やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第2版の序
 2009年5月に初版を刊行してまもなく4年を迎えようとしている.この間,本書の内容に関して全国の同僚諸氏から多くの励ましとともに内容の改善に向けての建設的なご意見をいただいてきた.
 そもそも病理学とは,疾病の成り立ちの解明を目的とする学問領域であり,病理学の進歩は病態の理解への道を開き,疾病の正しい診断,効果的な治療へと通じるものである.さらに21世紀の今日では,疾病の原因,病態形成機序を分子レベルで説明することも可能となってきた.
 その現状を鑑み,疾患の肉眼的,顕微鏡的特徴と,そのような病変の成り立ちを地理病理学的なマクロ的視点から分子レベルまで幅広く説明することを企図し,多くの簡明なシェーマを用いて病態を平易かつ明快に示す工夫をし,なおかつ理解しやすい記述を心がけたものが本書上梓の目的であった.本書は医学医療分野の学習を始めた学生を中心とする初心者にとっても理解が容易となるように,また研修医を含む医療従事者,そして非医学系学科を卒業して医学分野の研究に携わっている修士課程,博士課程在籍者にも利用されることを念頭において執筆された.
 すでに多くの病理学の教科書が世に出されており,“ロビンス”を初めとして欧米からの出版物には優れたものが多く,わが国でも広く利用されている.その一方で,近年の地理病理学的研究により,疾患の発生頻度,そして性状には地域による相違がみられることが明らかとなっている.本書の各論では,わが国で多くみられる疾患を中心に疾患の特性を欧米との対比のなかで記述している.この点で欧米の類書と一線を画している.
 そして,このような本書の意図は多くの読者の支持を得ていると確信する.しかしながら,初版を通読してみると意を十分に尽くしていない箇所もみられた.そのうえ,世界の医学・生物学の研究者のこの間のたゆまぬ努力により病理学の分野にも新たな知見が積み重ねられてきている.このような状況を受けて,このたび本書の改訂を行う運びとなった.
 本改訂では新たに,堀井明(東北大学大学院),北澤荘平(愛媛大学大学院),伊東恭子(京都府立医科大学),増田しのぶ(日本大学),加藤良平(山梨大学),小田義直(九州大学大学院)の6名の先生方に執筆陣に加わっていただいた.わが国の病理学分野の第一線で活躍されている方々が新たに執筆に加わったことで,本書の質が一段と高まったと自負している.なお,初版に含まれていた特論「病理学と法医学」は,このたび独立して別個の単行本として刊行される予定である.
 最後に本書の改訂の企画から進行に一方ならぬ支援をいただいた医歯薬出版の遠山邦男氏ならびに関係各位に執筆者を代表して感謝申し上げる.
 2013年 早春
 青笹 克之


 病理学とは病気の原因,病気の成り立ちを解明する学問である.15〜16世紀のルネッサンス期に本格的に始まった近代医学の歩みのなかで,病気の成り立ちを研究する有力な方法は病にたおれた人たちを解剖することにより体内に生じている病変を確認することであった.イタリアの医師モルガーニ(1682-1771)は,病理解剖を通じて,「病気の座」を追究した(臓器病理学).顕微鏡が開発されると,病気は組織レベルの異常として認識された(組織病理学).19世紀に入り,ウィルヒョウ(1821-1902)は細胞を単位として,疾患を観察することを説いた(細胞病理学).20世紀後半には病気は分子レベルの異常として,把握することが可能となった(分子病理学).このようにして,21世紀の今日では病気の発生要因,病態形成の機序についての理解が飛躍的に高まった.
 病理学は,病気の研究,理解を本務とする医学の中枢を占めるものである.このため,わが国でも多くの病理学の良書が刊行されている.その内容は,病気のアウトラインを比較的,簡便に述べたものと,病気の特徴を網羅的に記述した辞書的なものに大別されるように思われる.一方で最近の医科学の進歩は目覚ましく,疾患の分子レベルでの解明が急速に進んでいる.そこで本書においては,このような最新の知見を取り入れ,病気の肉眼的・組織学的特徴とその病態の成り立ちを分子レベルで説明することを念頭において企画した.多くの簡明なシェーマを用いて病態を平易かつ明解に示すことにより,疾患の病態生理の理解が容易となるように工夫してみた.また主要な疾患を中心に,重要疾患は表にまとめて提示することにより,わかりやすいだけでなく,学習しやすいものとした.本書の構成は総論と各論と特論よりなる.各論の記述は臓器ごとになされており,各章の最初に病態を理解するうえで必要な基本知識を解説した.各疾患については「概念・疫学」によって疾患の特徴と動向を明らかにしたうえで「病理学的特徴」を述べ,その病態形成の仕組みを「病態発生のメカニズム」のなかで多くのシェーマとともに示した.このようにして疾患の全体像の把握に立って,そのメカニズムの理解が可能となるようにした.
