はじめに
岡部繁男
東京大学大学院医学系研究科神経細胞生物学,理化学研究所脳神経科学研究センター
『医学のあゆみ』誌において,「神経回路の機能発達と障害―基礎研究からヒト病態へ」をテーマとした特集を企画させていただいた.神経回路研究は100年以上の歴史があり,解析技術の進歩により,分子レベルから個体レベルに至る多階層をつないだ理解が,近年,特に進んでいる領域である.さらに,生理的な回路機能がさまざまなヒトの病態にも直結していることが明らかになりつつある.
本特集では,まず神経細胞の外部環境との相互作用を記録し,細胞の性質を決定していくメカニズムであるエピゲノム修飾について,最新の知見を紹介いただいた.さらに神経細胞の内在的な機構に加えて,グリア細胞などが外から回路を積極的に制御することも最近明らかになりつつある.神経細胞とグリア細胞の相互作用が特に議論されている重要な部位として,情報伝達の場であるシナプスが存在し,シナプス形成と除去における内在性の分子機構と環境要因の関与は神経回路発達の要ともいうことができる.
シナプスは数ミクロン以下の微細な構造である一方,その集団としての性質をマクロ的に理解する必要もある.神経伝達物質受容体の動態を可視化する蛍光プローブの開発により,動物実験で非侵襲的に情報を読み出すことが可能になった.一方で,シナプスの分布変化をヒトの脳で観察することはこれまでは夢物語であったが,革新的なPETプローブの開発によりヒトのシナプスの研究も可能になりつつある.
神経回路の障害はヒトの発達障害の病態に直結している.レット症候群はその原因遺伝子が明確であり,動物モデルと臨床研究の両面からその病態理解が進んでいる.自閉スペクトラム症はさまざまな病因と症状を有する疾患群であるが,特に強い遺伝要因を持つケースについてはモデル動物の作製が進み,回路レベルでの障害の理解が進みつつある.このような回路発達の障害を修復するには新しい治療のためのコンセプトも必要であり,神経細胞とグリア細胞の間で細胞種を転換するといった革新的な技術も提案されている.
神経回路の発達の理解は基礎研究として,また精神神経疾患の理解という面からも重要な研究分野であり,これからも新しい技術の開拓とその応用によって研究が加速していくと期待している.
岡部繁男
東京大学大学院医学系研究科神経細胞生物学,理化学研究所脳神経科学研究センター
『医学のあゆみ』誌において,「神経回路の機能発達と障害―基礎研究からヒト病態へ」をテーマとした特集を企画させていただいた.神経回路研究は100年以上の歴史があり,解析技術の進歩により,分子レベルから個体レベルに至る多階層をつないだ理解が,近年,特に進んでいる領域である.さらに,生理的な回路機能がさまざまなヒトの病態にも直結していることが明らかになりつつある.
本特集では,まず神経細胞の外部環境との相互作用を記録し,細胞の性質を決定していくメカニズムであるエピゲノム修飾について,最新の知見を紹介いただいた.さらに神経細胞の内在的な機構に加えて,グリア細胞などが外から回路を積極的に制御することも最近明らかになりつつある.神経細胞とグリア細胞の相互作用が特に議論されている重要な部位として,情報伝達の場であるシナプスが存在し,シナプス形成と除去における内在性の分子機構と環境要因の関与は神経回路発達の要ともいうことができる.
シナプスは数ミクロン以下の微細な構造である一方,その集団としての性質をマクロ的に理解する必要もある.神経伝達物質受容体の動態を可視化する蛍光プローブの開発により,動物実験で非侵襲的に情報を読み出すことが可能になった.一方で,シナプスの分布変化をヒトの脳で観察することはこれまでは夢物語であったが,革新的なPETプローブの開発によりヒトのシナプスの研究も可能になりつつある.
