やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 前門戸 任
 自治医科大学 内科学講座呼吸器内科学部門
 コロナ禍が日常生活を大きく変えてしまった3年間であったが,2023年5月より5類対応となり,ようやく日常生活を取り戻しつつある.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は呼吸器領域が中心ではあるが,多くの施設では,呼吸器科だけでなく施設全体が一丸となって対応してきたものと思われる.COVID-19の影響は多岐に及び,命にかかわる癌領域においてもその影響は避けられなかった.特に肺癌検診の受診者は,2020年にはその前年から約30%の減少が認められている.それに起因するであろう早期肺癌の減少,肺癌生存率の低下には,今後注視していかなければならない.
 コロナ禍のなかにあっても肺癌治療の進歩は着実に続いている.免疫チェックポイント阻害薬治療が悪性黒色腫に続いて2015年12月に非小細胞肺癌に適応となり,その後,多くの臓器癌に適応が広がっていった.非小細胞肺癌に対して免疫チェックポイント阻害薬と化学療法との併用,免疫チェックポイント阻害薬同士の併用が適応となり,小細胞肺癌にも適応が拡大された.当初,免疫療法は転移性IV期肺癌のみが適応であったが,化学放射線療法が適応となるIII期症例,最近では手術適応患者の術前・術後治療としても適応が拡大してきている.免疫チェックポイント阻害薬が汎用されることになったひとつの理由は,長期予後の改善効果である.これまでの殺細胞性抗癌剤,分子標的薬では投与中に劇的な効果が認められたとしても,それのみでは治癒に到達できずにいた.しかし,この免疫療法が効く症例では腫瘍消失があり,その効果は免疫チェックポイント阻害薬の投与を中止しても持続し,一部では治癒に至る症例が認められるようになった.5年生存率が望めなかったIV期肺癌でも治癒に至る症例に遭遇する.しかし,免疫療法全般としてはまだまだ課題が山積している.効果を示す患者が一部であり,その選別にはPD-L1を含めたさまざまなバイオマーカーの検討がなされているが,宿主によって異なる精緻な免疫システムにおいては,PD-L1でさえ十分なバイオマーカーとはいえない.免疫関連有害事象が免疫チェックポイント阻害薬の併用により重篤なものが起こりやすく問題となっている.さらなる薬剤開発と同時に,効果及び副作用のバイオマーカーの研究の進歩が望まれる.
 2004年に,ドライバー遺伝子変異EGFRが肺癌において発見されて以来,分子標的薬治療が他臓器癌に先がけて肺癌において開発され,個別化治療のトップランナーとして肺癌分子標的薬治療の進歩が続いている.肺癌において免疫療法と分子標的薬治療の適応患者が異なり,両治療の棲み分けがおおまかにできている.肺癌においては免疫療法の適応が広く,なおかつ効果的である.免疫療法の分野でも癌診療をリードしていく存在になることを期待している.
特集 肺癌に対する薬物治療の最前線
 はじめに(前門戸 任)
 ドライバー遺伝子変異に応じた分子標的療法と耐性機構(片山量平)
 癌微少環境と免疫療法耐性化(小山正平)
 免疫療法耐性とVEGF阻害による克服(大橋圭明・他)
 小細胞肺癌の分子サブタイプ(猶木克彦)
 パラダイムシフトを迎えた肺癌の周術期治療─最新のエビデンス(鮫島譲司・坪井正博)
 切除不能III期非小細胞肺癌の治療(森川 昇・釼持広知)
 IV期非小細胞肺癌におけるドライバー遺伝子変異陰性例での治療戦略(中西健太郎・倉田宝保)
 ドライバー遺伝子変異陽性非小細胞肺癌に対する分子標的治療の現状と展望(渡部 聡)
 進展型・再発肺小細胞癌の治療展望と免疫療法の進化(田村賢太郎・後藤 悌)
 高齢進行非小細胞肺癌患者に対する薬物療法と高齢者機能評価(中島和寿・津端由佳里)

連載
医療システムの質・効率・公正─医療経済学の新たな展開(16)
 医師偏在と医師確保計画(小池創一)

遺伝カウンセリング─その価値と今後(6)
 遺伝カウンセリングとわが国の医療制度(甲畑宏子)

TOPICS
 再生医学 剣山式バイオ3Dプリンタ─安全な再生医療を目指して(樫本翔平・他)
 放射線医学 2層検出器をもつスペクトラルCTが臨床にもたらすインパクト(船橋伸禎・他)

FORUM
 世界の食生活(5) 台湾原住民族の食と変化(野林厚志)
 数理で理解する発がん(5) ベイズ更新とベイズ統計(中林 潤)

 次号の特集予告