 さらに今日の医療においては,病理学を構成する病理診断学の重要性が高まっていることから,社会における病理学の役割についての知識が必要とされる.このため,「特論」として『病理学と法医学』を設けた.そこで述べられている概説は,現在,さまざまに論議されている“医療関連死”について考えるうえで,大いに参考となるものと期待している.
 本書が医学や保健学を学ぶ学生,研修医,医療従事者に大いに利用されることを期待している. 最後に,本書の企画から執筆まで,全般的に御助言をいただいた医歯薬出版の加藤申命,遠山邦男両氏に心より感謝したい.
 平成21年 立夏
 青笹 克之
 第2版の序
 編者・執筆者一覧
総論
第1章 細胞・組織の障害と反応
 (寺田信行)
 細胞・組織の障害に伴う変化
  変性
  萎縮
  細胞死
 細胞・組織の適応と増殖
  肥大と過形成
  再生(組織の修復)
第2章 炎症
 (松川昭博)
  炎症とは
  急性炎症
  慢性炎症
  炎症の全身への影響
第3章 循環障害
 (笹栗靖之)
  循環システム
  血圧調節機構の破綻
  末梢循環障害
  血管壁の傷害
  塞栓症と梗塞
第4章 遺伝性疾患
 (堀井 明)
  遺伝と遺伝子
  遺伝性疾患とは
  主要な遺伝子変異
  遺伝性疾患を修飾する因子
  遺伝性疾患の分類
  代表的な遺伝性疾患
  多因子性の遺伝性疾患
  リピートの回数増加による疾患
  父親からの遺伝と母親からの遺伝で結果が異なる場合
  染色体・遺伝子変異に起因する疾患
  遺伝性疾患の診断と倫理的問題
第5章 免疫
 (宮澤正顯)
  免疫の定義
  免疫系の基本機能
  免疫系の組織構造
  抗体分子の構造
  IgMと分泌型IgA
  抗体分子のエフェクター機能
  補体
  免疫グロブリン遺伝子と抗体産生細胞クローンの概念
  クラススイッチと親和性成熟
  胸腺とTリンパ球の分化
  胸腺摘出と制御性Tリンパ球
  抗原提示とTリンパ球の活性化
  抗原提示のしくみ
  免疫応答遺伝子現象
  TCRのシグナル伝達とエフェクターT細胞の形成
  リンパ球の体内循環と細胞接着分子
  Fcレセプター
  拒絶反応と移植片対宿主病
  原発性免疫不全症候群
  HIV感染と後天性免疫不全症候群(エイズ)
  アレルギー反応
  自己免疫病
第6章 感染症
 (森井英一)
  感染症とはなにか
  感染の種類
  感染防御のメカニズム
  感染体の種類
  ウイルス
  ウイルス感染症
  細菌
  細菌感染症
  マイコプラズマ,クラミジア,リケッチア感染症
  真菌感染症
  原虫感染症
  蠕虫感染症
第7章 腫瘍
 (青笹克之)
  定義
  分類
  癌の生物学
  癌の分子病態
  癌の発生原因
  腫瘍免疫
  疫学
  臨床病態と診断・治療
第8章 代謝異常
 (北澤荘平)
  代謝とは
  代謝異常の原因
  糖質代謝とその異常
  脂質代謝とその異常
  ライソゾーム病
  蛋白質代謝とその異常
  核酸代謝異常
  ビタミンとその異常
  ミネラル代謝とその異常
  色素代謝異常
第9章 環境
 (泉 啓介)
  毒性発現機構
  環境汚染
  医原病
  物理的要因
  栄養障害
第10章 小児病理
 (長嶋洋治)
  先天性奇形
  出生体重と在胎期間の異常
  分娩時損傷
  周産期感染
  新生児呼吸窮迫症候群
  壊死性腸炎
  胚層 上衣下脳室内出血
  胎児水腫
  先天性代謝疾患とその他の疾患
  乳児突然死症候群
  小児の腫瘍および腫瘍類似病変
各論
第1章 循環器
 (上田真喜子)
 心臓
  心臓の基本構造
  虚血性心疾患
  高血圧性心疾患
  肺性心
  リウマチ性心疾患
  心内膜炎
  心臓弁膜症
  心筋炎
  心筋症
  先天性心疾患
  心膜炎
  心嚢内液体貯留と心タンポナーデ
  心臓腫瘍
 血管
  血管の基本構造
