はじめに
RWD/RWEとは,「適合性」と「信頼性」とは
坂東英明
国立がん研究センター東病院 医薬品開発推進部門 医薬品開発推進部 部長
米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)の定義によれば,リアルワールドデータ(Real-World Data:RWD)とは,患者の健康状態および/または医療提供に関連する情報であり,日常診療においてさまざまな情報源から収集されるデータを指す 1).これには,電子カルテ(Electronic Health Records:EHR),医療請求データ(Claims),製品または疾患レジストリ,その他の健康関連情報源が含まれる.一方,リアルワールドエビデンス(Real-world Evidence:RWE)は,RWDの分析を通じて得られる,医療製品の使用状況,潜在的な有効性,あるいはリスクに関する臨床的エビデンスを指す(表1).
近年,世界各国の規制当局がRWDの活用を推進しており,RWDは基礎研究,臨床開発計画,臨床試験への患者登録,規制当局への申請,製造販売後の安全性監視等,多様な分野での活用が進んでいる.医薬品開発コストの上昇,国際的な規制ガイダンスの発出,ユースケースの蓄積などを背景に,製薬・医療機器企業におけるRWD利用も急速に拡大している.さらに,国際医薬品規制調和会議(International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use:ICH)は2025年11月にコンセプトペーパーを発行し,RWDおよびRWEの定義,メタデータのコアリスト,医薬品の有効性に焦点を当てた規制目的でのRWE/RWD評価に関する一般原則について,ハーモナイゼーションに取り組む意向を示しており,早期のガイドラインの策定を目指している 2).
RWD/RWEの代表的な活用例として,(1)希少疾病や分子サブタイプがまれな患者集団を対象とした臨床開発試験における応用,(2)製造販売後の安全性評価,(3)ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial:RCT)がカバーできないエビデンスをRWD/RWEを活用して創出し,診療ガイドライン等に記載することなどがあげられる.臨床開発試験においてRCTは依然としてエビデンス創出のゴールドスタンダードであるが,対象患者数が限られる疾患領域ではRCTの実施が困難な場合がある.こうした状況において,RWDを比較対照データをはじめとするさまざまな用途に活用することで,新薬の有効性を科学的に評価する選択肢が拡がりつつある.また,RWD活用は開発コストの抑制,開発期間の短縮,倫理的課題の軽減にも寄与する可能性がある.
このようなRWDの規制案件への活用においては,「目的適合性(fit-for-purpose)」の原則に基づき,データの「適合性(relevance)」および「信頼性(reliability)」を慎重に評価する必要がある.この枠組みは,FDAや欧州医薬品庁(European Medicines Agency:EMA),医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency:PMDA)など各国の規制当局のガイダンスにおいても共通して示されており,国際的な整合が進んでいる.たとえば,ICHが公表したE6(R3)Annex 2(2024年Step2草案)では,適合性とは主要データ要素(曝露,アウトカム,共変量等)の利用可能性と定義され,信頼性は正確性,完全性,追跡可能性の3要素から構成されると明記されている 3).
* Relevanceという用語は,一般に「関連」「適切さ」「妥当性」などと訳されることが多いが,ICH E6(R3) Annex 2(2024年Step2草案)においては「適合性」という訳語が用いられている.本提言書(本特集)ではこの整理を踏まえ,relevanceを「適合性」と訳して用いることとする.なお,ここでいう「適合性」は,従来日本で用いられてきた「適合性調査(いわゆる信頼性調査)」の意味とは異なる.すなわち,研究目的および規制判断に照らして,当該RWDが適切かつ意味を持つかという観点(fitness for purpose)を示す概念として用いている.
