やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文

 栄養学の歴史は古い.古代ギリシア時代の医聖ヒポクラテスは四液説(血液,粘液,黄胆汁,黒胆汁)を唱え,四液は食事に依存すると考え食事の指導を行ったという.三大栄養素の概念が確立したのは18世紀になってからであるが,栄養学は近代自然科学の進歩と歩調を合わせて,とくに生化学の領域で発展してきたのは周知の通りである.
 20世紀に入ると世界は戦争による食糧不足や飢餓に見舞われ,欠乏症を中心とした臨床栄養学の研究が盛んになった.たんぱく質・エネルギー低栄養状態,ビタミン欠乏,ミネラル不足などは,その臨床的重要性から内科学教科書でもかなりのページ数を費やしていた(呉・沖中「内科書」改訂24版,南山堂,昭和31年).
 しかし20世紀後半になり,とくに1970年以降の経済高度成長時代に入ると,物資が豊富になり,生活がぜいたくとなったため,飽食,運動不足が到来した.そのため,高血圧,糖尿病,高脂血症,肥満,虚血性心疾患などが増加するに至った.つまり人々の栄養状態が,「欠乏」から「過剰」へと変換したのである.臨床栄養学の研究の焦点もそれにともなって転向していったのは当然である.
 しかし,だからといって低栄養状態の栄養学研究が等閑視されてよいわけでは決してない.経口摂取困難な患者,手術後患者,末期癌患者などに対していかに良好な栄養状態を維持するか,その対応についてさらなる研究開発は続けねばならない.現に近年の優れた非経口的栄養法の開発や栄養素材の進歩によって患者の予後は良好となり,QOLは向上している.
 一方,最近の分子レベルあるいは遺伝子レベルからの研究,免疫学との関連など臨床栄養学にも新しい知見が加えられつつある.
 こうしたことを背景にして21世紀の臨床栄養学を俯瞰することは大切である.臨床栄養学の領域も細分化されているが,そのなかで患者の栄養状態を正しく判断することはきわめて重要なことである.これが栄養アセスメントである.正確に栄養状態を判定することによって,低栄養者なら適切な栄養補給が行われねばならないし,過剰栄養者たとえば肥満なら肥満度,合併症の有無などから適切な栄養指導が必要となる.
 本特集では「栄養アセスメント」をテーマに,栄養状態の把握に対する栄養士の役割,栄養アセスメントの方法と解釈,エネルギーおよび各栄養素のアセスメント,年齢別・疾患別の栄養アセスメント,そして実際例など,最近の栄養アセスメントに関する知見および経験例を記載していただいた.執筆者はいずれもこの分野で日頃ご活躍の専門家であり,蘊蓄を傾けていただけたので,読者にとって明日の現場で役立つものと信じている.
 国際学院埼玉短期大学副学長 橋本信也
NUTRITIONAL ASSESSMENT
 栄養アセスメントの臨床的意義 橋本信也
 栄養アセスメントにおける栄養士の役割 中村丁次
栄養アセスメントの方法と解釈
 1.病歴・身体所見 渡辺明治
 2.身体計測 足立香代子
 3.食事調査 中西靖子
 4.血液生化学検査 須藤加代子
 5.免疫機能検査 蓬田 伸
 トピックス 栄養アセスメントの最近の動向 馬場忠雄・石塚義之
各種栄養素別のアセスメント
 1.エネルギー 武田英二・新井英一・森田恭子
 2.たんぱく質 三輪佳行・森脇久隆
 3.電解質・微量元素 高木洋治
 4.ビタミン 玉井 浩
 トピックス 栄養アセスメントと補給における栄養機能食品 田中平三
ライフステージにおける栄養アセスメント
 1.乳 児 水田祥代・山内 健
 2.小 児 岡田知雄・原田研介
 3.高齢者 前沢政次
各種疾患患者の栄養アセスメント
 1.慢性呼吸不全 石坂彰敏
 2.慢性心不全 加藤公則・相澤義房
 3.慢性胃腸疾患 渡辺嘉久
 4.消化器疾患の周術期 小野 香・小越章 平
 5.慢性肝疾患 加藤章 信・玉沢佳和・渡辺雄輝・鈴木一幸
 6.慢性膵疾患 大槻 眞・秋山俊治・木原康之
 7.糖尿病 佐々木 敬
 8.肥 満 植竹孝子・白井厚治
 9.高脂血症 多田紀夫
 10.慢性腎疾患 川村哲也・原田 愛
 11.高尿酸血症・痛風 岩谷征子
 12.骨粗鬆症 金澤秀美・清野佳紀
 13.神経性食欲不振症 堀田眞理
 14.末期悪性腫瘍 荒川泰弘・相羽恵介
 トピックス 高カロリー輸液と医療訴訟の関連において 長谷川壽一
栄養アセスメントの実践例
 1.胃・大腸術後 鎌田由香
 2.クローン病 寺本房子・古賀秀樹
 3.糖尿病 宮下 実・中村丁次
 4.慢性腎不全(透析療法期) 平泉幸子
 5.非代償性肝硬変 畦西克己
 6.更年期 秋吉美穂子・大輪陽子
 7.高齢者 阿部喜代子