やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社



 米国永住を決心しようとしていた頃,日本でもリハビリテーション医療,関与する専門職種の必要性が話題になりはじめていると聞き,何かのお役に立てればとの愛国心で帰国して30年を経過した.大きく3分すると,はじめの10年は我武者羅にリハビリテーションの定着,啓蒙を主眼として積極的に全国の研修会,講演会,養成校の授業を引き受けた.さらに20人近く,現在活躍中のリハ医の米国留学,研修の実現に力を尽くした.
 東京都養育院(現老人医療センター)と老人総合研究所を担当していた期間は,当時の日本においては臨床,教育,研究でトップレベルに達していた自信がある.その間,医歯薬出版,医学書院等を通じてリハビリテーション関連の本を出版することにも力を入れて,カリエの『痛みシリーズ』や『リハビリテーション・クリニックス』の刊行をみた.リハ専門医制度の確立,卒前卒後の教育,私立のPT・OT養成校の設立,義肢装具製作者の啓蒙などをすすめた.特に義肢装具製作者のために当時の欧米の学会でははじめてであったが,日本語での同時通訳を務めさせていただいた.
 次の10年間は都のセンターも人材が育っていることを信じて離れることを決心し(実際にはガタガタになったが),自分なりに地域の中でリハビリテーション医療を実践することとした.はじめは相談所も兼ねた診療所,後には入院設備も備えた開業であったが,以前より自分の興味分野であったスポーツ医学のリハビリテーションを前面に出して,オリンピック選手,プロ野球選手,高校全国大会に出場するサッカー,ラグビー,野球の選手たちの骨折や外傷を担当し,できるだけ早く現場復帰させることを目標とした.現実路線を徹底したためか,1日350〜400人の外来患者が全国より来られ入院は常時満床という盛況であった.そのために近医から思わぬ中傷,誹謗,投書攻撃を受け,日本人の狭量な人間性をいやというほど肌で感じさせられた苦い思いを経験した.彼らの執拗な投書,中傷が続いたので患者さん方に危害が及ぶ前に完全閉院を決意して再度外国の空気を吸いに出かけることとした.自分が育てた人たちが全国それぞれの分野で活躍をしてくださっているので未練なく次のステップを考えることとした.
 在中国時代には,子どもの時からクラシック音楽の専門家(ピアノ,指揮)をめざしていたので,関連のある演奏家でいろいろな痛みに困っている方々のリハビリテーションを手がけはじめ,全般的なリハビリテーションの診療,指導を中心に勤務医として現在に至っている.
 帰国後30年および西暦2000年を節目とした出版物を考え,カリエ先生とも相談して機能解剖の図説をまとめることとした.久留米大学医学部では5〜6人が一組でテーブル1台を囲んで解剖実習を受けたが,Case Western Reserve大学の医学部ではちょうど医学教育改革のためFord基金の援助もあり1人1体専用のテーブル,冷凍・冷蔵庫が併設され,audiovisualの設備も個人用に完備していたのには驚いた.夜でも自由に自習ができるようになっているし,米国の医師1人ひとりのレベルの高さの根源はこんな細部にあることを感じさせられた.実際にCase Western Reserve大学医学部では解剖と並行して内科や外科の臨床講義が進められるのでより現実感を覚えたが,それでも機能解剖に関しては不十分という印象が残った.
 帰国後再度自分なりの勉強をしたいとお願いしたところ,快く東邦医大第一解剖学教室の幡井勉元教授と故橋本長前教授が学生の実習の後,夕方より夜にかけて特に筋,神経の走行についての確認をさせてくださった.その御好意,御恩に関しては今更ながらただただ感謝あるのみである.学生時代に機能に関連を持たせた解剖の授業が受けられれば,臨床にもたいへん効果的な結果が生まれるであろう.今回の図説を解剖実習の補助として,医学生,PT,OT,柔整師,マッサージ師,ナース等の学徒の方々が利用して下さればたいへん有効な学習手段になり得ると考えている.さらにスポーツに何らかの形で関与しておられるすべての関係者にぜひ役立てていただきたい.
 2000年より介護保険制度が我が国で発足したが,増大する老人医療費を削減するために介護保険に振り替えることが第一の目的であったことは明白で,長年準備した上で住宅状況をいち早く整備して始めたドイツの長期計画と基本的に異なっている.
 安易な試験で素人も含めた人々をケアマネジャーと認定してお墨付を与え,彼らが不十分な知識でケアプラン等を作成して実施しようとしているのを見ると,肌寒さを覚える.PT・OT等の専門職に開業権を与えて,訪問リハビリテーションのステーションを開設できる制度にしなかったことも問題である.
 家に残って親の面倒をみた家族が遺産相続をした昔の日本の美徳が無くなり,変な平等だけを主張する民主主義がはびこる現在では,介護保険の基本理念である在宅介護がうまく運営できるはずがない.親の面倒をみて来た夫婦の夫が先に死亡した場合,嫁には全く相続の権利がなくて,それまで近寄ろうともしなかった他の親族が突然現れて相続の権利を主張する骨肉の争いを臨床の現場では毎日のように見聞する.介護保険制度が機能するためには,まず住宅制度を刷新して自宅で介護できるような部屋の確保が先決である.老人医療費の節約のため,患者を病院の介護病棟に押し込んで,病院を老人ホーム,さらには特養化させて制度の改善などと思い込んでいる紙の上の計算しかしない議員や官僚は亡国徒である.
 リハビリテーションの専門的な見方で判断すると2000年発足の介護保険制度は100点満点で15〜20点である(自宅介護で寝たきりで脱水症状になるケースが病院の介護病棟に入れるので,少しは人間的な対応が受けられ得ることを考慮して).
 いろいろとあった中で,西暦2000年にこの書が出版できるのは,今まで30年にわたって出版のおつき合いをいただいた医歯薬出版株式会社および編集部の担当者の御尽力によるもので,心から深謝の意を表する次第である.
 2000年 秋 荻島秀男
序…荻島秀男
はじめに…Rene Cailliet