本特集は,筆者らが作成した提言書「薬事利用に資する『適合性』と『信頼性』をもつリアルワールドエビデンス作成に向けた提言」に基づいて構成したものである.提言書は,これらの基本概念を踏まえ,日本国内におけるRWD/RWE活用の現状と課題を俯瞰しつつ,薬事申請に資する「適合性」および「信頼性」の評価軸を明確化するとともに,実際の薬事承認のための審査に耐えうる最低限の要件(minimum requirements)を明示するために,まず日本の現状と現在検討されている将来的な技術を体系的に整理することを目的とする(第3章に整理案を記載).本特集も提言書に沿って二部構成であり,第一部では,各国のガイダンスに基づく「適合性」と「信頼性」の要件比較(第1章),わが国におけるレジストリ等の機構相談や薬事利用の実例整理(第2章),事例を通じた目的別要件の考察と改善提案(第3章)を示し,さらにRWDの「適合性」および「信頼性」を評価するためのチェックリスト・評価表(第4章)を提示する.第二部では,RWD/RWEの利活用に向けた法制度整備の現状と課題(第5章),および技術的基盤の進展と展望(第6章)を包括的に論じる.これにより,薬事利用に資するRWD/RWEの信頼性確保の現状から制度的実装,さらには技術的発展までを一貫して示す,総合的な提言書として取りまとめる.
文献
1)U. S.Food and Drug Administration.Framework for FDA's Real-World Evidence Program.(https://www.fda.gov/media/120060/download)
2)International Council for Harmonisation.E23:Considerations for the Use of Real-World Evidence(RWE)to Inform Regulatory Decision Making with a focus on Effectiveness of Medicines.Endorsed12November 2025.
3)International Council for Harmonisation.ICH Harmonised Guideline:Good Clinical Practice(GCP)E6(R3)-Annex 2.(https://www.fda.gov/regulatory-information/search-fda-guidance-documents/e6r3-good-clinical-practice-annex-2)
RWD/RWEとは,「適合性」と「信頼性」とは
坂東英明
国立がん研究センター東病院 医薬品開発推進部門 医薬品開発推進部 部長
米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)の定義によれば,リアルワールドデータ(Real-World Data:RWD)とは,患者の健康状態および/または医療提供に関連する情報であり,日常診療においてさまざまな情報源から収集されるデータを指す 1).これには,電子カルテ(Electronic Health Records:EHR),医療請求データ(Claims),製品または疾患レジストリ,その他の健康関連情報源が含まれる.一方,リアルワールドエビデンス(Real-world Evidence:RWE)は,RWDの分析を通じて得られる,医療製品の使用状況,潜在的な有効性,あるいはリスクに関する臨床的エビデンスを指す(表1).
近年,世界各国の規制当局がRWDの活用を推進しており,RWDは基礎研究,臨床開発計画,臨床試験への患者登録,規制当局への申請,製造販売後の安全性監視等,多様な分野での活用が進んでいる.医薬品開発コストの上昇,国際的な規制ガイダンスの発出,ユースケースの蓄積などを背景に,製薬・医療機器企業におけるRWD利用も急速に拡大している.さらに,国際医薬品規制調和会議(International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use:ICH)は2025年11月にコンセプトペーパーを発行し,RWDおよびRWEの定義,メタデータのコアリスト,医薬品の有効性に焦点を当てた規制目的でのRWE/RWD評価に関する一般原則について,ハーモナイゼーションに取り組む意向を示しており,早期のガイドラインの策定を目指している 2).
RWD/RWEの代表的な活用例として,(1)希少疾病や分子サブタイプがまれな患者集団を対象とした臨床開発試験における応用,(2)製造販売後の安全性評価,(3)ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial:RCT)がカバーできないエビデンスをRWD/RWEを活用して創出し,診療ガイドライン等に記載することなどがあげられる.臨床開発試験においてRCTは依然としてエビデンス創出のゴールドスタンダードであるが,対象患者数が限られる疾患領域ではRCTの実施が困難な場合がある.こうした状況において,RWDを比較対照データをはじめとするさまざまな用途に活用することで,新薬の有効性を科学的に評価する選択肢が拡がりつつある.また,RWD活用は開発コストの抑制,開発期間の短縮,倫理的課題の軽減にも寄与する可能性がある.
