やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 妊婦の栄養を考える場合,本来,妊娠前の女性の食習慣,すなわち妊娠可能年齢女性の食習慣を考える必要があります.なぜなら妊娠中の食習慣は,妊娠前の食習慣に強く影響を受けるからです.疫学研究によると,妊娠前の体格が妊娠予後に強く影響を及ぼすことが示されていますし,妊娠前の体格が子宮内環境にも影響を及ぼす結果,児の将来の疾患発症にも影響する可能性が示唆されています.また,産後の食習慣も母児の将来の健康に影響を及ぼすことが明らかになってきています.このような背景から,United Nations Children's Fund(UNICEF)やWorld Health Organization(WHO)では,人生の最初の1,000日(受胎から満2歳の誕生日まで)の適切な栄養が将来の健康維持に重要であると提言しています.
 さて,最近の若い世代の女性の食習慣が適切でない可能性が指摘されています.妊娠中の摂取エネルギー量については,妊娠中に増加する組織などに見合う量をとる必要があります.妊娠中に増加する組織には,胎児や胎盤,羊水量や増加する子宮組織に加え,血液や脂肪量が含まれます.一方,エネルギーだけでなく栄養素も重要です.胎児が種々の栄養素を必要としますから,母親はその分,適切な栄養素を摂取する必要もあるでしょう.さらに妊娠中の母親の活動も消費エネルギー量となりますので,摂取エネルギー量と消費エネルギー量のネットが妊娠中の組織増加量分に見合わなければ,母親の栄養として栄養不足あるいは過栄養となる可能性があります.
 このように,妊産婦の栄養は女性の妊娠前の体格を鑑み,女性の生活習慣に基づいた栄養管理を考える必要がありますが,根拠に乏しいことも事実です.妊産婦の栄養は,precision medicine(疾患発症後の個別化医療)のみならず,pre-emptive medicine(疾患発症前の先制医療)の視点からも重要です.そのような背景下,用いられる根拠に基づき,妊産婦の栄養を考えるのが本書のねらいです.また本書では,妊娠前から妊娠中,そして産後まで比較的長期間,継続的に個別に栄養を考慮すべきであるとの観点より,“リプロダクティブステージの視点から”を副タイトルに入れています.
 本書は,妊産婦の栄養に関して総合的にさまざまな側面より各エキスパートに解説いただきます.本書が皆さんの現場で妊産婦の栄養に関する支援・指導に役立てていただければ,望外の幸せです.
 なお,日本産科婦人科学会では,現在,妊娠中の至適体重増加量に関する検討を行っており,近々新しい指標を示す予定であることをこの場を借りて情報提供いたします.
 編者
 杉山 隆
 瀧本秀美
 序(杉山 隆/瀧本秀美)
I 妊娠期・授乳期をめぐる栄養の諸問題
 1 妊娠期・授乳期における栄養ケアの必要性:本書の導入(杉山 隆)
 2 わが国の妊婦・授乳婦の栄養摂取状況の実態およびアジア諸国の状況(瀧本秀美)
 3 低出生体重児の増加とその背景(佐川典正)
 4 妊娠前からの栄養ケア―時代はプレコンセプションケア(荒田尚子)
 コラム 不妊治療患者への栄養サポート(佐藤雄一)
II 妊娠期に必要な栄養の基礎知識
 1 妊娠期の栄養と食事(谷内洋子)
 2 妊娠期の生活(春日義史/宮越 敬)
 3 妊娠期の体重管理(幸村友季子)
 4 つわり・妊娠悪阻の妊婦の栄養(高橋嘉名芽)
 5 多胎妊娠の妊婦の栄養(森川 守)
 6 経産婦への栄養サポート(涌沢智子)
 7 妊娠期・授乳期とくすり(林 昌洋)
 8 妊娠期・授乳期の歯科的問題(児玉実穂/田村文誉)
 コラム 妊娠期・授乳期における食生活情報の入手と活用のポイント(吉池信男)
III 疾患のある妊婦の栄養ケア
 1 肥満・やせの妊婦の栄養(佐藤杏奈/竹田 純/板倉敦夫)
 2 糖尿病(1型,2型)の妊婦の栄養(和栗雅子)
 3 貧血の妊婦の栄養(水出恵子)
 4 腎疾患をもつ妊婦の栄養(山崎峰夫)
 5 妊娠糖尿病を発症した妊婦の栄養(杉山 隆)
 6 妊娠高血圧症候群を発症した妊婦の栄養(幸村友季子)
 7 精神疾患をもつ妊婦の栄養(河邉憲太郎)
IV 産後の栄養ケア
 1 産褥期・授乳期に必要な栄養(安日一郎)
 2 産後うつと栄養(伊藤賢伸/鈴木利人)
 3 合併症発症妊婦の産後の栄養サポート(小林佐依子)
 4 食物アレルギーと母体の栄養(今井孝成)
 コラム 小児科医の視点(平井洋生)

 資料
 索引