はじめに
今までクラックと歯根破折を見たことがない方はいるだろうか? 多くの歯科医師,歯科衛生士は日常的にクラック,歯根破折に遭遇し,その診断と治療に苦慮された経験があるだろう.咬合不全,歯ぎしり,およびパラファンクションなどの悪習癖は,クラックと歯根破折の潜在的な病因であると考えられている.これらにより初期のクラックが発生すると,細菌とバイオフィルムが同部に侵入し,歯髄に向かって進行することで歯髄炎,最終的に歯髄壊死を引き起こすと考えられる 1).クラックを治療せずに放置した場合,歯根破折といった取り返しがつかない状態に陥り,歯を失うスプリットトゥースにまで進展する 2).
COVID-19パンデミックの初期,2020年9月11日のUSA Today紙の記事(図1)で,歯内療法専門医が前年の2倍のクラックドトゥースを確認したと報じられた 3).さらに2021年3月21日にADA(American dental association.米国歯科医師会)は,パンデミックのストレスに関連した歯冠破折,クラックの増加を報告している 4).最近の報告では,2019〜2021年の3年間において,歯内療法専門医院における根管治療の件数などを比較した論文がある.その論文では,アウトブレイク前の2019年と比較し,パンデミック中の2021年における非外科的根管治療が有意に増加していた 5).これはクラックが一因となって,歯髄炎を引き起こしたのではないかと考えられる.実際,この論文の著者であるAli Norsatらは,同年にパンデミック後のクラックが有意に増加していることを報告している 6).パンデミック前からクラックは一般的に認められていたが,現在では歯痛のほぼすべての鑑別診断に,クラックと歯根破折を含めなければならない段階にきているのではないだろうか.
日本における抜歯理由について見てみよう.2018年に発行された永久歯抜歯理由の調査によると,抜歯の主原因別の割合で最も多かったのは歯周病(37.1%),次いで齲蝕(29.2%),破折(17.8%),その他(7.6%),埋伏歯(5.0%),矯正(1.9%)の順であった 7)(図2).注目すべきは破折の順位であり,日本における抜歯理由の第3位である.それ対して,徹底したメインテナンスを行った患者における30年後の歯の喪失理由を研究したAxelssonらの報告では,破折が抜歯の原因で最も多かった 8)(図3).このことは,齲蝕,歯周炎の予防効果は非常に高いため,それらが原因となって抜歯する総数が減少したことに伴い,破折による抜歯の割合が増えたのだと考えられる.
以上の報告から考察できるのは,徹底的なメインテナンスを行っても歯根破折による歯の喪失を防ぐのは難しいということである.それはなぜか? 齲蝕と歯周病の病因論,治癒論は徐々に解明されており,なぜ病気が起こり,どのように治癒するかわかっているため,予防が可能である.対して,歯根破折の病因論,治癒論はまだまだ解明されていない.そのため,どのように予防をするか,どのように治療するかが手探りとなってしまうことは否めない.そのようななか,歯科医師はどのような診査を行い,診断し,治療の選択を行い,そして患者説明(マネジメント)を行うかが重要となる.本企画では以下の4つのトピックに分けて,歯根破折について論考を進めていきたい.
(1)クラック・破折の分類
(2)クラック・破折の診断
(3)クラック・破折の治療
(4)クラック・破折の治療の今後
文献
1)Ricucci D,et al.The cracked tooth: histopathologic and histobacteriologic aspects.J Endod.2015;41(3): 343-352.
2)Rivera EM,Walton RE.Cracking the cracked tooth code: detection and treatment of various longitudinal tooth fractures.Colleagues for Excellence.American Association of Endodontists,2008.
3)Shannon J.Cracked teeth,gross gums: Dentists see surge of problems,and the pandemic is likely to blame.USA Today,2020.Published 9-11-2020: 3.
4)Huddle A.HPI: Prevalence of stress-related teeth damage risding.M.Huddle,Editor.2021.ADA:ADA.org.
5)Nosrat A,et al.Endodontic specialists' practice during the coronavirus disease2019pandemic: 1 year after the initial outbreak.J Endod.2022; 48(6): 699-706.
6)Ali Nosrat,et al.Was the coronavirus disease2019pandemic associated with an increased rate of cracked teeth? J Endod.2022; 48(10): 1241-1247.
