やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 吉田貞夫
 超高齢社会のより一層の深刻化が見込まれる今日,栄養ケアの分野においても,高齢者の支援を行う場面が増加しているとともに,その支援内容も多様化しつつある.サルコペニア,フレイルティに対する支援,在宅高齢者に対するケアの必要性,認知症高齢者の摂食障害に対するケアのあり方,リハビリテーションを行う場面での栄養管理のあり方など,ここ数年での変化は著しい.本書では,そうした注目すべき各分野における,これまでの変化と現状,今後の展望につき,最前線で活躍する執筆者の方々にご執筆いただいた.
 第1部は,「超高齢社会の進行による問題と医療制度」と題して,医療・介護・福祉制度や地域包括ケアなどがどのような方向に進んでいくのか,急性期病院,療養病棟,回復期,施設,在宅といった各場面での栄養ケアの現状と今後のあり方,栄養サポートチーム(NST)の現状と今後の課題,終末期の高齢者の栄養ケアのあり方などについて解説していただいた.とくに,近年大きな広がりをみせている在宅高齢者に対する栄養ケア,訪問栄養指導については,日本在宅栄養管理学会の設立と在宅訪問管理栄養士の現状や,実際の事例などを通して詳しく紹介していただいた.また,近年,「終末期医療」といわずに「人生の最終段階における医療」と呼ぶという考え方があるように,終末期におけるケアのあり方を,その根底から捉え直す流れがあるのを感じる.こうした流れのなかで,ケアを行う我々はどのように模索し,どのようにしてよりよいケアを確立していくべきなのかを,各執筆者の文章から読み取っていただきたいと思う.
 第2部は,「生活習慣病への取り組み」と題して,糖尿病,高血圧症,脂質異常症,腎疾患,慢性呼吸器疾患,心不全といった各種生活習慣病の対策におけるトピックやガイドラインの改訂による管理目標や指導内容の変化について解説していただいた.まさにUPDATEというタイトルに相応しい内容となるのではないかと期待している.
 第3部は,「摂食・嚥下リハビリテーションにおける取り組み」と題して,摂食・嚥下評価や嚥下食の最近のトピックスや,脳血管障害患者におけるリハビリテーションの可能性,医科歯科連携,リハビリテーションの場面での管理栄養士の役割などについて解説していただいたほか,近年の胃瘻造設術の基準のなかに記載された「経口摂取移行35%」についてのコラムをお願いすることとした.すでに周知のように,平成26年度からの診療報酬の改定で,胃瘻造設の点数が減算され,算定要件や施設基準が設けられるとともに,嚥下機能評価算定,経口摂取回復者促進加算などが追加された.これにより,良くも悪しくも,胃瘻造設数が減少し,摂食嚥下リハビリテーションの重要性が増すとともに,多職種による集中的なケアが必要となったが,この基準の実現可能性,その効果や弊害については,いまだ評価がきわめてむずかしい部分である.
 第4部は,「リハビリテーションと栄養ケア」と題して,近年大きな注目を集めているリハビリテーションを行う場面での栄養ケアの重要性と,そうした考え方を広めるためのさまざまな取り組みについて解説していただいた.とくに,その現状や今後の展望については,“リハビリテーション栄養”という言葉の産みの親でもある若林秀隆先生に解説していただき,実践事例などについてもご紹介いただくようお願いした.今回のご協力に,心より感謝する次第である.リハビリテーションを行う場面での栄養ケアのキーワードは,やはりサルコペニアということになると思う.サルコペニア診断のアルゴリズムについては,これまで,ヨーロッパのグループによって発案されたものが主流だったが,近年では,アジア人のカットオフ値を用いたアルゴリズムが提唱された.このアジア人のアルゴリズムの妥当性,今後問題となる点などについても,この第4部で解説していただくことにした.また,近年書籍も出版されているサルコペニアによる嚥下障害と誤嚥性肺炎の発症について,コラムで解説していただくこととした.
 第5部は,「フレイル(frailty)への取り組み」と題して,近年わが国でも取り上げられることが多くなってきたfrailtyについて解説していただいた.今回は,frailtyの定義,診断といった基本的な内容から,frailtyに対する介入・支援と栄養ケアの重要性などについて解説していただくとともに,わが国において行われている大規模研究「栄養とからだの健康増進調査」(柏スタディ)などについてもご紹介いただくこととした.
 第6部は,「認知症への取り組み」と題して,認知症と栄養ケアの問題に光を当てた.わが国では,すでに認知症高齢者が462万人,その予備軍ともいわれる軽度認知障害(MCI;mild cognitive impairment)と診断される高齢者が400万人にも達しているといわれている.政府はすでに,認知症政策プランの策定は,全体一丸となって取り組む国家戦略であるとの見解を表明している.認知症高齢者が食事を摂れなくなると,その生存率は激減する.しっかり食事が摂れるということは,認知症高齢者にとって,命にかかわる問題である.認知症に対する薬物治療は,いわゆる認知症治療薬のみならず,多岐にわたる薬剤を使用するため,その用量調節に関しても専門的な知識が必要とされる.また,実際の臨床の現場では,思わぬ有害反応で苦悩することも少なくない.本書では,実際に摂食障害のある認知症高齢者を多数経験され,経口摂取を続けるためのケアを,誰よりも先駆けて行ってこられた山田律子先生に,このパートの最大の要となる,摂食障害に対する取り組みについて解説していただいた.これに加え,認知症治療への応用が期待される食品や,近年フランスで考案されたケアメソッド,ユマニチュードについてもご紹介いただくことにした.
