やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 加藤隆弘
 北海道大学大学院医学研究院神経病態学分野精神医学教室
 “社会的ひきこもり(以下,ひきこもり)“は,6カ月以上にわたり社会参画せず自宅にとどまり続けている状態である.ひきこもり状況にある人(以下,当事者)はコロナ禍を経て国内140万人を超えると推計されており,その対応は国家的喫緊の課題である.国外でもその存在が明らかになり,2022年には国際的な精神疾患診断マニュアルであるDSM-5-TR(米国精神医学会発行)に“hikikomori”として初掲載され,国際的にも注目されている.
 ひきこもりは従来,精神疾患とは一線を画す日本固有の文化社会的現象と捉えられていた.編者(加藤)は,大学病院にひきこもり専門外来を立ち上げ,国内外の研究者・支援者とともに生物心理社会的理解に基づく多面的な治療法・支援法の開発を進めている.国内外での臨床研究により,統合失調症,うつ病,パーソナリティ症,神経発達症といったさまざまな精神疾患との併存が明らかになっている.もちろん,精神疾患を併存していない当事者も少なからず存在しており,“ひきこもり”を医学の俎上に載せるかどうか,今こそ検討すべき時期にある.
 精神医学の歴史に鑑みれば,統合失調症にしてもうつ病にしても,現在“精神疾患“であることが自明になっている病の多くは,疾患概念化がなされる前は“病気”として扱われていなかった.“ひきこもりの医学“は,まさにそうした萌芽期にいる.筆者らは,支援を要するひきこもり状態を“病的ひきこもり(pathological hikikomori)”と暫定的に名づけ,精神疾患の一群に位置づけるための国際的な診断基準やその評価法を開発している.ここで留意すべきは,精神疾患には偏見が生じやすいことであり,ひきこもりへの偏見を助長するような医学化運動はなされるべきではない.現代の精神医学・精神医療においては“うつ病“を病として捉えることに終始しがちであるが,精神分析では“抑うつポジション(depressive position)”とよばれる健康な抑うつに至ることを目標として精神分析的アプローチがなされている.同様に,ひきこもりにおいても“病的ではないひきこもり(nonpathological hikikomori)”が存在しうると精神分析家である編者は考えている.
 本特集では,ひきこもりに関する最新の評価法,病態理解,支援法を専門家の視点から紹介するとともに,ひきこもりの現場や素顔をよりよく理解してもらうために,当事者・家族から現場の声を届ける.本特集により,ひきこもりへの多面的な理解が深まり,偏見が解消され,個別性の高い支援システムが構築され,最終的には“ひきこもりの医学”が発展し,ひきこもり問題が打開されることを願っている.
特集 ひきこもりの病態理解とその対応
 はじめに(加藤隆弘)
 総説─ひきこもりの多面的理解と多面的支援(加藤隆弘)
 ひきこもりとネット・ゲーム依存─共通した背景要因(館農 勝)
 不登校・ひきこもりと神経発達症の子ども(渡部京太)
 ひきこもりから社会参加までをシームレスにつなぐ心理支援(境 泉洋)
 ひきこもり問題への精神分析的アプローチ(近藤直司)
 メタバース活用によるひきこもりなど長期無業者の就労支援(林 裕子・他)
 当事者の環境を“北風“から“太陽”へ─ひきこもり当事者の自己治癒力を育む環境づくり(寺澤元一)
 ひきこもり当事者は多様で,“普通”の人たちである(石井英資)
 ひきこもりの生物学的理解に向けたバイオマーカー探索の現状と今後の指針(瀬戸山大樹)

TOPICS
 社会医学 世代別にみるLGBTQIA+の健康課題と解決策(清家 理・他)

連載
自己指向性免疫学の新展開─生体防御における自己認識の功罪(29)
 共生細菌によるIgE自然抗体の産生制御(北村大介)

細胞を用いた再生医療の現状と今後の展望─臨床への展開(15)
 当院における細胞シート移植術後リハビリテーションの取り組み(玉木美夕・佐藤正人)

ケースから学ぶ臨床倫理推論(6)
 守秘義務のケース(野口善令)

FORUM
 司法精神医学への招待─精神医学と法律の接点 はじめに(平林直次)
 司法精神医学への招待─精神医学と法律の接点(1) 現代社会と司法精神医学─司法精神医学のパラダイムシフト(五十嵐禎人)
 書評『口腔領域の漢方治療 勿語歯科室方函口訣』(小澤夏生著)(砂川正隆)

 次号の特集予告