やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

まえがき
 名古屋大学大学院 医学系研究科
 地域在宅医療学・老年科学
 葛谷雅文 Kuzuya, Masafumi

 高齢者,とくに75歳以上の後期高齢者は,一見健康そうにみえても多くは老年症候群(高齢者に高頻度で起こりうる症状)を抱えており,1人で複数の慢性疾患を患っている場合が少なくない.高齢者が罹患する多くの慢性疾患は栄養と深くかかわっており,適切な栄養管理によって疾患の予防や回復が可能であることがある.栄養管理には栄養過多が問題とされる場合と栄養不良が問題とされる場合がある.しかし,後期高齢者においては,生命予後やQOLを考えた場合,肥満や栄養過多よりも,やせや栄養不良(低栄養)の評価,対策が重要である.実際に低栄養は後期高齢者,とくに虚弱高齢者において高頻度で出現し,他の老年症候群に含まれる病態と密接にかかわり,生命予後のみならず,入院,生活機能障害,サルコペニア,介護施設への入所などに関連する.低栄養のリスクを早期に抽出し,すばやく介入することにより,上記の多くの影響を予防できる可能性があり,低栄養の診断ならびにリスクの把握は高齢者の日常診療にきわめて重要である.
 一方,高齢者の終末期の栄養療法に関しては多くの問題が存在する.加齢とともに,さらには疾患により摂食嚥下障害が出現し,人工栄養の導入を考えねばならない場合である.「終末期になったとしても,人間が生きるのに必要な最低限の栄養,水分は供給すべきだ」との考えがある一方,「口から摂食できなくなったら,人生は終わりである」という割り切った考え方もある.この問題はその人の人生観,宗教,文化,その他さまざまな背景に影響される.一概にどれが正しくて,どれが間違いということもいい切ることはできない.
 いずれにしろ高齢者の栄養ケアはまだまだ多くの未解決問題が存在し,今後さらなる臨床研究が必要な分野である.
 本特集は,高齢者の栄養に造詣の深い執筆者により,高齢者の栄養状態が少しでも改善することを目指して企画された.医療・介護の現場でお役に立てれば幸いである.
 まえがき 葛谷雅文

Part 1 高齢者の精神・身体的変化と栄養
 加齢と身体機能の変化 鈴木隆雄
  コラム サルコペニアとは 佐竹昭介
 加齢と精神心理的変化 鈴木裕介
  コラム 高齢者のうつと低栄養 安藤富士子・他
 高齢者の栄養アセスメントと注意点 葛谷雅文

Part 2 疾患別:高齢者の栄養ケア
 高血圧 望月 諭
 糖尿病 櫻井 孝
 脂質異常症 荒井秀典
 高齢透析患者の栄養管理 阿部雅紀・相馬正義
 水分管理の重要性 浅井幹一
 慢性閉塞性肺疾患(COPD) 山本俊信・菅 栄
 骨・関節疾患 細井孝之
 認知症 梅垣宏行
 嚥下性肺炎 海老原覚・海老原孝枝
 胃腸障害,便秘・下痢 足立経一・他

Part 3 高齢者の終末期における栄養
 在宅高齢者と終末期の栄養 神田 茂
 慢性期病床における終末期の栄養のあり方 原 健二

Part 4 高齢者栄養ケアの実際
 高齢者における摂食・嚥下機能障害の原因とその対処法 藤本保志
 高齢者における胃瘻管理 赤津裕康
 胃瘻の功罪 小坂陽一
 介護老人福祉施設での栄養ケアの実際 内藤夕記子
 在宅栄養管理の実際 江頭文江
 高齢者リハビリテーションと栄養 若林秀隆
 地域密着型栄養サポートチーム 菅原由至・他
 地域栄養連携 望月弘彦
 地域栄養ケア連携モデル 榎 裕美・他