このようなRWDの規制案件への活用においては,「目的適合性(fit-for-purpose)」の原則に基づき,データの「適合性(relevance)」および「信頼性(reliability)」を慎重に評価する必要がある.この枠組みは,FDAや欧州医薬品庁(European Medicines Agency:EMA),医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency:PMDA)など各国の規制当局のガイダンスにおいても共通して示されており,国際的な整合が進んでいる.たとえば,ICHが公表したE6(R3)Annex 2(2024年Step2草案)では,適合性とは主要データ要素(曝露,アウトカム,共変量等)の利用可能性と定義され,信頼性は正確性,完全性,追跡可能性の3要素から構成されると明記されている 3).
* Relevanceという用語は,一般に「関連」「適切さ」「妥当性」などと訳されることが多いが,ICH E6(R3) Annex 2(2024年Step2草案)においては「適合性」という訳語が用いられている.本提言書(本特集)ではこの整理を踏まえ,relevanceを「適合性」と訳して用いることとする.なお,ここでいう「適合性」は,従来日本で用いられてきた「適合性調査(いわゆる信頼性調査)」の意味とは異なる.すなわち,研究目的および規制判断に照らして,当該RWDが適切かつ意味を持つかという観点(fitness for purpose)を示す概念として用いている.
本特集は,筆者らが作成した提言書「薬事利用に資する『適合性』と『信頼性』をもつリアルワールドエビデンス作成に向けた提言」に基づいて構成したものである.提言書は,これらの基本概念を踏まえ,日本国内におけるRWD/RWE活用の現状と課題を俯瞰しつつ,薬事申請に資する「適合性」および「信頼性」の評価軸を明確化するとともに,実際の薬事承認のための審査に耐えうる最低限の要件(minimum requirements)を明示するために,まず日本の現状と現在検討されている将来的な技術を体系的に整理することを目的とする(第3章に整理案を記載).本特集も提言書に沿って二部構成であり,第一部では,各国のガイダンスに基づく「適合性」と「信頼性」の要件比較(第1章),わが国におけるレジストリ等の機構相談や薬事利用の実例整理(第2章),事例を通じた目的別要件の考察と改善提案(第3章)を示し,さらにRWDの「適合性」および「信頼性」を評価するためのチェックリスト・評価表(第4章)を提示する.第二部では,RWD/RWEの利活用に向けた法制度整備の現状と課題(第5章),および技術的基盤の進展と展望(第6章)を包括的に論じる.これにより,薬事利用に資するRWD/RWEの信頼性確保の現状から制度的実装,さらには技術的発展までを一貫して示す,総合的な提言書として取りまとめる.
文献
1)U. S.Food and Drug Administration.Framework for FDA's Real-World Evidence Program.(https://www.fda.gov/media/120060/download)
2)International Council for Harmonisation.E23:Considerations for the Use of Real-World Evidence(RWE)to Inform Regulatory Decision Making with a focus on Effectiveness of Medicines.Endorsed12November 2025.
3)International Council for Harmonisation.ICH Harmonised Guideline:Good Clinical Practice(GCP)E6(R3)-Annex 2.(https://www.fda.gov/regulatory-information/search-fda-guidance-documents/e6r3-good-clinical-practice-annex-2)
はじめに RWD/RWEとは,「適合性」と「信頼性」とは(坂東英明)
第1章 各国のRWDの薬事利用に求められる「適合性」と「信頼性」のまとめ
各国のRWDの薬事利用に求められる「適合性」と「信頼性」のまとめ(坂東英明・他)
第2章 薬事に用いたRWD/RWEの事例と「適合性」「信頼性」
