はじめに
竹原徹郎
大阪大学大学院医学系研究科消化器内科学
ウイルス肝炎の診療の向上に伴い,慢性肝疾患の疾患構造が大きく変化しています.毎年肝癌と診断される患者のうち,半数以上が非ウイルス性肝疾患によるものです.そのなかでも多くを占めるのが,生活習慣に伴う肝疾患―アルコール性肝疾患や脂肪性肝疾患―です.肝癌とならんで重要な疾患である肝硬変についても同様のことがいえます.日本肝臓学会では,5年ごとに肝硬変の成因調査を行っていますが,2023年の報告ではB型肝炎やC型肝炎などのウイルス性肝疾患の占める割合は40%弱にとどまり,残り60%以上が非ウイルス性肝疾患であり,その上位を占めるのが,やはりアルコール性肝疾患や非アルコール性の脂肪肝炎になっています.
ウイルス肝炎からの発癌対策は,まずB型/C型肝炎患者を拾い上げ,適切な抗ウイルス治療やサーベイランスにより,癌の一次予防あるいは二次予防を行うということになります.一方,患者数が極めて多い脂肪肝に対して,どのようにして高リスク群を拾い上げ,適切な医療につなげていくかは,よいバイオマーカーがない現状から大きな課題になっています.脂肪肝では,ウイルスマーカーに匹敵するようなよい拾い上げの指標がないのです.また,アルコール性肝障害についても,適切な医療につながりにくいという課題があります.
一昨年,日本肝臓学会は“奈良宣言2023“を発出し,慢性肝疾患をあらためて“CLD(chronic liver disease)”と位置づけ,これを拾い上げ,かかりつけ医,専門医へと適切につなげていくことの重要性を提言しました.これは従来見過ごされてきたALT異常,すなわち“ALT:30U/L超”にあらためて注意を喚起し,そのような場合はその原因について検討し,必要な評価・検査を行っていただくスキームを示したものです.そのなかには,もちろんウイルス肝炎の検査結果を確認することも含まれますし,生活習慣の見直し,脂肪肝の有無,脂肪肝があった場合は簡便な線維化進展指標(FIB-4)の確認が含まれます.そして,さらなる精査・治療が必要な場合には専門医にご紹介いただくことを推奨しています.おかげさまで,奈良宣言は各種メディアに取り上げられ,認知度は向上しています.最終的には,日本からCLDに伴う肝疾患を減少させることが目標です.
折しも奈良宣言が発出された同年同月にオーストリアのウィーンでは,従来NAFLD(non-alcoholic fatty liver disease;非アルコール性脂肪性肝疾患)やNASH(non-alcoholic steatohepatitis;非アルコール性脂肪肝炎)と呼称していた非アルコール性の脂肪性肝疾患を,MASLD(metabolic dysfunction associated steatotic liver disease;代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)やMASH(metabolic dysfunction associated steatohepatitis;代謝機能障害関連脂肪肝炎)に名称変更するという国際合意が発表されました.これは,あらゆる脂肪肝をSLD(steatotic liver disease;脂肪性肝疾患)というアンブレラタームの下に統合し,従来そもそも病名すら存在しなかった“そこそこ飲む脂肪肝”に,MetALD(MASLD with increased alcohol intake;代謝機能障害アルコール関連肝疾患)という病名を付与するなどの大きな変化も含んでいます.MetALDはMASLDに比べて,進行性肝疾患の頻度が高いこともわかってきています.
本特集は,日常よく測定される肝臓に関わる臨床検査項目―ALT,GGT,PT,血小板,FIB-4,アンモニア,肝炎ウイルスマーカー―を取り上げ,最新の知見とともに,あらためてその意味を再考することを目的に企画しました.第一線で活躍されている先生方に各項目をご執筆いただきました.「温故知新!」,ぜひみなさまに手にとっていただき,本特集を楽しんでいただければ幸甚です.よろしくお願いいたします.
竹原徹郎
大阪大学大学院医学系研究科消化器内科学
ウイルス肝炎の診療の向上に伴い,慢性肝疾患の疾患構造が大きく変化しています.毎年肝癌と診断される患者のうち,半数以上が非ウイルス性肝疾患によるものです.そのなかでも多くを占めるのが,生活習慣に伴う肝疾患―アルコール性肝疾患や脂肪性肝疾患―です.肝癌とならんで重要な疾患である肝硬変についても同様のことがいえます.日本肝臓学会では,5年ごとに肝硬変の成因調査を行っていますが,2023年の報告ではB型肝炎やC型肝炎などのウイルス性肝疾患の占める割合は40%弱にとどまり,残り60%以上が非ウイルス性肝疾患であり,その上位を占めるのが,やはりアルコール性肝疾患や非アルコール性の脂肪肝炎になっています.
ウイルス肝炎からの発癌対策は,まずB型/C型肝炎患者を拾い上げ,適切な抗ウイルス治療やサーベイランスにより,癌の一次予防あるいは二次予防を行うということになります.一方,患者数が極めて多い脂肪肝に対して,どのようにして高リスク群を拾い上げ,適切な医療につなげていくかは,よいバイオマーカーがない現状から大きな課題になっています.脂肪肝では,ウイルスマーカーに匹敵するようなよい拾い上げの指標がないのです.また,アルコール性肝障害についても,適切な医療につながりにくいという課題があります.
