる.
 2003年5月
 監訳者を代表して 眞野 行生

序文

 物理療法についてクラスや講座で教えているときに,私はしばしば学生から「このような知識をすべて網羅している書籍で,先生が勧めてくださるものはありませんか」と尋ねられ,私は,「近いうちに私が書きますから」と答えていたようである.その後,電話が鳴り,受話器の向こうの人物から,「こちらは出版社のW.B.Saundersです.物理療法について新しい教科書をご執筆いただけませんか」と言われたとき,私は即座に「ええ,ぜひ」と答えた.それから,衝撃が,仕事が,興奮が押し寄せ,今,ここに数年が経過し人生のいくつかの出来事を経て,本書が完成した.
 ほかにも物理療法に関する書物はあるが,本書ほどの広がりと深さをもつ情報が網羅されたものはないと信じている.この本を読まれた読者は,温熱療法,水,機械的・電気的療法などをはじめとして,リハビリテーション臨床家が使用するすべての物理療法に精通することになるだろう.さらに,物理療法によって効果的に治療できる患者に現れている問題のタイプ,物療剤[訳注:物理療法で用いられるさまざまな作動物質]の物理的特性と生理的効果についても理解するだろう.また,読者はこの知識を応用して,患者の転帰を最善にするために適切な物理療法と治療指標を選択し,安全で効果的な適用技術を用いることができるようになるだろう.そのうえ,読者は,物理療法の使用はなぜ患者に利益をもたらすのか,そのようなインターベンションによってどんな種類の利益を得ることができるか,そのインターベンションはどんなメカニズムで効果をもたらすのか,などについて十分に理解するだろう.
 本書は,リハビリテーション部門の学生と開業臨床家にリハビリテーションで物理療法を適用するための十分な知識と確固たる基礎を提供している.本書は主として,理学療法を学ぶ学生と理学療法士のために書かれたものであるが,理学療法士助手,作業療法士,カイロプラクティック療法士,臨床医,およびそれらの分野で物理療法の利用について学んでいる学生のニーズにもこたえている.本書は,講座用教科書として学生が使用できるよう構成され,各章の最初に概略と目標を掲げ,書物全体を通して内容を要約したリストをつけ,章のまとめを行っている.しかしながら,もちろん臨床家が参考書として用いることもできる.
 本書は3つのセクションに分かれている.第1セクションには,物理療法の適用により影響される生理的過程に関する各章が含まれ,第2セクションには,さまざまなタイプの具体的な物理療法とそれらの適用に関する各章が含まれ,そして第3セクションは,物理療法の適用と他の治療処置との統合に関する各章を含み,リハビリテーションにおける物理療法適用に関する今後の研究に示唆を与えている.
 第1セクションで読者は,組織の炎症と治癒,疼痛,トーヌス異常,運動制限について学ぶ.この情報を最初に提示するのは,物理療法の選択と適用に関する意思決定を行うときに,患者に現れている問題の評価から得られる情報を利用できるようにするためである.
 第2セクションで読者は,さまざまな物理療法と,それらの臨床適用のさいに推奨できる治療法について学ぶ.禁忌と注意事項についての詳細,および臨床適用のための具体的なガイドラインは,一貫して同じ体裁で配列して提示しているので,すぐに見分けがつき,資料の理解や再検討が容易にできる.物理療法を適用するための物理的・生理的基礎をまず最初に説明し,それに続いて物理療法の効果に関する研究を考察しているが,その目的は,推奨する臨床適用ガイドラインの基盤となることである.このセクションには,温熱療法,水治療法,牽引と圧迫,超音波,電磁場,電流についての各章が含まれている.
 温熱療法を取り扱っている第6章では,組織温度の上昇下降のメカニズムと効果,寒冷療法と温熱療法の臨床適用について述べている.水治療法に関する第7章では,水治療適用の基礎を説明し,開放創の洗浄,または運動環境として水を利用するためのガイドラインを提供している.第8章は,牽引と圧迫という形での機械力の適用を取り扱う.牽引の項では,脊椎に対する機械的牽引の適用に焦点を置き,圧迫の項では,浮腫を抑えるための圧迫の使用に焦点を当てている.超音波に関する第9章では,循環と組織の伸展性の増大,組織治癒の促進,経皮的薬物浸透の促進など,超音波使用の温熱効果と非温熱効果について論じている.電磁気療法に関する第10章では,電磁スペクトルについて,および電磁放射線照射の治療効果を達成する物理療法について説明している.これらの物理療法には,紫外線,レーザー,ジアテルミーが含まれる.電流に関する第11章では,リハビリテーションで利用される電流のタイプとその適用--筋収縮の誘発,疼痛コントロール,組織治癒,経皮的薬物浸透の促進--について述べている.第1と第2セクションのすべての章には臨床症例研究が含まれ,患者治療の中で提示された資料を説明し,最適な物理療法と治療指標を選択するさいの臨床での意思決定過程を実例で示している.
 第3セクションでは前出の2つのセクションの知識を統合している.第12章では,物理療法を相互に,また,ほかのタイプのインターベンションとどのように組み合わせればよいか論じている.またこの章では,さまざまな保健医療供給システムの中で物理療法の利用のしかたに関する検討もなされている.最後の章では,臨床実践の正当性を確認しそれを進歩させるためには,リハビリテーションでの物理療法の利用に関してさらなる研究が必要とされる理由を説明し,研究を方向づける提案も含んでいる.
 本書こそ,私と学生がずっと探し求めてきた物理療法の本である.論理的で一貫した各章の構成によって,提示されている情報が容易に見つかり,また,情報の深さ,完全な参考文献,実証的な症例研究によって,物理療法を安全で効果的に適用して患者のリハビリテーションをどのように強化すればよいかについて,読者は容易に理解することができる.
第1章 はじめに
  物理療法の定義と実例
  物理療法の分類
  医学とリハビリテーションにおける物理療法の歴史
  患者治療におけるリハビリテーションの役割
  リハビリテーションにおける物理療法の役割
  物理療法の効果
  物理療法の一般的禁忌と注意事項
  章のまとめ
  文献