SCRUM-Japan Registry(坂本泰理)
CIRCULATE-Japanにおける疾患レジストリ構築の試み(束岡広樹)
MASTER KEY Project(沖田南都子・中村健一)
RemudyおよびRemudy-DMDの構築経緯とRegulatory Grade RWDとしての活用(中村治雅)
RWDの外部対照としての活用可能性:REALISE研究の成果から(三角俊裕・他)
海外における現状:Flatiron Healthの経験(田島絵里)
第3章 事例から考える目的に応じた「適合性」「信頼性」の現状と提案
医薬品等の開発に資するデータ(坂東英明・他)
医薬品安全性監視に資するデータ(日本製薬工業協会医薬品評価委員会PV部会)
[コラム]MID-NET(R)の現状と将来展望(奥居 潤)
その他のRWE(診療ガイドラインなど)に資するデータ(坂東英明・他)
第4章 リアルワールドデータ保有者が利用者へ開示すべき内容の提案
リアルワールドデータ保有者が利用者へ開示すべき内容の提案(坂本泰理)
第5章 RWD/RWEの利活用に向けた法的整備の現状と展望
次世代医療基盤法の概要(中村隆之)
[コラム]NDB・次世代医療基盤法連結データの製造販売後調査への応用可能性(森 由希子・黒田知宏)
[コラム]医療DXの推進について(吉原博紀・糸谷肇祐)
RWDの薬事利用における個人情報の取り扱いの整理─次世代医療基盤法改正とオプトアウト方式の課題を中心に(高橋秀明)
European Health Data Space(EHDS)の概要と日本の医療DX政策へのインパクト(安中良輔)
第6章 RWD/RWEの利活用に向けた技術的進歩の現状と展望
二次利用を見据えた病院情報システムの構築(青柳吉博)
大規模言語処理のRWD/RWEの「適合性」「信頼性」担保への活用の展望(1)(安藝理彦)
大規模言語処理のRWD/RWEの「適合性」「信頼性」担保への活用の展望(2)(田島絵里)
技術的進歩のRWD/RWEへの活用(上野太郎)
結言(坂東英明・大津 敦)
用語集・Appendix
次号の特集予告
第1章 各国のRWDの薬事利用に求められる「適合性」と「信頼性」のまとめ
各国のRWDの薬事利用に求められる「適合性」と「信頼性」のまとめ(坂東英明・他)
第2章 薬事に用いたRWD/RWEの事例と「適合性」「信頼性」
SCRUM-Japan Registry(坂本泰理)
CIRCULATE-Japanにおける疾患レジストリ構築の試み(束岡広樹)
MASTER KEY Project(沖田南都子・中村健一)
RemudyおよびRemudy-DMDの構築経緯とRegulatory Grade RWDとしての活用(中村治雅)
RWDの外部対照としての活用可能性:REALISE研究の成果から(三角俊裕・他)
海外における現状:Flatiron Healthの経験(田島絵里)
第3章 事例から考える目的に応じた「適合性」「信頼性」の現状と提案
医薬品等の開発に資するデータ(坂東英明・他)
医薬品安全性監視に資するデータ(日本製薬工業協会医薬品評価委員会PV部会)
[コラム]MID-NET(R)の現状と将来展望(奥居 潤)
その他のRWE(診療ガイドラインなど)に資するデータ(坂東英明・他)
第4章 リアルワールドデータ保有者が利用者へ開示すべき内容の提案
リアルワールドデータ保有者が利用者へ開示すべき内容の提案(坂本泰理)
第5章 RWD/RWEの利活用に向けた法的整備の現状と展望
次世代医療基盤法の概要(中村隆之)
[コラム]NDB・次世代医療基盤法連結データの製造販売後調査への応用可能性(森 由希子・黒田知宏)
[コラム]医療DXの推進について(吉原博紀・糸谷肇祐)
RWDの薬事利用における個人情報の取り扱いの整理─次世代医療基盤法改正とオプトアウト方式の課題を中心に(高橋秀明)
European Health Data Space(EHDS)の概要と日本の医療DX政策へのインパクト(安中良輔)
第6章 RWD/RWEの利活用に向けた技術的進歩の現状と展望
二次利用を見据えた病院情報システムの構築(青柳吉博)
大規模言語処理のRWD/RWEの「適合性」「信頼性」担保への活用の展望(1)(安藝理彦)
大規模言語処理のRWD/RWEの「適合性」「信頼性」担保への活用の展望(2)(田島絵里)
技術的進歩のRWD/RWEへの活用(上野太郎)
結言(坂東英明・大津 敦)
用語集・Appendix
次号の特集予告















