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はじめに―自己免疫性肝疾患の基礎知識
 田中 篤
 帝京大学医学部内科学講座
 本特集では「自己免疫性肝疾患―いま何が問題となっているのか?」というタイトルのもと,臨床において重要であり,かつ日本から優れた仕事がでているテーマを選び,それぞれのエキスパートに執筆をお願いした.いずれも興味深い論考であるが,それらをお読みいただく前に自己免疫性肝疾患について簡単にまとめてみた.すでに十分な予備知識をお持ちの方にはこの稿は不要であり,先へ進まれることをお勧めする.

 ■自己免疫性肝炎(AIH)
 1.病態・疫学
 自己免疫性肝炎(autoimmune hepatitis:AIH)は中年以降の女性に好発する肝炎である.肝細胞に対する自己免疫応答が病因に関与すると想定されるが,肝細胞における対応抗原は同定されていない.2018に厚生労働省「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班(以下,厚労省研究班)が行った全国疫学調査によると,全国のAIH患者数は推定約30,325名,人口10万人当たりの有病率は23.9であった(表1).小児発症もまれではなく,特に小児の場合,原発性硬化性胆管炎(primary sclerosing cholangitis:PSC)とのオーバーラップが多いことが知られている.
 2.診断
 特異的な症状はなく,健康診断などで偶然に肝障害を指摘され,診断の端緒となることが多い.血液検査では,@トランスアミナーゼの持続的上昇,A抗核抗体,抗平滑筋抗体などの自己抗体陽性,B血清IgG高値,の3点を特徴とする(表1)が,いずれもAIHに特異的ではなく,確定診断には肝生検を行ってインターフェイス肝炎や形質細胞浸潤などの所見を確認することが必要である(図1−A).国際AIHグループ(International AutoimmuneHepatitis Group:IAIHG)や厚労省研究班が作成した診断基準(表2)が用いられる.およそ20%の症例は黄疸や全身倦怠感を伴い,急性肝炎様に発症することが知られており,一部は急性肝不全へと進行する.
 3.治療・予後
 副腎皮質ステロイド(PSL)投与が第一選択薬であり,多くの症例ではトランスアミナーゼ値が速やかに基準値内へと改善する.アザチオプリンもAIHに対して保険適用があり,PSLと併用される.これらの治療に対する反応が良好であれば長期予後は良好であり,一般人口と変わらない.ただし,副作用への懸念からPSL使用がためらわれる症例,PSL減量に伴いトランスアミナーゼが再上昇する症例が存在し,アザチオプリンも副作用のため使用できない場合,公的に承認された治療選択肢が存在せず,新規治療薬の開発が待たれる.肝硬変が進行し慢性肝不全へ至った症例,あるいは急性発症し急性肝不全へ至り,PSL治療に反応しない症例は肝移植の適応である.

 ■原発性胆汁性胆管炎(PBC)
 1.病態・疫学
 原発性胆汁性胆管炎(primary biliary cholangitis:PBC)は,中年以降の女性に好発する慢性進行性の胆汁うっ滞性肝疾患である.胆管上皮細胞に対する自己免疫応答により肝内小型胆管が破壊し消失することにより,慢性進行性の胆汁うっ滞を呈する.全国の患者数は推定約37,000名,人口10万人当たりの有病率は33.8と推定されている(表1).AIHと異なり小児発症はきわめてまれである.シェーグレン症候群,慢性甲状腺炎,関節リウマチなど,種々の自己免疫性疾患を合併することが多い.
 2.診断
 AIH同様,ほとんどの症例では肝機能検査異常が診断につながる.ただし,初期の段階でもおよそ30%程度の症例が本疾患に特徴的である胆汁うっ滞に基づく皮膚?痒感を自覚している.口や眼の乾燥症状を訴える症例も少なくない.血液検査では,胆汁うっ滞を反映して胆道系酵素であるALP・GGTが上昇する.自己抗体のひとつである抗ミトコンドリア抗体(anti−mitochondrial antibody:AMA)が90%以上の症例で検出され,診断的意義が高い.日本では厚労省研究班による診断基準が用いられている(表3).肝組織では慢性非化膿性破壊性胆管炎(chronic non−suppurative destructive cholangitis:CNSDC)が特徴的であるが(図1−B),胆道系酵素の慢性的な上昇およびAMA陽性の所見が揃えば,肝生検はかならずしも必須ではない.しかし,ALT上昇や抗核抗体陽性などAIHとのオーバーラップが疑われる症例やAMA 陰性例などの非典型例では肝生検は必須である.
 3.治療・予後
 ウルソデオキシコール酸(ursodeoxycholic acid:UDCA)が第一選択薬であり,70〜80%の症例ではUDCAのみで十分である.UDCAのみでALPが十分に低下しない場合,日本ではベザフィブラートが第2選択薬として用いられており,この併用によって長期予後は大きく改善し,AIH同様に一般人口と変わらないことが報告されている.しかし,診断時すでに肝硬変へと進行した症例では治療が行われても反応不良なことが多く,肝不全を呈し,肝移植を行わないと救命できない.PBC−AIHオーバーラップで肝炎の病態が強い場合には,AIHに準じて副腎皮質ステロイドが併用される.皮膚?痒の強い症例では,QOL改善のため抗ヒスタミン薬やオピオイドレセプター拮抗薬(ナルフラフィン)が使用される.

 ■原発性硬化性胆管炎(PSC)
 1.病態・疫学
 原発性硬化性胆管炎(primary sclerosing cholangitis:PSC)は肝内外の胆管に多発性・びまん性の狭窄が生じ,胆汁うっ滞をきたす慢性肝疾患である.推定患者数は約2,300名,人口10万人当たりの有病率は1.80である(表1).好発年齢は若年層(20〜40歳代)および高齢層(60〜70歳代)であり,年齢分布が二峰性をとることが特徴である(表1).炎症性腸疾患を高率に合併する.
 2.診断
 PSCに特異性の高い症状はない.ALP・GGTが上昇し,画像上,肝内外の胆管拡張がみられ,胆膵系の悪性腫瘍や胆石症が除外できた場合,PSCを考える.診断上最も重要なのは胆道造影所見であり,数珠状所見(図2),剪定状所見,帯状狭窄などがPSCに特徴的である.診断には厚労省研究班の診断基準が用いられる(表4).
 3.治療・予後
 現在まで,PSCに対して高いエビデンスレベルで推奨される薬剤は存在せず,日本の全国調査では5年移植なし生存率は77%,5年全生存率は81%にとどまっている.しばしばUDCAが使用され,国内でのコホートでは長期予後の改善が示されている.PSCで出現する胆管狭窄に対しては以前より内視鏡的胆管拡張術が行われ,現在までRCTは行われていないものの,これによって予後は改善すると報告されている.肝不全まで進行した症例に対しては肝移植が唯一の根本的治療であるが,移植後のPSC再発率が高いことが大きな問題となっている.
特集 自己免疫性肝疾患─いま何が問題となっているのか?
 はじめに─自己免疫性肝疾患の基礎知識 田中 篤
 自己免疫性肝炎─急性肝不全の隠れた成因? 柿坂啓介・他
 原発性胆汁性胆管炎の予後予測 山下裕騎・梅村武司
 自己免疫性肝炎・原発性胆汁性胆管炎のオーバーラップ 釘山有希・小森敦正
 原発性硬化性胆管炎の発症への腸内細菌の関与 中本伸宏
 自己免疫性肝疾患患者のQOL 高橋敦史・大平弘正
 小児の自己免疫性肝疾患 梅津守一郎
 自己免疫性肝疾患に対する肝移植 赤松延久・長谷川 潔

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