 社会はつねに変化を続けている.それにともない,医療,介護,福祉も絶え間なく変化を続けている.本書が,医療,介護,福祉,さまざまな場面において,2015年の今という時間を栄養ケアに捧げている多くの人々の臨場感あるポートレイトとして,数年後,数十年後にわたり佳き記念となることを切に望むところである.
 2015年8月吉日
 まえがき(吉田貞夫)
Part-1 超高齢社会の進行による問題と医療制度
 超高齢社会の進行による問題と医療・介護・福祉制度の課題(田中志子)
 2025年問題と地域包括ケア─管理栄養士の役割(川ア英二)
  COLUMN 日本人の食事摂取基準(2015年版)─高齢者における変更のポイント(石川祐一)
 病院・施設・在宅での栄養ケアのあり方
  急性期病棟(熊谷直子)
  療養病床(吉田貞夫)
  回復期リハ病棟(西岡心大)
  介護老人保健施設(苅部康子)
  いかに在宅でつながるか,ニーズに気づけるか!(江頭文江)
  COLUMN 日本在宅栄養管理学会の設立と在宅訪問管理栄養士の現状─全国在宅訪問栄養食指導研究会の足取りとこれまでの実績(前田佳予子)
  COLUMN 在宅栄養ケアと看取り─HPN,HENを中心に(岡田晋吾)
 栄養サポートチーム(NST)の現在─地域連携の必要性(田崎亮子)
  COLUMN NSTで役立つ漢方(吉田貞夫)
 終末期高齢者の栄養ケアのあり方─Happy End of Life Careの実現を目指して(田中志子)
 高齢者の栄養ケアと地域連携(中村育子)
  COLUMN 日本人の死生観の変遷(吉田貞夫)
Part 2 生活習慣病への取り組み
 糖尿病の管理と最新の食事指導ポイント(徳永佐枝子)
 高血圧の管理と最新の食事指導ポイント(佐藤敏子)
 脂質異常症の管理と最新の食事指導ポイント(伊藤公美恵・吉田 博)
 腎疾患の管理と最新の食事指導ポイント(市川和子)
 慢性呼吸器疾患の管理と最新の食事指導ポイント(下田 靜)
 心不全の管理と最新の食事指導ポイント(吉村由梨)
Part 3 摂食・嚥下リハビリテーションにおける取り組み
 摂食嚥下評価の最新の話題(藤島一郎)
  COLUMN EAT-10日本語版の普及と今後の課題(栢下 淳)
 摂食・嚥下リハビリテーションと食品
  日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013と今後の展開(藤谷順子)
  超高齢社会に対応する新しい“食”の開発と普及(東口志)
  脳血管障害患者における摂食・嚥下リハビリテーションとその効果(高畠英昭)
  COLUMN 胃瘻造設患者の35%経口摂取移行は可能なのか?─経口摂取復帰率 アンケート調査からみる平成26年度診療報酬改定の問題点と今後(倉 敏郎)……155 
 高齢者の口腔機能と摂食・嚥下リハビリテーション,医科歯科連携(藤本篤士)
 口から食べるための摂食・嚥下リハビリテーションと管理栄養士の役割(嶋津さゆり)
Part 4 リハビリテーションと栄養ケア
 “リハビリテーション栄養”の現在と今後(若林秀隆)
 サルコペニアの診断と治療の最前線(吉村芳弘)
  COLUMN サルコペニアと誤嚥性肺炎(前田圭介)
 リハビリテーション栄養の実践
  回復期リハ病棟(渡辺香緒里)
  急性期病院(塩濱奈保子)
Part 5 フレイル(frailty)への取り組み
 フレイルとは(荒井秀典)
 フレイルに対する介入と栄養ケアの重要性(葛谷雅文)
 大規模高齢者虚弱予防研究『栄養とからだの健康増進調査』(柏スタディ)(飯島勝矢)
  COLUMN 海外におけるフレイルティへの取り組み(吉田貞夫)
Part 6 認知症への取り組み
 認知症の人に対する「食」の取り組み(山田律子)
  COLUMN 認知症の摂食障害へのユマニチュードの応用と可能性(伊東美緒)
 認知症の予防・改善への応用が期待される食品(岩ア秀之・吉田貞夫)
  COLUMN 認知症ケアの現場における食事に関する問題発生の状況とその対策─いま現場でなにが問題となり,どんな取り組みが行われているのか?(吉田貞夫)
 索引