やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 杉本 研
 川崎医科大学総合老年医学
 超高齢社会の先進国である日本において,“疾患を抱えながら生きる高齢者“が増加している.死因別にみた死亡率の年次推移のデータでは,がん,心臓病に次いで,肺炎と同等に老衰による死亡が増加しており,その理由として要介護者の増加が考えられる.現在の要介護移行の原因は認知症,脳血管障害,衰弱,骨折・転倒,関節疾患が上位5位を占めているが,脳血管障害と関節疾患以外は,いわゆる“老年症候群”であり,その背景にフレイル,すなわち加齢に伴う心身の機能低下により日常生活動作(ADL)が困難になる状態がある.
 2014年に日本老年医学会がfrailtyの日本語訳として“フレイル”を提唱して以来,フレイル評価の重要性が浸透してきている.フレイルには身体的,精神・心理的,社会的の3つの側面があり,これらが悪循環を形成するため放置すると要介護移行や死亡に至るが,同時に可逆的な状態であるため,適切な介入により改善が期待できる.
 フレイルの評価には,日本版CHS(Cardiovascular Health Study)基準(J-CHS基準),基本チェックリスト,後期高齢者の質問票,Frailty Indexなどがあるが,内在的能力の低下を評価し,包括的なケアを実践することを目的にWHOが開発したICOPE(Integrated Care for Older People)では,認知機能低下,身体機能低下,栄養障害,視力障害,聴力障害,抑うつの程度を評価することを推奨している.ICOPEの考え方からすると,内在的能力の低下を早期に捉えることの意義は大きいと考えられるため,視力や聴力といった感覚器の機能低下にも注目することが重要と考えられる.このような背景も影響し,各領域において“〇〇フレイル”という表現により,機能低下を早期に捉えることで機能障害を予防しようとする取り組みが広がっている.
 今回の特集では,感覚器として視覚,聴力に加え,嗅覚,味覚,触覚,平衡覚の6つの感覚機能のフレイルについて,そのメカニズムや評価法,対策についての最新知見を,それぞれのエキスパートに解説していただいた.まだ確立に至っていない概念もあるが,感覚器フレイルを捉えることが身体機能や認知機能の維持にも影響し,高齢者の健康寿命の延伸につながる可能性が示されている.本特集が高齢者診療の質の向上に寄与することを期待したい.
特集 感覚器フレイルの予防と対策
 はじめに(杉本 研)
 アイフレイル─その評価と対策(小沢洋子)
 聴覚フレイル─その評価と対策(太田有美)
 嗅覚フレイル─その評価と対策(三輪高喜)
 味覚フレイル─味覚障害と健康(重村憲徳)
 皮膚のフレイル─スキンフレイル(飯坂真司)
 平衡覚フレイル─加齢性前庭障害の診断と意義(堀井 新)
 感覚器フレイルが身体機能低下に与える影響とそのメカニズム(稲富 勉)
 感覚器フレイルが認知機能低下に与える影響とそのメカニズム─聴力に着目して(大塚 礼・内田育恵)

TOPICS
 神経精神医学 オンライン診療で求められる医療者の態度─表情解析アプリケーション活用の実際(市倉加奈子)
 血液内科学 急性貧血時の造血幹細胞応答機構(齋藤清香・他)

連載
ケースから学ぶ臨床倫理推論(20)
 終末期の患者への対応─緩和的抜管,人工呼吸器の中止(竹下 啓)

イチから学び直す医療統計(12)
 ロジスティック回帰分析(浮田翔子・他)

医療分野におけるブロックチェーンとNFTの活用(2)
 Web3.0時代における標準交換規約としてのFHIR(木村映善)

医師の働き方改革─取り組みの現状と課題
 はじめに(相良博典)

医師の働き方改革─取り組みの現状と課題(1)
 働き方改革の現状と課題─全国医学部長病院長会議のアンケート結果から(大屋祐輔)

FORUM
 司法精神医学への招待─精神医学と法律の接点(15) 高齢者虐待の実態と課題─なぜ虐待が起こるのか(加藤伸司)

 次号の特集予告