やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 中西 真
 東京大学医科学研究所 癌・細胞増殖部門 癌防御シグナル分野
 老化はあらゆる生物にとって必然的に生じる普遍的な生命現象と考えられてきた.しかしその過程は生物種にとり多様であり,カメやワニなどのように加齢に伴う老化の表現がほとんど認められない生物から,ヒトやマウスのように顕著な老化形質を示す生物まで多岐にわたる.一方,近年の分子生物学的技術の急速な進歩により,さまざまなモデル生物を用いた研究から,老化過程は他の生命現象と同様に,シグナル伝達や転写制御,さらには細胞間相互作用により強く影響を受けることが明らかとなった.
 とりわけ,Franceschiらにより加齢に伴う臓器・組織に生じる慢性炎症が老化病態の基盤をなすという考え方(inflammaging)が提唱され,多くの臨床病理的証拠から世界で広く受け入れられている.これに関して,老化細胞が炎症性性質を示すことから加齢に伴う老化細胞の蓄積がinflammagingに関わっていると示唆されていたが,2011年にメイヨークリニックのBacker博士らにより,p16陽性老化細胞を早老症マウスから遺伝薬理学的手法により除去すると,さまざまな老化形質が改善したという報告がなされた.これ以降,世界的に老化細胞を除去する薬物や技術の開発が進められ,2015年にはKirkland博士らにより,老化細胞に細胞死を誘導して老化病態を改善するsenolyticsが提唱された.
 本稿では,日本を代表する老化研究者により各臓器の老化病態の詳細から,老化細胞との関わり,さらにはsenolyticsによる老化表現の改善までを概説いただいた.また,senolyticsのモダリティについても低分子化合物から抗体,さらにはワクチンまで幅広く説明いただいた.老化研究に興味を持つ読者の皆様の今後の研究にお役立ていただければ幸いである.
 はじめに(中西 真)
総論
 老化細胞─その特異的な性質(高杉征樹・大谷直子)
 動的エピゲノム情報の変化と老化制御(早野元詞)
 老化細胞の光と影(千見寺貴子・齋藤悠城)
 細胞膜損傷を起点とする新たな老化細胞サブタイプ(河野恵子・森山陽介)
 免疫細胞の老化と臓器,個体の老化(吉村昭彦・伊藤美菜子)
 造血幹細胞の老化と若返りへの試み(横溝貴子・岩間厚志)
 腎臓の老化(武呂幸治・他)
各論
 低分子化合物による老化細胞除去の現状と未来(大森徳貴・城村由和)
 肺組織における細胞老化(津島博道・杉本昌隆)
 免疫系を利用した老化細胞除去─老化細胞除去ワクチンによる心血管系老化の改善(須田将吉・南野 徹)
 老化細胞ワクチンによる糖尿病・慢性疾患治療(中神啓徳)
 抗PD-1抗体を用いた老化細胞除去(川上聖司・他)
 がん細胞の老化促進による持続的な抗がん作用を示すα線標的アイソトープ治療薬の開発(張 明栄)
 老化に関連したヒトゲノム情報(鎌谷洋一郎)
 ハダカデバネズミを用いた老化研究─最長寿齧歯類ハダカデバネズミの老化耐性機構の解明に向けて(中村一輝・他)
 全身の老化制御メカニズムの理解を加速する新たなモデル動物“ターコイズキリフィッシュ”(石谷 太)

 次号の特集予告

 サイドメモ
  三次リンパ組織(TLT)
  AbbVie Inc.
  老化細胞特異的遺伝子操作の試み
  OT-1マウス
  ゲノム内在性レトロトランスポゾン
  α線
  標的アイソトープ治療
  INK4a-RB経路
  ターコイズキリフィッシュ