やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 戸田達史
 東京大学大学院医学系研究科神経内科学
 脳神経内科の対象は,神経難病だけでなく,脳血管障害,認知症,てんかん,頭痛,しびれなど多岐にわたり,神経系の症状でファーストコンタクトをとる科として,進む超高齢社会のなかでニーズがますます高まっている.脳神経内科には2つの魅力がある.1つは,古くは問診とハンマーなどの理学的診察だけから,また近年はMRI,電気生理学検査なども組み合わせて,「病変の部位は?」「疾患名は?」「治療は?」と深く考えていく神経学的診察を駆使して,患者に最良の診療を実践することである.もう1つは,今や脳神経内科は,難治性神経疾患や高次脳機能のメカニズムの解明といった脳科学の先端的な課題を担う科という側面も持ち,極めて多彩な広がりを見せていることである.ひと昔前,脳神経内科疾患の多くが原因不明であり,病気のメカニズムも極めて難解で,攻略の糸口を見出し難いものであった.しかし,過去40年間の分子遺伝学の進展により事態は一変し,多くの神経疾患の病態が今まさに分子レベルで解明されつつあり,原因療法の開発まで進められているものもある.すなわち,従前の“なおらない“から“なおる脳神経内科”へ今後もどんどん変革しており,患者のために疾患を克服することが重要である.
 われわれの時代は,「わからない,なおらない,でもあきらめない」と揶揄されたが,多くの神経疾患の原因遺伝子,病態が明らかにされ,教科書が大きく書き換わった.神経疾患には,ハンチントン病,脊髄小脳変性症,筋ジストロフィーのように単一遺伝子の異常によるものと,アルツハイマー病,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)のように大部分は孤発性であるが,一部にメンデル遺伝をとる多因子疾患がある.原因遺伝子の発見により分子病態の解明が進み,分子機構に基づいた治療戦略,治験が行われており,脊髄性筋萎縮症やデュシェンヌ型筋ジストロフィーのアンチセンス核酸,アデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus:AAV)遺伝子治療薬,アルツハイマー病,多発性硬化症の抗体治療など分子標的薬が上市されたものも多く,転換期を迎えていると感じられる.
 本特集では,脳卒中,認知症,パーキンソン病,片頭痛,多発性硬化症,運動ニューロン疾患,筋ジストロフィーなど代表的な神経疾患について,“なおる“だけでなく“予防できる”脳神経内科を目指した現状と将来について,第一線の基礎および臨床の研究者にご解説いただいた.ゲノム医療の進歩により,10〜20年後,神経疾患では医療がどのように変化しているかについて考えたい.
特集 治る,予防できる脳神経疾患─現状と将来
 はじめに(戸田達史)
 脳梗塞患者における急性期治療と再発予防の適応拡大(下山 隆・木村和美)
 疾患修飾薬による新しい認知症治療法と予防介入(池内 健)
 パーキンソン病の治療の現在と未来(王子 悠・服部信孝)
 片頭痛の診断と治療─最近の動向(竹島多賀夫)
 多発性硬化症と視神経脊髄炎関連疾患の治療─現状と将来(茂木晴彦・他)
 運動ニューロン疾患発症予防に向けた創薬開発(佐橋健太郎・勝野雅央)
 デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)に対するエクソン・スキップ治療薬開発(大越一輝・青木吉嗣)

TOPICS
 神経内科学 血管性認知障害の新たな病態メカニズムとその内因性保護機構(白川久志)
 免疫学 肉芽腫深部における好中球主導型マクロファージM2化機構(水谷龍明・杉田昌彦)

連載
臨床医のための微生物学講座(16)
 水痘・帯状疱疹ウイルス(浅田秀夫)

緩和医療のアップデート(11)
 非がん性疼痛の評価と治療─がん性疼痛との違いは?(小暮孝道・他)

自己指向性免疫学の新展開─生体防御における自己認識の功罪(3)
 マクロファージによる細胞膜リン脂質の感知機構(瀬川勝盛)

FORUM
 死を看取る─死因究明の場にて(17) 看取りの場での工夫(2)(大澤資樹)

 次号の特集予告