一昨年,日本肝臓学会は“奈良宣言2023“を発出し,慢性肝疾患をあらためて“CLD(chronic liver disease)”と位置づけ,これを拾い上げ,かかりつけ医,専門医へと適切につなげていくことの重要性を提言しました.これは従来見過ごされてきたALT異常,すなわち“ALT:30U/L超”にあらためて注意を喚起し,そのような場合はその原因について検討し,必要な評価・検査を行っていただくスキームを示したものです.そのなかには,もちろんウイルス肝炎の検査結果を確認することも含まれますし,生活習慣の見直し,脂肪肝の有無,脂肪肝があった場合は簡便な線維化進展指標(FIB-4)の確認が含まれます.そして,さらなる精査・治療が必要な場合には専門医にご紹介いただくことを推奨しています.おかげさまで,奈良宣言は各種メディアに取り上げられ,認知度は向上しています.最終的には,日本からCLDに伴う肝疾患を減少させることが目標です.
折しも奈良宣言が発出された同年同月にオーストリアのウィーンでは,従来NAFLD(non-alcoholic fatty liver disease;非アルコール性脂肪性肝疾患)やNASH(non-alcoholic steatohepatitis;非アルコール性脂肪肝炎)と呼称していた非アルコール性の脂肪性肝疾患を,MASLD(metabolic dysfunction associated steatotic liver disease;代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)やMASH(metabolic dysfunction associated steatohepatitis;代謝機能障害関連脂肪肝炎)に名称変更するという国際合意が発表されました.これは,あらゆる脂肪肝をSLD(steatotic liver disease;脂肪性肝疾患)というアンブレラタームの下に統合し,従来そもそも病名すら存在しなかった“そこそこ飲む脂肪肝”に,MetALD(MASLD with increased alcohol intake;代謝機能障害アルコール関連肝疾患)という病名を付与するなどの大きな変化も含んでいます.MetALDはMASLDに比べて,進行性肝疾患の頻度が高いこともわかってきています.
本特集は,日常よく測定される肝臓に関わる臨床検査項目―ALT,GGT,PT,血小板,FIB-4,アンモニア,肝炎ウイルスマーカー―を取り上げ,最新の知見とともに,あらためてその意味を再考することを目的に企画しました.第一線で活躍されている先生方に各項目をご執筆いただきました.「温故知新!」,ぜひみなさまに手にとっていただき,本特集を楽しんでいただければ幸甚です.よろしくお願いいたします.
特集 肝疾患の早期発見・早期治療の要となる肝機能検査
はじめに(竹原徹郎)
肝臓からの“SOS”;ALTによる慢性肝疾患の早期診断─「奈良宣言2023」を踏まえた慢性肝疾患スクリーニング(芥田憲夫)
肝疾患の早期発見・早期治療に向けたGGTの有用性(田畑優貴)
血小板(玉城信治)
肝硬変治療介入のための栄養評価指標としてのアルブミンの意義(浪崎 正・吉治仁志)
プロトロンビン時間(中山伸朗)
アンモニア代謝と肝性脳症診療のこれから(華井竜徳・清水雅仁)
肝炎ウイルスマーカー(須田剛生・他)
TOPICS
生理学 活性酸素が記憶学習に必要であることの解明(柿澤 昌)
医動物学・寄生虫学 トコジラミの蔓延と医療施設における対策(橋本知幸)
連載
自己指向性免疫学の新展開─生体防御における自己認識の功罪(21)
腫瘍死細胞由来分子による免疫制御機構(柳井秀元・衞藤翔太郎)
細胞を用いた再生医療の現状と今後の展望─臨床への展開(7)
変形性膝関節症に対する脂肪由来細胞治療(松本知之・他)
FORUM
数理で理解する発がん(19) 複数の突然変異(中林 潤)
戦争と医学・医療(9) 戦争とハンセン病─戦時下における医師の変容とその影響(鈴木 靜)
病院建築への誘い─医療者と病院建築のかかわりを考える 特別編─バルセロナにおける歴史的病院建築の転用(後編)(亀谷佳保里)
次号の特集予告
はじめに(竹原徹郎)
肝臓からの“SOS”;ALTによる慢性肝疾患の早期診断─「奈良宣言2023」を踏まえた慢性肝疾患スクリーニング(芥田憲夫)
肝疾患の早期発見・早期治療に向けたGGTの有用性(田畑優貴)
血小板(玉城信治)
肝硬変治療介入のための栄養評価指標としてのアルブミンの意義(浪崎 正・吉治仁志)
プロトロンビン時間(中山伸朗)
アンモニア代謝と肝性脳症診療のこれから(華井竜徳・清水雅仁)
肝炎ウイルスマーカー(須田剛生・他)
TOPICS
生理学 活性酸素が記憶学習に必要であることの解明(柿澤 昌)
医動物学・寄生虫学 トコジラミの蔓延と医療施設における対策(橋本知幸)
連載
自己指向性免疫学の新展開─生体防御における自己認識の功罪(21)
腫瘍死細胞由来分子による免疫制御機構(柳井秀元・衞藤翔太郎)
細胞を用いた再生医療の現状と今後の展望─臨床への展開(7)
変形性膝関節症に対する脂肪由来細胞治療(松本知之・他)
FORUM
数理で理解する発がん(19) 複数の突然変異(中林 潤)
戦争と医学・医療(9) 戦争とハンセン病─戦時下における医師の変容とその影響(鈴木 靜)
病院建築への誘い─医療者と病院建築のかかわりを考える 特別編─バルセロナにおける歴史的病院建築の転用(後編)(亀谷佳保里)
次号の特集予告