7)公益財団法人8020推進財団.第2回 永久歯の抜歯原因調査,2018.(https://www.8020zaidan.or.jp/databank/eikyushi.html)
8)Axelsson P,et al.The long-term effect of a plaque control program on tooth mortality,caries and periodontal disease in adults.Results after30years of maintenance.J Clin Periodontol.2004;31(9): 749-757.
今までクラックと歯根破折を見たことがない方はいるだろうか? 多くの歯科医師,歯科衛生士は日常的にクラック,歯根破折に遭遇し,その診断と治療に苦慮された経験があるだろう.咬合不全,歯ぎしり,およびパラファンクションなどの悪習癖は,クラックと歯根破折の潜在的な病因であると考えられている.これらにより初期のクラックが発生すると,細菌とバイオフィルムが同部に侵入し,歯髄に向かって進行することで歯髄炎,最終的に歯髄壊死を引き起こすと考えられる 1).クラックを治療せずに放置した場合,歯根破折といった取り返しがつかない状態に陥り,歯を失うスプリットトゥースにまで進展する 2).
COVID-19パンデミックの初期,2020年9月11日のUSA Today紙の記事(図1)で,歯内療法専門医が前年の2倍のクラックドトゥースを確認したと報じられた 3).さらに2021年3月21日にADA(American dental association.米国歯科医師会)は,パンデミックのストレスに関連した歯冠破折,クラックの増加を報告している 4).最近の報告では,2019〜2021年の3年間において,歯内療法専門医院における根管治療の件数などを比較した論文がある.その論文では,アウトブレイク前の2019年と比較し,パンデミック中の2021年における非外科的根管治療が有意に増加していた 5).これはクラックが一因となって,歯髄炎を引き起こしたのではないかと考えられる.実際,この論文の著者であるAli Norsatらは,同年にパンデミック後のクラックが有意に増加していることを報告している 6).パンデミック前からクラックは一般的に認められていたが,現在では歯痛のほぼすべての鑑別診断に,クラックと歯根破折を含めなければならない段階にきているのではないだろうか.
日本における抜歯理由について見てみよう.2018年に発行された永久歯抜歯理由の調査によると,抜歯の主原因別の割合で最も多かったのは歯周病(37.1%),次いで齲蝕(29.2%),破折(17.8%),その他(7.6%),埋伏歯(5.0%),矯正(1.9%)の順であった 7)(図2).注目すべきは破折の順位であり,日本における抜歯理由の第3位である.それ対して,徹底したメインテナンスを行った患者における30年後の歯の喪失理由を研究したAxelssonらの報告では,破折が抜歯の原因で最も多かった 8)(図3).このことは,齲蝕,歯周炎の予防効果は非常に高いため,それらが原因となって抜歯する総数が減少したことに伴い,破折による抜歯の割合が増えたのだと考えられる.
以上の報告から考察できるのは,徹底的なメインテナンスを行っても歯根破折による歯の喪失を防ぐのは難しいということである.それはなぜか? 齲蝕と歯周病の病因論,治癒論は徐々に解明されており,なぜ病気が起こり,どのように治癒するかわかっているため,予防が可能である.対して,歯根破折の病因論,治癒論はまだまだ解明されていない.そのため,どのように予防をするか,どのように治療するかが手探りとなってしまうことは否めない.そのようななか,歯科医師はどのような診査を行い,診断し,治療の選択を行い,そして患者説明(マネジメント)を行うかが重要となる.本企画では以下の4つのトピックに分けて,歯根破折について論考を進めていきたい.
(1)クラック・破折の分類
(2)クラック・破折の診断
(3)クラック・破折の治療
(4)クラック・破折の治療の今後
文献
1)Ricucci D,et al.The cracked tooth: histopathologic and histobacteriologic aspects.J Endod.2015;41(3): 343-352.
2)Rivera EM,Walton RE.Cracking the cracked tooth code: detection and treatment of various longitudinal tooth fractures.Colleagues for Excellence.American Association of Endodontists,2008.
3)Shannon J.Cracked teeth,gross gums: Dentists see surge of problems,and the pandemic is likely to blame.USA Today,2020.Published 9-11-2020: 3.
4)Huddle A.HPI: Prevalence of stress-related teeth damage risding.M.Huddle,Editor.2021.ADA:ADA.org.