神経回路の障害はヒトの発達障害の病態に直結している.レット症候群はその原因遺伝子が明確であり,動物モデルと臨床研究の両面からその病態理解が進んでいる.自閉スペクトラム症はさまざまな病因と症状を有する疾患群であるが,特に強い遺伝要因を持つケースについてはモデル動物の作製が進み,回路レベルでの障害の理解が進みつつある.このような回路発達の障害を修復するには新しい治療のためのコンセプトも必要であり,神経細胞とグリア細胞の間で細胞種を転換するといった革新的な技術も提案されている.
神経回路の発達の理解は基礎研究として,また精神神経疾患の理解という面からも重要な研究分野であり,これからも新しい技術の開拓とその応用によって研究が加速していくと期待している.
特集 神経回路の機能発達と障害─基礎研究からヒト病態へ
はじめに(岡部繁男)
ニューロン機能獲得と再生のための“場”としてのエピゲノム制御(岸 雄介・西山雄大)
グリア細胞は神経回路を制御するのか?(和氣弘明・他)
シナプス除去の分子機構と発達障害(圓岡真宏・鈴木 淳)
ケミカルプローブによるシナプス可塑性時のAMPA受容体動態解析(曽我恭平・清中茂樹)
ヒト生体脳でシナプス機能分子を“視る”(高橋琢哉)
MeCP2の分子機能からレット症候群の病態理解へ(石田 綾)
自閉スペクトラム症モデルマウスにおける神経回路機能障害(中澤敬信)
細胞運命転換技術による神経回路機能修復(入江剛史・中島欽一)
TOPICS
神経内科学 糖代謝異常と海馬体積/海馬亜領域体積との関連(島 綾乃・他)
癌・腫瘍学 ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の現状と将来展望(川端信司・他)
連載
細胞を用いた再生医療の現状と今後の展望─臨床への展開(23)
ヒトiPS細胞,キメラ技術,異種臓器を用いた次世代医療開発への挑戦(山本修太郎・他)
ケースから学ぶ臨床倫理推論(14)
判断能力の低下が疑われる患者の意向(勝碕静香)
イチから学び直す医療統計(6)
臨床研究の成果報告─CONSORTとSTROBEの紹介(長島健悟・他)
FORUM
司法精神医学への招待─精神医学と法律の接点(9) 司法精神医学と法律─刑事司法の視点から(柑本美和・他)
次号の特集予告
はじめに(岡部繁男)
ニューロン機能獲得と再生のための“場”としてのエピゲノム制御(岸 雄介・西山雄大)
グリア細胞は神経回路を制御するのか?(和氣弘明・他)
シナプス除去の分子機構と発達障害(圓岡真宏・鈴木 淳)
ケミカルプローブによるシナプス可塑性時のAMPA受容体動態解析(曽我恭平・清中茂樹)
ヒト生体脳でシナプス機能分子を“視る”(高橋琢哉)
MeCP2の分子機能からレット症候群の病態理解へ(石田 綾)
自閉スペクトラム症モデルマウスにおける神経回路機能障害(中澤敬信)
細胞運命転換技術による神経回路機能修復(入江剛史・中島欽一)
TOPICS
神経内科学 糖代謝異常と海馬体積/海馬亜領域体積との関連(島 綾乃・他)
癌・腫瘍学 ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の現状と将来展望(川端信司・他)
連載
細胞を用いた再生医療の現状と今後の展望─臨床への展開(23)
ヒトiPS細胞,キメラ技術,異種臓器を用いた次世代医療開発への挑戦(山本修太郎・他)
ケースから学ぶ臨床倫理推論(14)
判断能力の低下が疑われる患者の意向(勝碕静香)
イチから学び直す医療統計(6)
臨床研究の成果報告─CONSORTとSTROBEの紹介(長島健悟・他)
FORUM
司法精神医学への招待─精神医学と法律の接点(9) 司法精神医学と法律─刑事司法の視点から(柑本美和・他)
次号の特集予告














