やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 山本一博
 鳥取大学医学部循環器・内分泌代謝内科
 心不全患者の急激な増加を受けて“心不全パンデミック“という言葉まで登場している.心不全治療を行ううえで基本となる分類が左室駆出率(left ventricular ejection fraction:LVEF)に基づく分類であり,LVEFが50%以上の心不全を“HFpEF(heart failure with preserved ejection fraction;左室駆出率が保たれた心不全)”と総称している.心不全パンデミックの原因のひとつは社会の高齢化にあり,高齢者では心不全のなかでもHFpEFの占める割合が若年者より高いため,総心不全患者に占めるHFpEF患者の割合も増加している.
 HFpEFの病態は多様であり,診断基準も定まっているとは言い難く,これまでのonesize-fits-allのアプローチでは有効な介入戦略も見出せていない.現在ではLVEFの基準値を含め,いくつかの異なる評価基準でHFpEFをサブグループに再分類する必要性があると考えられている.そのサブグループ分けが,効果的な治療法選択に結びつくものであれば臨床的には好ましく,この視点に立った研究が現在も精力的に行われている.
 先に有効なHFpEFへの介入戦略が見出されていないと記述したが,治療法が有効であるか否かを判断する“物差し”が変われば,その治療法に対する評価も変わる.高齢者の多いHFpEFでは生命予後の改善以上に生活の質(QOL)の改善が望まれ,患者目線では自覚症状の改善や心不全入院の回避は重要な治療目標である.この視点に立つと,レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系阻害薬には臨床的有用性があると思われる.近年,介入研究においてSGLT2阻害薬が心血管死を含む一次エンドポイントを有意に抑制することが報告されたが,死亡率は有意には低下しておらず,心不全入院回避が主たる効果であった.ただし,これらの薬剤のHFpEFにおける心不全イベント抑制機序,あるいは各薬剤にとって至適な治療ターゲット像は明確ではない.
 本特集では,多くの未解決な問題があるHFpEFについて,現時点での知見をエキスパートの先生方に解説していただいた.読者の方々の診療,研究において参照にしていただければ幸いである.
特集 HFpEF(左室駆出率が保たれた心不全)の病態と治療
 はじめに(山本一博)
 わが国におけるHFpEFの臨床的特徴と診断・治療に与える影響(多田篤司・永井利幸)
 HFpEFのカットオフポイントとなるEFを考える(大手信之)
 HFpEFと右室・肺動脈カップリング(中川彰人)
 HFpEFにおけるレニン-アンジオテンシン系阻害薬の役割(彦惣俊吾)
 HFpEFとSGLT2阻害薬(桑原宏一郎)
 運動負荷心エコーでHFpEFをみる(小保方 優)
 HFpEFのフレイルにどう介入するか?(衣笠良治)

連載
救急で出会ったこんな症例─マイナーエマージェンシー対応のススメ(11)
 お腹が痛い!─それって前皮神経絞扼症候群(ACNES)!?……だけじゃない腹壁痛の鑑別(大塚勇輝・大村大輔)

医療システムの質・効率・公正─医療経済学の新たな展開(2)
 社会的処方の期待と課題:医療経済学の観点を中心に(西岡大輔)

TOPICS
 細菌学・ウイルス学 トリプシン分解腸内細菌の発見(渡辺栄一郎・他)
 生化学・分子生物学 B型肝炎ウイルス感染受容体NTCPの構造(野村紀通)

FORUM
 これまでの気道管理の常識が変わる(茶木友浩・山蔭道明)

 次号の特集予告