やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 瀬口典子
 九州大学大学院比較社会文化研究院,モンタナ大学人類学部
 2022年に進化人類学者としてノーベル生理学・医学賞を受賞したスヴァンテ・ペーボ博士が発展させた古代ゲノム学は,人類進化史の研究だけでなく,医学研究にも大きな影響を与え大躍進を遂げている.
 古代ゲノム学は筆者の専門分野である生物人類学の重要なサブフィールドである.生物人類学は1950年代に遺伝学者との交流に触発され,研究の関心は人類の環境への適応と進化へとシフトした 1).その後,生物人類学は遺伝学,生理学,人口動態学など,さまざまな分野の要素を取り込んで拡大した.ヘモグロビン変異体やマラリア感染症の研究を通じて疫学と遺伝学は重要な要素となり,人類進化の視点で主要な研究対象となったのは,感染症,遺伝的疾患,代謝疾患,新たな食物への適応と生活習慣病との関係,そして極端な気温や高度などの環境ストレスが全身に及ぼす影響と生理的適応と遺伝的適応についてである 2).人類学と古代ゲノム学の融合研究によって,人類が新しい環境に拡散して適応していく過程で,生存のために有利となったゲノム領域が古代型人類のゲノムの中から選択され,現生人類に受け継がれた証拠も探求できるようになった 3,4).現在,免疫や代謝関連の機能に影響を与えている遺伝子を探索する研究は急速に進められている.古代ゲノム解析は,過去の感染症の病原体を追跡するために有用なツールであり,古代ゲノム学は病原体の起源や進化,疾患の発生と進行,伝播経路の理解に重要な示唆を与えている.将来的には,疾患リスクに関連するヒトの遺伝的要因の解明も期待される 5)
 本特集では,現在この分野の第一線で活躍されている専門家の方々に,近年の古代ゲノム研究の動向,古人骨ゲノムの解明,古代ゲノム学と感染症学・医療の最新の成果と現状について解説していただいた.本特集が古代ゲノム学と医学研究の最先端の紹介となれば幸いである.

 文献
  1)Armelagos GJ, Van Gerven DP. Am Anthropol 2003;105(1):53-64.
  2)Leslie PW, Little MA. Am Anthropol 2003;105(1):28-37.
  3)Huerta-Sanchez E et al. Nature 2014;512:194-7.
  4)Racimo F et al. Mol Biol Evol 2017;34(2):296-317.
  5)Kerner G et al. Nat Med 2023;29(5):1048-51.
特集 古代ゲノム学と医学の交差点
 はじめに(瀬口典子)
 古代ゲノム学と進化医学(太田博樹)
 感染症学と古代ゲノム学の接点─古人骨研究の視点(長岡朋人)
 古代から現代へと受け継がれてきた生活習慣病遺伝子(中山一大・夏 添)
 古代人ゲノムと皮膚色関連多型(中 伊津美)
 アルコール代謝関連遺伝子の多様性を現代人および古代人ゲノムから探る(小金渕佳江)
 古代人ゲノムからの表現型復元(木村亮介)
 狩猟採集から農耕への生業変化─そのダークサイドを考える(水野文月)

連載
救急で出会ったこんな症例─マイナーエマージェンシー対応のススメ(14)
 ヘビ咬傷のあれこれ:鑑別編2─ヤマカガシ,シマヘビ,ジムグリ(間藤 卓)

医療システムの質・効率・公正─医療経済学の新たな展開(6)
 インフォーマルケアと医療・介護の自己負担(中部貴央)

TOPICS
 麻酔科学 手術中の筋弛緩モニターは術後肺炎を減らすための必須アイテム(高木俊一)
 細菌学・ウイルス学 バイオフィルムにおける黄色ブドウ球菌の薬剤耐性獲得(森川一也)

FORUM
 病院建築への誘い─医療者と病院建築のかかわりを考える 特別編─感染症対策と建築(7)(亀谷佳保里)
 後悔しない医学英語論文の投稿に向けて─Editorの視点から(3) 自身の論文の投稿先はどこにすればよいのか?(笹野公伸)

 次号の特集予告