やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 新井康通
 慶應義塾大学看護医療学部,同医学部百寿総合研究センター
 世界でも類をみない超高齢社会に突入したわが国では,高齢者が健康でいきいきと暮らせる健康長寿社会の実現が早急に求められている.健康長寿のモデルである百寿者から元気で長生きの秘訣を探ろうという百寿者研究は,1980年代から日本やイタリア,米国など一部の国で行われてきたが,2000年代に入ると長寿化を背景として中国,オーストラリア,南米の国々へ世界的な広がりをみせている.研究内容も当初の病歴や血液生化学的解析から,近年では次世代シーケンス技術,オミクス解析,シングルセル発現解析技術を応用して,分子・細胞レベルの健康長寿のメカニズム解明に迫る成果が期待されるようになっている.
 そうしたなか,慶應義塾大学の広瀬らが切り開いたスーパーセンチナリアン研究から,世界の百寿者研究を牽引する成果が報告され,注目を集めている.スーパーセンチナリアンは100歳時点でも日常生活が自立している,まさに“健康長寿のスーパーエリート”であるが,この背景には認知機能が保持されていること,心血管疾患のリスクが低く,加齢に伴う心機能の低下(NT-proBNPの上昇)が遅いことが重要であると考えられる.世界的にも貴重なスーパーセンチナリアン剖検脳の神経病理学的解析から,認知症に対する抵抗性(レジリエンス)のメカニズムを解明しようという研究が進められている(本特集・尾の稿).心電図や血液バイオマーカー解析から,105歳以降の余命を規定する循環器因子も同定された(本特集・平田の稿).長寿遺伝子の研究では,ゲノムワイド関連解析からポリジェニックスコアなどの指標を用いて健康長寿者の遺伝的特徴に迫る研究が進められている(本特集・佐々木の稿).加齢に伴うエピジェネティックな変化は老化の本質的な特徴(hallmarks of aging)のひとつであり,機械学習を用いてDNAメチル化状態から生物学的年齢を予測するエピジェネティック時計の開発競争が盛んだ.日本の百寿者,スーパーセンチナリアンを対象とした研究でも,暦年齢に比べてエピジェネティック年齢が若く,また長寿者に特徴的なDNAメチル化領域が存在することも明らかにされている(本特集・小巻らの稿).百寿者では加齢に伴う免疫系のリモデリングが起きていることが報告されているが,ヒト末梢血単核細胞(peripheral blood mononuclear cells:PBMC)のシングルセル解析から,スーパーセンチナリアンに特徴的なcytotoxic CD4+T細胞の存在が明らかにされた(本特集・橋本の稿).最近,cytotoxic CD4+T細胞によるヒトの皮膚の老化細胞を除去する働きが報告され 1),さらなる研究の広がりが期待される.
 2023年には百寿者数は全国で9万2千人を超え,百寿がますます身近になってきた今日,生活者としての百寿者に着目した研究も重要である.100歳時点で自立している人は約2割であり 2),身体的な制限のあるなかでも自分ができることに焦点を当て,あるがままの状態を受け入れることで幸福感を得ている百寿者も多い(本特集・権藤らの稿).医療ビッグデータを活用した医療費分析は,持続可能な社会保険制度や医療供給体制を考えるうえで貴重な視点を与える(本特集・中西の稿).誰もが長生きを喜べる“人生100年時代”を迎えるために,さまざまな分野の研究者が連携し,健康長寿への道を切り開く学際的百寿者研究がますます進展することを期待している.

 文献
 1)Hasegawa T et al.Cell 2023;186(7):1417-31.
 2)Gondo Y et al.J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2006;61(3):305-10.
特集 百寿者研究から探る健康長寿への道
 はじめに(新井康通)
 百寿者遺伝解析から探る健康長寿遺伝因子(佐々木貴史)
 百寿者のエピゲノムプロファイル(小巻翔平・清水厚志)
 シングルセルデータから推定するスーパーセンチナリアンの生物学的年齢(橋本浩介)
 スーパーセンチナリアンの神経病理学(尾昌樹)
 百寿者の心血管機能と生命予後(平田 匠)
 百寿者の心理的側面─認知と精神的健康(権藤恭之・張 欣宇)
 医療・介護レセプトデータを用いた百寿者研究(中西康裕)

TOPICS
 薬理学・毒性学 背側縫線核セロトニン神経による海馬歯状回快経験アンサンブルの選択的再活性化(永安一樹)
 神経精神医学 期待外れを乗り越える能力を支える神経メカニズム─ドーパミンの役割(小川正晃)

連載
医療システムの質・効率・公正─医療経済学の新たな展開(21)
 介護労働市場の状況と介護・福祉人材をめぐる政策動向(堀田聰子)

遺伝カウンセリング─その価値と今後(11)
 海外の認定遺伝カウンセラー,認定遺伝カウンセラー制度(松川愛未)

臨床医のための微生物学講座(1)
 はじめに(舘田一博)
 大腸菌(佐々木雅一)

FORUM
 世界の食生活(10) キヌアの魅力とアンデスにおける食文化(佐々木直美)
 病院建築への誘い─医療者と病院建築のかかわりを考える 特別編─病院建築のコストバランスを考える(亀谷佳保里)
 死を看取る─死因究明の場にて(2) 生と死の境界線(2)(大澤資樹)

 次号の特集予告