やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 深田吉孝
 東京都医学総合研究所,東京大学名誉教授
 一定の周期を保って繰り返される生物リズムのなかでも,周期性が24時間に近いものを概日リズムとよび,この振動を支配している振動体は概日時計(circadian clock)とよばれる.
 多様な周期の生物時計のなかでも,概日時計の分子レベルにおける研究はこの50年で爆発的に進んだ.その契機として,ベニバナインゲンの一日周期の葉柄運動を解析したドイツのBunningの先駆的な研究があげられるが,彼は概日時計が細胞自律的であることをすでに予言していた.この研究の発展として,ショウジョウバエを用いて華々しい研究成果をあげた3人の米国人研究者Hall,Rosbash,Youngが2017年にノーベル生理学・医学賞を受賞したことは記憶に新しい.はじめてクローニングされた時計遺伝子periodの翻訳産物は転写を調節する因子であることがわかり,転写を活性化する因子と抑制する因子が負のフィードバックループを形成して約24時間周期の細胞自律的なリズムを生み出すというモデルが提唱された.この転写・翻訳フィードバックループモデルは現在も広く受け入れられている一方,このモデルでは説明できない現象が報告されはじめ,新しい振動機構も提唱されつつある.
 このような研究の潮流と並行して最近,概日時計が生物の多彩な生理現象をいかに制御しているのか,生体のシステミックな連関機構に関する多くの研究が展開され,新しい発見が次々と報告されている.われわれに最も身近なリズム現象としては睡眠・覚醒サイクルがあげられるが,睡眠と概日時計の相互作用は現在も最もホットなトピックのひとつにあげられる.本特集は,多様な生理現象が概日時計とどのように連関しているのか,最新の知見をもとに理解を深めることを狙って企画した.規則正しい生活リズムと健康長寿の関係を考えるヒントになれば幸いである.
特集 概日時計が制御する多面的な生理機構
 はじめに(深田吉孝)
 哺乳類の概日時計機構(本間さと)
 生体リズムの神経制御(李 若詩・櫻井 武)
 睡眠と概日リズム(駒田陽子・志村哲祥)
 代謝と概日リズム(羽鳥 恵)
 栄養と概日リズム(田原 優)
 免疫のリズム(中尾篤人)
 概日リズム障害の病因論─体内時計に従わない生活を続けると何が起こるのか?(八木田和弘)
 疼痛疾患における概日リズム(小柳 悟)

TOPICS
 形成外科学 ネキソブリッド外用ゲルを用いたEnzymatic Debridementが変える熱傷治療(松村 一)
 再生医学 ヒトiPS細胞から腎間質前駆細胞を分化誘導する方法の開発と腎臓再生への道のり(辻本 啓・長船健二)

連載
自己指向性免疫学の新展開─生体防御における自己認識の功罪(26)
 死細胞クリアランス不全がもたらす炎症慢性化機構の解明(田中 都・菅波孝祥)

細胞を用いた再生医療の現状と今後の展望─臨床への展開(12)
 脂肪組織由来多系統前駆細胞の自己移植による歯周組織再生(竹立匡秀)

ケースから学ぶ臨床倫理推論(3)
 事前指示 過去の意向をどこまで尊重すべきか(田代志門)

FORUM
 戦争と医学・医療(14) 日本軍の遺棄化学兵器─被害者実態調査と医療支援(磯野 理)

 次号の特集予告