やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 岩波 明
 昭和大学医学部精神医学講座
 注意欠如・多動性障害(attention-deficit/hyperactivity disorder:ADHD)は,不注意と多動・衝動性を主な症状とする発達障害のひとつである.これまで,発達障害といえば小児期の疾患であり,主に福祉や教育の対象とみなされてきたが,最近になり成人期の発達障害に注目が集まっている.これは小児期にみられる発達障害の症状が,成人になっても継続的にみられることが明らかになってきたためである.ADHDの当事者の学校や職場におけるパフォーマンスの悪さやケアレスミスの多さは,周囲からは否定的に評価され,「真面目に取り組んでいない」「仕事にやる気がない」,あるいは「能力不足」とみなされやすい.さらに周囲からのストレスが続くことによって,うつ病やパニック発作などの不安障害の症状を併発することも多い.
 ADHDの有病率は高率で,成人においては人口の5%あまりというデータも報告されている.現状では,ADHDは臨床面でも社会的にも重要な疾患であるにもかかわらず,その重要性が十分に認識されていないケースが多い.軽症のADHDでは学生時代までは顕在化しないものの,就労してから不適応が出現する例が少なくない.ADHDの治療薬の有効性は確認されており,今後精神科の臨床においてしっかりと治療の対象とすることが求められている.
 かつてADHDは何らかの脳の微細な損傷が原因と考えられてきたが,現在このMBD(minimal brain dysfunction)説は否定されており,他の精神疾患と同様に神経伝達物質の機能障害が想定されている.しかし,その詳細な病態は明らかではない.また一時はADHDの基本的な障害は実行機能の障害であるという仮説が提唱されたが,知的障害の伴わない成人例においてはこの障害は明らかではない.さらに,かつてADHDと自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder:ASD)は併存しないものとされてきたが,最近では生物学的関連を指摘する研究もみられている.本特集はこのようなADHDについて,最近の知見を紹介するものである.
特集 ADHDの最近の知見−発症メカニズムと治療法
 はじめに 岩波 明
 ADHDの概念 小坂浩隆
 ADHDの生物学 桑原 斉
 ADHDの診断と診断ツール 岡田 俊
 ADHDと自閉症スペクトラム障害(ASD)−変遷する両者の関係性 林 若穂・岩波 明
 ADHDにおける精神疾患の併存と鑑別 柏 淳
 ADHDの心理社会的治療 小野和哉
 ADHDの薬物療法 原田剛志

連載
オンラインによる医療者教育(14)
 オンラインによる臨床研修−橋本市民病院の事例 橋本忠幸

ユニークな実験動物を用いた医学研究(12)
 N-NOSE:線虫を使ったがんの一次スクリーニング検査 上野宜久・広津崇亮

COVID-19診療の最前線から−現場の医師による報告(6)
 新型コロナウイルス検査の性能と利用法 宮地勇人

TOPICS
 救急・集中治療医学 日本蘇生協議会(JRC)蘇生ガイドライン2020「急性冠症候群(ACS)」のポイント 菊地 研
 癌・腫瘍学 難治性リンパ腫に免疫抵抗性を与えるLivinの役割 杉原英志
 社会医学 「医療事故調査制度」の現状と制度運営上の課題 後 信

FORUM
 パリから見えるこの世界(104) 「科学と宗教」を考えるためのメモランダム 矢倉英隆
 子育て中の学会参加(19) 整形外科医の視点から 山内かづ代

 次号の特集予告