セクション 1 病理と患者の抱える問題
第2章 炎症と修復
 Julie A.Pryde
  炎症期(第1日〜第6日)
  増殖期(第3日〜第20日)
  成熟期(第9日以降)
  慢性炎症
  治癒過程に影響する要因
  個々の筋骨格組織の治癒
  臨床症例研究
  章のまとめ
  文献
第3章 疼 痛
  疼痛の種類
  疼痛の受容と伝達のメカニズム
  疼痛の調節とコントロール
  疼痛の測定
  疼痛管理法
  臨床症例研究
  章のまとめ
  文献
第4章 運動制限
 Linda G.Monroe
  はじめに
  運動の種類
  運動制限のパターン
  運動を制限する組織
  運動制限を引き起こす病理
  運動制限の評価
  運動制限に対する治療法
  運動制限の治療における物理療法の役割
  臨床症例研究
  章のまとめ
  文献
第5章 トーヌス異常
 Diane D.Allen and Gail L.Widener
  筋トーヌスの定義
  トーヌス異常に関する用語
  筋トーヌスの測定
  筋トーヌスと筋活性化の解剖学的基盤
  異常な筋トーヌスとその結果
  臨床症例研究
  章のまとめ
  文献

セクション 2 物理療法
第6章 温熱療法:物理学的原理,寒冷および表在性温熱
  熱エネルギーの物理学的原理
  比熱
  熱移動方式
  寒冷-寒冷療法
  寒冷の効果
  寒冷療法の適応
  寒冷療法の禁忌と注意事項
  寒冷療法の副作用
  適用技術
  記録
  臨床症例研究
  温熱-温熱療法
  温熱の効果
  表在性温熱の適応
  温熱療法の禁忌と注意事項
  温熱療法の副作用
  適用技術
  記録
  臨床症例研究
  寒冷療法か温熱療法かの選択
  章のまとめ
  文献
第7章 水治療法
  水の物理的特性
  水治療法の生理的効果
  水治療法の利用
  水治療法の禁忌と注意事項
  水治療法の副作用
  適用技術
  記録
  水治療法に関する安全の問題(感染の制御とプールの安全性)
  臨床症例研究
  章のまとめ
  文献
第8章 牽引と圧迫
  牽引
  脊椎牽引の効果
  脊椎牽引の臨床適応
  脊椎牽引の禁忌と注意事項
  脊椎牽引の副作用
  適用技術
  記録
  臨床症例研究
  圧迫
  圧迫の効果
  圧迫の臨床適応
  圧迫の禁忌と注意事項
  圧迫の副作用
  適用技術
  記録
  臨床症例研究
  章のまとめ
  文献
第9章 超音波
  歴史
  専門用語
  超音波の発生
  超音波の効果
  超音波の臨床適応
  超音波の禁忌と注意事項
  超音波の副作用
  適用技術
  記録
  超音波ユニットの購入-どんなものを探すべきか
  装備基準
  ユニット較正
  臨床症例研究
  章のまとめ
  文献
第10章 電磁放射線
 Michelle H.Cameron,Diana Perez,and Suzana Otan~o-Lata
  電磁放射線
  電磁放射線の物理的特性
  電磁放射線の生理的効果
  紫外線
  紫外線の物理的特性
  紫外線の効果
  紫外線の臨床適応
  紫外線の禁忌と注意事項
  紫外線の副作用
  適用技術
  記録
  紫外線灯の選択
  臨床症例研究
  レーザー
  レーザーの物理的特性
  低出力レーザーの効果
  低出力レーザーの臨床適応
  レーザーの禁忌と注意事項
  レーザーの副作用
  ジアテルミー(温熱性と非温熱性)
  ジアテルミーの物理的特性
  ジアテルミーアプリケーターの種類
  ジアテルミーの効果
  ジアテルミーの臨床適応
  ジアテルミーの禁忌と注意事項
  ジアテルミーの副作用
  適用技術
  記録
  ジアテルミー装置の選択
  臨床症例研究
  章のまとめ
  文献
第11章 電流
 David M.Selkowitz
  電流の治療適用の概論
  電流の効果
  電流の用途
  電気療法装置の選択
  安全面で考慮すべき事項
  適用技術
  記録
  臨床症例研究
  章のまとめ
  文献
セクション 3 現在と将来の臨床における物理療法のまとめ
第12章 患者治療のための理想的な物理療法の選択
  物理療法選択のさいに考慮すべき特性
  物理療法同士または他のインターベンションとの併用
ざまな保健医療供給システム内での物理療法の利用
  臨床症例研究
  章のまとめ
  文献
第13章 リハビリテーションにおける物理療法の今後の研究の方向性
  リハビリテーションにおける物理療法について今後の研究が必要な理由
  ィ理療法に関する今後の研究分野
  物理療法に関する今後の研究の方法論的特徴
  結論
  章のまとめ
  文献

 よく用いられる術語の解説
 よく用いられる略語と頭字語
 単位
 索引