第1章 神経筋骨格系の機能
 パターン
 筋骨格系の機能
 筋緊張(トーヌス)
 筋収縮
 筋収縮に対する緊張の影響
 筋収縮の特徴
 コラーゲン
 関節
 参考文献

第2章 脊柱の機能解剖
 脊椎の構造と機能
 静的脊椎
 腰仙椎
 腰椎の安定性
 辷り症
 動的脊椎
 後部脊椎構成
 活動している脊椎における筋の役割
 腰仙リズム
 椎間板性疾患の機能解剖
 参考文献

第3章 頸椎
 頸椎の機能解剖
 上部頸椎複合体
 頸椎の後頭-環椎-軸椎節部の靭帯
 下部頸椎複合体
 動的頸椎
 頸椎の筋群
 頸椎の神経
 下部頸椎筋の神経
 神経根での交感神経系の関与
 椎骨動脈
 皮膚節分布
 脊髄の血管支配
 参考文献

第4章 肩の機能解剖
 肩甲肋骨関節
 肩甲骨に作用する筋群
 臼蓋上腕関節
 ローテーターカフ(腱板)
 臼蓋上腕関節の筋群による動的作用
 白蓋上腕関節の動的運動
 肩甲上腕リズム
 白蓋上腕運動の上腕二頭筋メカニズム
 胸郭出口
 参考文献

第5章 肘,手関節,手,手指,肘
 外来筋群
 手関節
 手関節の靭帯
 手根骨
 ギヨン管
 個々の骨
 舟状骨
 中手骨
 中手指節関節
 指骨
 外来筋-腱性のコントロール
 屈筋腱
 手内筋
 機能的な用語
 手指伸展機構
 支帯靭帯
 母指球および小指球の手内筋群
 手の神経支配
 正中神経
 尺骨神経
 橈骨神経
 参考文献

第6章 股関節
 股関節
 股関節の関節可動域
 股関節の筋群
 大殿筋
 中殿筋と小殿筋
 腸腰筋
 ハムストリング筋群
 大腿筋膜張筋
 縫工筋
 大腿三角(スカルパ筋)
 歩行における股関節
 参考文献

第7章 膝関節
 大腿-脛骨関節
 半月板
 関節の安定性
 側副靭帯
 大腿-脛骨関節構造への血管供給
 関節包と側副靭帯
 内側側副靭帯
 外側側副靭帯
 十字靭帯
 膝蓋-大腿関節
 大腿脛骨および膝蓋大腿関節の機能解剖
 大腿-脛骨運動
 屈曲-伸展の靭帯性コントロール
 屈曲-伸展における側副靭帯
 半月板の動き
 膝関節の動きに対する筋の作用
 膝蓋-大腿関節
 膝運動の際の膝蓋骨の動き
 大腿-膝後方の筋群
 神経支配
 正常歩行における膝関節
 階段の昇降における膝
 参考文献

第8章 足と足関節の機能解剖
 足関節
 足と骨の関係
 距踵関節
 距踵靭帯
 距舟関節
 踵立方関節
 横足根関節
 足のアーチ
 縦のアーチ
 足底筋膜
 中足指節関節
 足の筋群
 後部筋群
 深部筋群
 足の固有筋群
 足の神経支配
 伏在神経
 足の血管支配
 正常歩行における足
 歩行の際の足-足関節の関係
 歩行における回旋決定因子
 参考文献

参考文献(追加)
索引