やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 莚田泰誠
 理化学研究所生命医科学研究センターファーマコゲノミクス研究チーム
 薬理遺伝学検査は,薬物応答に関して生殖細胞系列の遺伝情報を扱う検査(遺伝学的検査)と定義され,日常診療で有用な検査である.特定の患者における有効性,副作用リスクや薬物の体内動態(吸収,分布,代謝,排泄)などの薬物応答性を予測することにより,患者にベネフィットをもたらす.現在のところ,わが国ではUGT1A1,NUDT15,CYP2C9のわずか3種類の検査が保険適用されているにすぎないものの,重症薬疹や薬物性肝障害と関連するヒト白血球抗原(human leukocyte antigen:HLA)アレルなど,臨床的有用性が期待される薬理遺伝学バイオマーカーが続々と登場しつつある.
 本特集ではまず,当該研究分野における最新の情報について,がん化学療法,精神疾患治療,薬疹などの重症副作用の領域に焦点を当て,記述していただいた.さらに上述のように,現状では臨床導入が限定的である薬理遺伝学検査の社会実装を推進するための,検査結果の返却に関するプロセスを含むゲノム医療体制の構築の現況について紹介していただく.
 なお,すべての医療者が薬理遺伝学検査を日常診療に活用するためには,薬理遺伝学検査で得られる情報のなかでも,遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditary breast and ovarian cancer:HBOC)の診断に用いられるBRCA1/2遺伝子の病的バリアントやリンチ症候群のスクリーニングに使用されるMLH1/MSH2/MSH6/PMS2遺伝子バリアントのように,医療を必要とする遺伝性疾患の確定診断や発症リスクの予測に関連する情報と,薬物応答性の予測のみに用いる情報を区別して運用する必要がある.そのため,2022年5月に日本臨床薬理学会から「診療における薬理遺伝学検査の運用に関する提言」がなされ,薬物応答性の予測のみに用いる検査をリストアップしたうえで,薬理遺伝学検査についての運用が整理されており,本特集の最後に紹介していただくことにした.
特集 診療における薬理遺伝学検査の社会実装に向けて
 はじめに 莚田泰誠
 がん化学療法におけるファーマコゲノミクス─薬物代謝酵素の遺伝子多型にフォーカスして 平塚真弘
 精神科領域の薬理遺伝学 波多野正和・池田匡志
 HLA検査による重篤副作用の回避 中村亮介・他
 一般住民を対象としたゲノムコホート研究参加者への薬理遺伝学検査の情報回付 大根田絹子
 院内における薬理遺伝学検査の体制構築に向けた取り組み 寺田智祐・森田真也
 日本臨床薬理学会「診療における薬理遺伝学検査の運用に関する提言」 安藤雄一・他

連載
人工臓器の最前線(12)
 肝機能代替のための多様なアプローチ:現状と課題 酒井康行

医療AI技術の現在と未来─できること・できそうなこと・できないこと(7)
 医療AI・機械学習技術のシークエンスデータ解析への応用 山口 類・他

医療DX─進展するデジタル医療に関する最新動向と関連知識(1)
 はじめに 菊地 眞
 病院運営をデータ利活用で最適化する 尾ア勝彦

TOPICS
 病理学 センチメートル規模の視野をマイクロメートルレベルの空間分解能でワンショット観察可能なトランススケールスコープ 永井健治・他
 脳神経外科学 機械的脳血栓回収療法の最前線―急性期脳梗塞に対する血管内治療適応拡大 森田健一

FORUM
 グローバルヘルスの現場力(9) アフリカにおけるポジティブ・デビエンス 小杉穂高
 書評『乳癌診療state of the art 科学に基づく最新診療』(戸井雅和 編) 畠 清彦

 次号の特集予告