やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 有田 誠
 慶應義塾大学薬学部代謝生理化学講座,同WPI-Bio2Q,理化学研究所生命医科学研究センターメタボローム研究チーム,横浜市立大学大学院生命医科学研究科代謝エピゲノム科学研究室
 脂質は生体膜を構成し,エネルギー源としての役割に加え,シグナル分子やその前駆体として働く多彩な役割を担う生体分子である.また,脂質はその特性として,単独の分子が生理活性を有するものと,分子集合体として“場”の制御に関わるものがあり,そのなかでどのような脂質多様性が存在し,その特性や分子情報が生体内でどのように認識・利用されているのかを分子レベルで理解することが,医学・薬学・生命科学分野に波及効果を与えるうえで重要な課題である.
 近年,生命の脂質多様性(リポクオリティ)を網羅的に捉えるための計測システムとして,質量分析技術と情報科学を駆使したノンターゲットリピドミクスが飛躍的に進歩している.さらに,多様性に富む脂質分子の空間分布を可視化するイオンモビリティ質量分析イメージング技術の台頭も,脂質の構造多様性および組織・細胞レベルでの分布や局在を総体として捉える“リピドームアトラス”の構築に大きく貢献している.これにより,生体内で特定の組織や細胞集団の状態変化をリピドームシグネチャーとして捉えることが可能になりつつある.脂質代謝異常が多くの疾患の背景因子であり,また脂質分子のなかには生理活性分子が多く含まれていることから,これら解析技術の進歩からは新たな創薬シーズの発見や,早期診断・治療などの医学応用につながる可能性がある.また,天然に存在する脂質構造の多様性から,今後,未知の脂質機能が新たに発見される可能性もある.
 本特集では,生体内で脂質多様性やその局在を作り出し,調節・認識する仕組みの解明,およびその破綻による疾患解明を目指した研究について,若手を中心とした第一線の研究者に紹介いただいた.ここから脂質多様性の生理的意義に関する基盤研究が進み,その理解から新たな病態解明および疾患制御につながることを期待する.
特集 脂質多様性の生物学と疾患制御
 はじめに(有田 誠)
 加齢に伴う脂質代謝変容とその生物学的解釈(津川裕司・有田 誠)
 脂質多様性の解明や定量化を可能にする最先端リピドミクス技術(竹田浩章・他)
 リピドームアトラス構築のための空間リピドミクス解析(内野春希・有田 誠)
 脂質修飾タンパク質の網羅的なプロファイリング技術(磯部洋輔・今見考志)
 脂質多様性を生む脂肪酸不飽和化酵素(李 賢哲・横溝岳彦)
 健康と疾患を制御する脂質栄養(石田 渓・國澤 純)
 細胞外小胞から産生される機能性脂質(村上 誠)

TOPICS
 輸血学 赤血球製剤の使用期限延長がもたらすもの(米村雄士)
 免疫学 CD45による2型自然リンパ球の抑制および気道炎症と肺線維症の軽減(崔 广為・生田宏一)

連載
臨床医のための微生物学講座(15)
 単純ヘルペスウイルス(森 康子)

緩和医療のアップデート(10)
 非がんの肝疾患─最近の動向(村P樹太郎)

自己指向性免疫学の新展開─生体防御における自己認識の功罪(2)
 リソソーム核酸蓄積病から学ぶ自己指向性免疫応答(三宅健介)

FORUM
 死を看取る─死因究明の場にて(16) 看取りの場での工夫(1)(大澤資樹)
 数理で理解する発がん(12) 適応的進化(中林 潤)

 次号の特集予告