やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 山田満稔
 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室
 生殖医学は,卵子・精子の形成,受精,胚発生,着床から胎盤形成など,生殖に関わる幅広い生命現象を扱う.基礎研究は生命現象に関する分子レベルの知見を提供してきたが,動物モデルとヒトの相違,サンプルの希少性,倫理的な問題,着床以降のブラックボックス化といった課題が依然として存在する.このような状況において幹細胞の樹立や胚モデルの作製は生殖医学研究における新たなブレイクスルーとして期待されている.
 国連は2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標として,持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)を採択し,性と生殖に関する健康と権利(reproductive health and rights)の重要性を訴えている.なかでも不妊症は,WHOなどにより性と生殖に関する重大な問題と位置づけられている.生殖医療は科学的な裏づけをもとにした新たな治療戦略を打ち立て,わが国における生殖補助医療による出生数は77,206人 1)と格段の進歩をみせている.しかし近年では,エビデンスが十分に確立されていない“IVF(in vitro fertilization) add-ons treatment”が患者の期待や診療現場でのニーズに応じて導入されるケースが増加しており,学術界や『New York Times』 2)などをはじめとした主要メディアにおいてその是非が問われている.このため,基礎研究から実地診療に至るまで,より精緻かつ堅牢なエビデンスの構築が求められている.
 本特集では,生殖医学における各テーマについて基礎と臨床が対をなす形で,第一線で活躍される専門家の先生方にご執筆をお願いした.配偶子形成,受精から着床以後にかけた胚発生,幹細胞を用いた胚モデルの作製,着床不全,子宮内膜症,生殖医療を取り巻く社会情勢としての保険適用や感染症について,幅広い視点から解説いただいた.
 本特集を通じて,生殖医学に興味を持つ読者の皆さまの今後の研究や,実地診療におけるShared Decision Makingの一助となれれば幸いである.

 文献
 1)日本産科婦人科学会.ARTデータブック.2022.
 2)Tsigdinos PM.The Big IVF add-on racket.The New York Times;2019.
 はじめに(山田満稔)

遺伝子改変マウスを通してみる精子・受精
 (伊川正人)
卵子の染色体数異常のメカニズム
 (北島智也)
臨床:体外受精における卵巣刺激法
 (瀧内 剛)
精子幹細胞研究アップデート─不均一で動的な幹細胞プール
 (吉田松生)
精子:micro-TESE
 (湯村 寧・他)
ここまで進んだ精子選択技術
 (虎谷惇平・立花眞仁)
受精と卵活性化
 (若井拓哉)
人為的卵子活性化の有効性・安全性検証と臨床上の位置づけ
 (宮ア康太郎・山田満稔)
ヒト第一体細胞分裂(1st cleavage)に対する時空間的解析
 (白澤弘光・他)
成育疾患からみた着床前期胚の重要性
 (深見真紀)
わが国における着床前遺伝子検査の現状
 (佐藤 卓)
タイムラプス映像でみるヒト初期胚の挙動
 (見尾保幸)
着床と子宮内膜のエピジェネティクス
 (福井大和・廣田 泰)
着床と着床不全:生殖免疫
 (福井淳史)
着床後発生:ヒト受精卵から胎盤が発生する仕組み
 (岡江寛明)
生殖細胞におけるクロマチン動態とトランスポゾン制御
 (藤澤達也・他)
ヒトブラストイド:胚盤胞モデルの革新とその可能性
 (香川晴信)
子宮内膜症の成立に寄与する子宮内細菌:基礎研究の知見より
 (大須賀智子・村岡彩子)
不妊治療の保険適用:現時点までの振り返り
 (原澤朋史)
生殖医療と感染症
 (早川 智)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  遺伝子ノックアウト(KO)マウスの解析
  CRISPR/Cas9ゲノム編集
  構造タンパク質の欠損
  ADAMファミリー
  エピディディモソーム
  透明帯の通過
  精子と卵の融合
  ゴナドトロピン
  卵巣予備能
  マウスの着床・妊娠の過程
  生殖補助医療における研究課題
  胚外中胚葉の起源
  子宮内膜症と妊孕性温存