5)Nosrat A,et al.Endodontic specialists' practice during the coronavirus disease2019pandemic: 1 year after the initial outbreak.J Endod.2022; 48(6): 699-706.
6)Ali Nosrat,et al.Was the coronavirus disease2019pandemic associated with an increased rate of cracked teeth? J Endod.2022; 48(10): 1241-1247.
7)公益財団法人8020推進財団.第2回 永久歯の抜歯原因調査,2018.(https://www.8020zaidan.or.jp/databank/eikyushi.html)
8)Axelsson P,et al.The long-term effect of a plaque control program on tooth mortality,caries and periodontal disease in adults.Results after30years of maintenance.J Clin Periodontol.2004;31(9): 749-757.
特別企画 クラック・歯根破折―人生100年時代,予防歯科が進む時代に増える悩みの種―
(嘉村康彦・野間俊宏)
臨床TOPIC
マイクロスコープを利用した幼若永久歯のう蝕予防・治療〜予防填塞とCR修復への応用例から考える
(大谷理沙)
巻頭TOPIC 食器共有に気を付けるとう蝕を予防できるか?
(古田美智子・山下喜久・相田 潤)
歯内療法に必要な生物学的知識とその臨床的意義〜「科学」と「臨床」のトランスレーション〜 5
歯髄/根尖性歯周疾患の病理学と免疫学
(瀧本晃陽・橋本健太郎・木村俊介・雲野 颯・春日柚香・望月綜太・興地隆史)
エンド治療Q&A 2024 3
Q15〜Q22
(寺岡 寛・牧 圭一郎・興地隆史・笠原明人・時田大輔・永原隆吉・長谷川智哉 【監修】吉岡隆知・八幡祥生)
コンポジットレジン修復Q&A 臨床での疑問点を解決して適応範囲を拡大しよう! 19
積層充填(7),光照射
(高橋真広・田代浩史)
歯周外科を始めるために知っておきたい10のこと 5
骨補填材の扱いを知る
(松浦貴斗)
デンタルエックス線写真読影 9
歯内療法とデンタル(1)―根尖性歯周炎のデンタル像と治癒経過
(千葉英史)
お悩み解決!パーシャルデンチャー 9
ノンメタルクラスプデンチャーは本当によくないの?
(松田謙一)
エビデンスに基づく実践的な歯周治療〜日常臨床で活用するためのTips 7
フラップ手術のエビデンスとテクニック
(星 嵩)
ファンダメンタルエンドドンティクス〜5-D Japanが提唱する歯内療法学の真髄〜 21
根管のインスツルメンテーション(3)〜実際の根管拡大・形成の手技〜
(吉田健二・安部貴之・石川 亮・福西一浩)
さあ,睡眠歯科をはじめましょう! ―睡眠×○○で語る,睡眠歯科の実際のところ 9
睡眠×ブラキシズム―睡眠時ブラキシズムの臨床
(鈴木善貴・岡田和樹・奥野健太郎)
内科医×歯科医の徹底対談―ご存じですか? 「肥満」と「糖尿病」の現在(いま) 3
今さら聞けない メタボリックシンドローム
(佐々木 元・橋本貢士)
「人」を「良」くすると書いて“食“〜歯科が生み出す“食”の新たな形を考える 3
男性介護者に向けた取り組み
(河瀬聡一朗)
この状態,どう診ますか?!〜歯科訪問診療の現場で遭遇する口腔内〜 15
歯がないところの歯痛?!
