やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

巻頭言 「夢のとびらへの誘いざない」
 私が安東先生と出会ったのは,平成三〇年の秋でした.国立大学の医学部長という肩書である先生は,医療実務家と研究者を兼ね備えた,謹厳実直の方というイメージがありました.しかし,会って話した第一印象は,ざっくばらんでユーモアに富み,冗談を言い,そして明るく,話し声も軽快で,最初から何ら構えることもなく,素直にその懐に入っていける人柄でありました.
 長年,大学で研究,教育に勤しまれた人物は,何か腹に一物ありそうで,多くはその人の性格を用心深く見極めようとするところから入っていくのに,安東先生には,まず人物像を見極めるなどという心構えをもつことすらなく,何の衒いなくそのままの実直さが,地として出せる人柄であり,そうした人物は極めて珍しいと,先生の横顔を見ながら感じた第一印象を今思い出しています.
 冗談を言い,私達凡人の会話にも積極的に入ってこられる傍ら,何と世界アミロイドーシス学会の理事長を務められている.アルツハイマー,認知症とアミロイドの関連を研究される世界有数の学者であるということも対極の妙といえます.早朝から,世界の学者とのメールの交換.数多い世界中の国々への講演のため走り回る,まさにグローバルな人物でもあります.更に加えて趣味としての音楽,そして何と映画が大好きであり,それ故のラジオのディスク・ジョッキー.豊かな才能を駆使したマルチニストそのものであります.
 佐世保市のコミュニティFM『はっぴぃ!FM』で,火曜日の午後九時から一時間放送される番組,「恋と映画と健康と」があると聞いて,あまり期待もせずにチャンネルを合わせましたが,これが抜群におもしろい.恋とは,悲恋もあります.相思相愛の恋もありますが,人間の感性の代表でもあります.そこに病気という人間究極のモチーフを映画というイリュージョンを媒介にして話題をつくり出していく.そこには人としてのペーソスあり,艶あり,そして勿論人生の喜怒哀楽が軽妙なタッチで語られます.ある時は医者,ある時は学者,そして又ある時は教育者.まだまだあります.ある時は作家,音楽家,そして人生の深淵をのぞく哲学者としての顔が,きら星のように輝いている.私はこうした才能を,まさに本物の“マルチニスト”と呼ぶのだと確信しています.
 今回のエッセーにとり入れられた題材は,映画をキーステーションとしながら,人間という動物の存在を,ありとあらゆる角度から観察する.いわば人間研究のエッセーともいえるものであります.伊集院静氏が「一冊の本を読むことは,舟で海に漕ぎ出すようなものだ.一頁一頁をめくるのは舟の櫓を漕ぐようなもので,気疲れもあるがやがて今まで見たこともないような素晴らしい眺めが世界にあらわれる」と言っています.まさにその言葉のように,このエッセーは宝の山と思える人間の不条理が山積している「夢のとびら」なのです.
 「トニ・エルドマン」では,娘に対する父親の感性がみずみずしさをもって迫ってくる.「92歳のパリジェンヌ」では,生と死の微妙な関係が綴られ,それは読む人自らの生と死の問題となって語りかける.そして「ピポクラテスたち」では,当世の学生気質を絶妙なタッチで表している.
 更に「シェイプ・オブ・ウォーター」では弱者の存在を訴え,格差社会の盲点を鋭くついてきます.「万引き家族」では,血のつながりのもつ温かみと障がいを,又「こんな夜更けにバナナかよ」では私共高齢者への生きる価値を述べられ,柄にもなく微笑む.そして又「8年越しの花嫁」でのスティーブ・マックイーンの「君のことは愛しているけどもう恋していない」という名言は,今の私の胸中に刻まれる.…このように百花繚乱の語り尽くせぬ文章の中に,一本つらぬくものが「人間への愛の賛歌」である.人間というどうしようもない多様性と渾沌な中にいる私達であっても,尚,愛すべきものであるという温かみが読んでいるものを安心と明日への希望へと誘ってくれる.
 二〇二〇年四月からの我が大学の学長として,どのような大学をどのような学生を育ててくれるのかに,期待が膨らんで来る.そして皆さんも,このエッセーに潜む人間,安東由喜雄新学長がどのような大学を創造していくのかを,胸をときめかせながら期待して頂きたい.そして支援して頂きたいことをお願いして挨拶と致します.
 長崎国際大学
 理事長 安部直樹
「三年目の納骨」
「ラビング 愛という名前のふたり」─人種間差別
「ロレンツオのオイル 命の詩〈うた〉」─稀少疾患
「わたしは、ダニエル・ブレイク」─昨今の福祉行政
「ありがとう、トニ・エルドマン」─父娘関係
「映画と恋と遺伝子と」─二〇〇回目の連載を終えて募る想いを
「92歳のパリジェンヌ」─尊厳死
「災難は忘れたころにやってくる」─危機管理
「疑惑のチャンピオン」─ドーピング
「スリー・ビルボード」─わがまま遺伝子
「ヒポクラテスたち」─当世医学生気質
「シェイプ・オブ・ウォーター」─排他主義
「女は二度決断する」─ホモサピエンスが抱えているもの
「万引き家族」─盗みのこころ
「8年越しの花嫁 奇跡の実話」─抗NMDA受容体脳炎
「さざなみ」─健康長寿と進化
「泣き虫しょったんの奇跡」─リベンジできる世界
「寝ても覚めても」「パーソナル・ソング」─認知症の音楽療法
「コーヒーが冷めないうちに」─思い出という名の未練
「パッドマン 5億人の女性を救った男」─生理用品開発の歴史
「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」─筋ジストロフィー症
「恍惚の人」─認知症のケア
「世界で一番ゴッホを描いた男」─本物を求める心
「天才作家の妻─40年目の真実─」─愛情ホルモン
「沈黙─サイレンス─」─“ころんでしまう”心
「長いお別れ」─認知症と絆
「her/世界でひとつの彼女」─AIとの恋愛
「隣の女」─人は愛と共に死ねるか!?
「ワイルドライフ」─思春期のこころ
「今日も嫌がらせ弁当」─母娘の絆
「存在のない子供たち」─子供たちの基本的人権
「ソイレント・グリーン」─食糧不足の行き着くところ
「きっと、星のせいじゃない。」─甲状腺がん、骨肉腫
「音符と昆布」─アスペルガー症候群
「インサイド・ヘッド」─心の仕組み
「危険なメソッド」─人のこころ
「誤診」─てんかん重責の治療

 あとがき─The end of rehearsal:これからが本番