やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 片岡圭亮
 慶應義塾大学医学部血液内科,国立がん研究センター研究所分子腫瘍学分野
 この10〜15年の間に,高速かつ安価に網羅的なゲノム情報の解析を可能にした次世代シークエンシングにより,さまざまながんにおけるゲノム異常の全体像が明らかになり,がんの発生メカニズムの解明や治療標的となるドライバー遺伝子異常の同定など,がんゲノム領域の研究はめざましい進展を遂げた.その技術・知識の臨床応用として,わが国では2019年に固形がんを対象とした遺伝子パネル検査が医療保険の適用対象となり,日常臨床でがんゲノム医療の提供が開始されている.一方,造血器腫瘍における遺伝子パネル検査の開発やゲノム医療体制の構築は大きく立ち遅れていた.しかし,着実に進展は認めており,造血器腫瘍におけるゲノム異常の臨床的有用性に関して,2018年に日本血液学会より「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン」が公表されている.さらに2024年3月には,造血器腫瘍を対象とした遺伝子パネル検査の販売承認申請が行われ,ついに造血器腫瘍におけるゲノム医療が実現されようとしている.
 造血器腫瘍におけるゲノム異常の臨床的有用性は,以下の点から固形がんとは異なる.まず,固形がんの主たる目的が“薬物療法の治療効果予測“である一方,造血器腫瘍におけるゲノム情報は“治療法選択”のみならず,“診断“および“予後予測”にも重要であり,その有用性は多岐にわたる.また,固形がんの遺伝子パネル検査では標準治療が終了した患者が対象であるが,造血器腫瘍では初発患者においても有用である.
 本特集ではこのような流れを踏まえたうえで,まず総論として,がんゲノム医療におけるエキスパートパネルと造血器腫瘍におけるゲノム異常に基づく治療薬アクセス,造血幹細胞移植の適応判断について解説した後に,各論として,クローン性造血から骨髄系・リンパ系腫瘍の代表的疾患について,それぞれのゲノム異常とその臨床的有用性について述べる.
 はじめに(片岡圭亮)

がんゲノム医療におけるエキスパートパネルの進め方
 (遠西大輔)
造血器腫瘍におけるゲノム異常に基づく治療薬アクセス
 (南谷泰仁)
造血器腫瘍におけるゲノム異常による造血幹細胞移植の適応判断
 (森田彩巴・諫田淳也)
クローン性造血と多様なヒト疾患の関係性
 (佐伯龍之介)
生殖細胞系列素因を伴う骨髄系腫瘍におけるゲノム異常と臨床的有用性
 (遠矢 嵩)
急性骨髄性白血病におけるゲノム異常と臨床的有用性
 (小野澤真弘)
骨髄異形成症候群におけるゲノム異常と臨床的有用性
 (永田安伸)
骨髄増殖性腫瘍におけるゲノム異常と臨床的有用性
 (幣 光太郎)
造血器腫瘍におけるスプライシング因子変異の役割と治療標的
 (和泉拓野・吉見昭秀)
形質細胞様樹状細胞関連腫瘍におけるゲノム異常
 (坂本佳奈)
組織球腫瘍におけるゲノム異常と臨床的有用性
 (佐藤亜紀)
ダウン症候群関連骨髄増殖症のゲノム異常と臨床的意義
 (吉田健一)
B細胞性急性リンパ性白血病におけるゲノム異常と臨床的有用性
 (安田貴彦)
T細胞性急性リンパ性白血病におけるゲノム異常と臨床的有用性
 (滝田順子)
びまん性大細胞型B細胞リンパ腫におけるゲノム異常と臨床的有用性
 (宮脇恒太)
ゲノム異常に基づく濾胞性リンパ腫の病態理解とその臨床応用
 (塚本 拓)
ホジキンリンパ腫の遺伝子異常と臨床的意義
 (加留部謙之輔)
T/NK細胞リンパ腫のゲノム異常と臨床的有用性
 (大石直輝)
成人T細胞白血病・リンパ腫におけるゲノム・エピゲノム異常と臨床的有用性
 (山岸 誠)
多発性骨髄腫におけるゲノム異常と臨床応用
 (金森貴之)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  同種造血幹細胞移植におけるハプロ移植
  造血器腫瘍における遺伝子パネル検査
  時代とともに変遷したFLT3-ITDの予後インパクト
  骨髄異形成症候群(MDS)のゲノム異常に関する歴史
  バスケット試験
  医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬の要望
  t(14;18)転座陰性濾胞性リンパ腫(FL)
  FLの付加的染色体異常とコピー数異常
  ALK再構成
  NK細胞腫瘍
  免疫グロブリン(IG)関連転座