(阪口英夫)
北欧モデル スウェーデン歯科医療のホントのところ 3
歯科医療費と報酬のしくみ
(西 真紀子・内藤禎人・神野洋平・Bjorn KLINGE・Dowen BIRKHED)
インタビュー
口腔ケア用ジェル開発に携わって
(阪井丘芳・田中厚子・上田 祥)
TOPIC
ウェルビーイングを口腔から考える―“デンタル・ウェルビーイング”の見える化への試み
(茂木伸夫・大岡貴史・Charles Watters)
いま,在宅歯科医療に求められていることとは〜在宅で最期まで“食べる”を支えるために 3
(黒川英雄)
歯科医師の多様なキャリアパス 9
(林田有貴子)
口腔機能とオーラルヘルス向上を目指して〜患者やスタッフの行動変容を促すBOCプロバイダーの取り組み〜 27
(長縄拓哉)
歯科医師に必要なビジネススキル〜経営学で歯科医師人生をもっと楽しく生きる〜 6
(屋 翔)
経済学的視点から歯科業界を読み解く 72
(河越正明)
「顎関節症臨床医の会」だより 12
(門脇 繁)
My Bookshelf〜私の本棚〜 15
(松田謙一)
ゴッホの黒猫を探せ! 3
(パント大吉)
【Book Review】
本多正明著『RESTORATIVE DESIGN & PRACTICAL OCCLUSION 実践的咬合』
(小出 馨)
小笠原 正・石井里加子・梶 美奈子・寺田ハルカ編著『デンタルハイジーン別冊/あなたの歯科医院に障害のある患者さんが来院したら?』
(向井美惠)
【News & Report】
第5回口腔心身リエゾン談話会に参加して
(澁谷智明)
【Conference & Seminar】
3月〜5月の学会案内,大学卒後研修会
(嘉村康彦・野間俊宏)
臨床TOPIC
マイクロスコープを利用した幼若永久歯のう蝕予防・治療〜予防填塞とCR修復への応用例から考える
(大谷理沙)
巻頭TOPIC 食器共有に気を付けるとう蝕を予防できるか?
(古田美智子・山下喜久・相田 潤)
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歯髄/根尖性歯周疾患の病理学と免疫学
(瀧本晃陽・橋本健太郎・木村俊介・雲野 颯・春日柚香・望月綜太・興地隆史)
エンド治療Q&A 2024 3
Q15〜Q22
(寺岡 寛・牧 圭一郎・興地隆史・笠原明人・時田大輔・永原隆吉・長谷川智哉 【監修】吉岡隆知・八幡祥生)
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積層充填(7),光照射
(高橋真広・田代浩史)
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(松浦貴斗)
デンタルエックス線写真読影 9
歯内療法とデンタル(1)―根尖性歯周炎のデンタル像と治癒経過
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お悩み解決!パーシャルデンチャー 9
ノンメタルクラスプデンチャーは本当によくないの?
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フラップ手術のエビデンスとテクニック
(星 嵩)
ファンダメンタルエンドドンティクス〜5-D Japanが提唱する歯内療法学の真髄〜 21
根管のインスツルメンテーション(3)〜実際の根管拡大・形成の手技〜
(吉田健二・安部貴之・石川 亮・福西一浩)
さあ,睡眠歯科をはじめましょう! ―睡眠×○○で語る,睡眠歯科の実際のところ 9
睡眠×ブラキシズム―睡眠時ブラキシズムの臨床
(鈴木善貴・岡田和樹・奥野健太郎)
内科医×歯科医の徹底対談―ご存じですか? 「肥満」と「糖尿病」の現在(いま) 3
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(阪口英夫)
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(西 真紀子・内藤禎人・神野洋平・Bjorn KLINGE・Dowen BIRKHED)
インタビュー
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(阪井丘芳・田中厚子・上田 祥)
TOPIC
ウェルビーイングを口腔から考える―“デンタル・ウェルビーイング”の見える化への試み
(茂木伸夫・大岡貴史・Charles Watters)
いま,在宅歯科医療に求められていることとは〜在宅で最期まで“食べる”を支えるために 3
(黒川英雄)
歯科医師の多様なキャリアパス 9
(林田有貴子)
口腔機能とオーラルヘルス向上を目指して〜患者やスタッフの行動変容を促すBOCプロバイダーの取り組み〜 27
(長縄拓哉)
歯科医師に必要なビジネススキル〜経営学で歯科医師人生をもっと楽しく生きる〜 6
(屋 翔)
経済学的視点から歯科業界を読み解く 72
(河越正明)
「顎関節症臨床医の会」だより 12
(門脇 繁)
My Bookshelf〜私の本棚〜 15
(松田謙一)
ゴッホの黒猫を探せ! 3
(パント大吉)
【Book Review】
本多正明著『RESTORATIVE DESIGN & PRACTICAL OCCLUSION 実践的咬合』
(小出 馨)
小笠原 正・石井里加子・梶 美奈子・寺田ハルカ編著『デンタルハイジーン別冊/あなたの歯科医院に障害のある患者さんが来院したら?』
(向井美惠)
【News & Report】
第5回口腔心身リエゾン談話会に参加して
(澁谷智明)
【Conference & Seminar】
3月〜5月の学会案内,大学卒後研修会