やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 前田一郎
 北里大学北里研究所病院病理診断科,同医学部病理学
 病理学に変革をもたらす可能性を秘めた技術が,デジタルパソロジー(digital pathology:DP)/サイトロジー(digital cytology:DC)systemである.
 病理学は100年以上の歴史を持ち,顕微鏡を通してさまざまな医療分野に影響を与えてきた.病理学自身も,検体処理としてアルコール固定からFFPE(formalin-fixed, paraffin-embedded)へ,染色法としてパパニコロ染色,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色などから各タンパク質をターゲットとした免疫組織化学染色の臨床への実装など,発展を遂げてきた.
 近年,医療においてゲノム医療の導入という大きな変革が起きている.ゲノム医療のゲノム異常の検索に使用するゲノムの抽出には,生(なま)検体あるいは凍結検体が最も適しているが,医療における汎用性の観点,また感染対策の観点から,FFPEからの抽出が行われている.近年では細胞検体のアルコール固定からのゲノム抽出の可能性を示す報告が目立つ.
 病理のDP/DC systemは,バーチャルスライド〔現在は,WSI(whole slide imaging)とよぶ〕スキャナでガラス標本をデジタル化し,PC画面で所見を確認し,病理診断するシステムである.DP/DC systemのメリットは,検体が採取され標本が作製された,その病院でだけでなく,システムが構築された環境であれば,日本国内にとどまらず,世界の病理医がリアルタイムで診断可能であることである.また機械学習,深層学習を使用した人工知能(AI)により,さまざまな解析が瞬時に結果として表示される.数年前までAIは学問としての論文が主流であったし,現在も進歩を続けている.しかし近年は良悪性判定,組織型判定,異型度判定,特定のゲノム異常の予測など,AI解析の臨床への実装可能な研究論文が散見されるようになった.さらに,AIを搭載した機器の臨床への実装もはじまっている.AIは研究から臨床実装へと新たなフェーズに入った.
 本特集ではDP/DC systemの実装から,潰瘍性大腸炎,子宮頸部細胞診,乳腺,胃,前立腺,肺など,各領域の専門の先生方に機械学習やAIでの解析などの解説をお願いした.この特集を通して臨床に実装可能な研究,あるいはすでに臨床実装されている先生方,これから研究,臨床実装を計画されている先生方のDP/DC system,AIの理解がさらに深まれば幸いである.
特集 デジタルパソロジー/サイトロジーとAIの進歩
 はじめに(前田一郎)
 デジタルパソロジーの実装─現状の課題と将来の方向性(津山直子)
 潰瘍性大腸炎におけるデジタルパソロジー・AIの有用性(芹澤 奏・小林 拓)
 子宮頸部細胞診への新しいアプローチ─子宮頸部細胞診における自動スクリーニング支援装置ThinPrep(R) Integrated Imagerの有用性(金田敦代・安岡弘直)
 病理医はいかに病理AI開発にコミットしうるか─胃癌/乳癌/子宮頸部細胞診診断支援AI開発の経験をもとに(市原 真)
 前立腺がんにおける医療AIの現状(赤塚 純・山本陽一朗)
 肺疾患におけるデジタルパソロジーとAIの未来(北村由香・福岡順也)

特報
第59回(2022年度)ベルツ賞受賞論文1等賞
 アルツハイマー病および類縁疾患の病態解明研究ならびに診断・治療・予防法の開発(樋口真人)
第59回(2022年度)ベルツ賞受賞論文2等賞
 アルツハイマー病:疾患メカニズムに即した診断・評価と疾患修飾による治療・予防の実現を目指して(岩坪 威)

 次号の特集予告