  血管壁細胞と血管傷害に対する反応
  動脈硬化症
  粥状硬化症
  冠動脈インターベンション後の新生内膜増殖
  高血圧性細動脈硬化症
  動脈瘤と大動脈解離
  血管炎
  腫瘍
第2章 呼吸器
 (横井豊治)
 上気道
  鼻炎・副鼻腔炎
  ウェゲナー肉芽腫症
  鼻腔・副鼻腔の腫瘍
  慢性扁桃炎・アデノイド
  喉頭結節
  喉頭癌
 肺
  肺の発生異常
  無気肺
  肺水腫
  急性呼吸窮迫症候群
  慢性閉塞性肺疾患
  気管支喘息
  気管支拡張症
  びまん性汎細気管支炎
  閉塞性細気管支炎
  塵肺
  間質性肺炎・肺線維症
  肺の感染症
  サルコイドーシス
  過敏性肺臓炎
  肺胞蛋白症
  肺塞栓・肺梗塞
  肺高血圧症
  グッドパスチャー症候群
  ウェゲナー肉芽腫症
  肺の腫瘍
第3章 消化管
 (横崎 宏)
 食道
  解剖・生理
  先天異常
  筋・運動異常症
  循環障害・機械的傷害
  食道炎
  腫瘍
 胃
  解剖・生理
  先天異常
  胃炎
  消化性潰瘍
  腫瘍
 小腸・大腸・虫垂
  解剖・生理
  先天異常
  吸収不良症候群
  腸炎
  循環障害・機械的傷害
  腫瘍
第4章 肝・胆・膵
 肝(森井英一)
  解剖・生理
  肝疾患
  肝に障害をきたす因子
  肝腫瘍
 胆嚢・胆管(中正恵二)
  正常構造
  胆道の発生
  先天異常・形成異常
  胆石症
  炎症性胆道疾患
  腫瘍
 膵
  解剖・生理
  発生
  先天異常・形成不全
  膵炎
  膵石症
  膵嚢胞性疾患
  膵腫瘍
第5章 腎
 (菅野祐幸)
  解剖・生理
  発生異常
  糸球体疾患
  尿細管・間質病変
  血管疾患
  嚢胞性疾患
  腎腫瘍
第6章 尿路
 (降幡睦夫)
  解剖・生理
  尿路疾患
  良性腫瘍と腫瘍様病変
  悪性腫瘍
第7章 男性生殖器
 (小西 登)
 前立腺疾患
  解剖・生理
  非腫瘍性疾患
  腫瘍性疾患
 精巣疾患
  解剖・生理
  非腫瘍性疾患
  腫瘍性疾患
 精巣付属器の疾患
  非腫瘍性疾患
  腫瘍性疾患
第8章 女性生殖器
 (棟方 哲)
  発生・解剖
  感染症
  外陰
  腟
  子宮頸部
  子宮体部
  卵管
  卵巣
  胎盤と絨毛性疾患
第9章 造血器
 (青笹克之)
 骨髄疾患
  正常造血
  貧血
  多血症
  出血性素因
  白血球の異常
  白血球の反応性増殖疾患
  骨髄系細胞の腫瘍性増殖疾患
 リンパ節・脾疾患
  解剖・生理
  リンパ節疾患
  脾臓
第10章 皮膚
 (伊藤浩史)
  解剖・生理
  感染性皮膚炎
  非感染性皮膚炎(皮膚症)
  色素性皮膚疾患と腫瘍
  非色素性腫瘍・腫瘍性疾患
第11章 神経・筋疾患
 神経(伏木信次)
  神経系の特徴
  神経系の発生異常
  循環障害
  感染症
  脱髄疾患
  神経変性疾患
  代謝性疾患
  中毒性神経疾患
  脳腫瘍
 筋疾患(伊東恭子)
  正常構造
  代表的な筋病理所見
  代表的筋疾患の病理
第12章 乳腺
 (増田しのぶ)
  乳腺の解剖および組織
  乳腺の発達分化とホルモン調節
  乳癌の発生
  乳腺腫瘍の形態学的特徴による分類
  遺伝子発現の特徴による分類
  診断と治療
第13章 内分泌
 甲状腺(加藤良平)
  解剖・発生・生理
  甲状腺疾患
 副甲状腺(上皮小体)(寺田信行)
  発生・生理
  副甲状腺疾患
 視床下部・下垂体
  発生・構造・生理
  視床下部の疾患
  下垂体前葉の疾患
  下垂体後葉の疾患
  下垂体腫瘍と嚢胞
 副腎
  発生・構造
  副腎皮質のステロイドホルモン産生
  副腎皮質の疾患
  副腎髄質の疾患
第14章 縦隔・胸膜
 (青笹克之)
  縦隔
  胸腺
  胸膜
第15章 眼
 (青笹克之)
  眼窩
  眼瞼
  結膜
  角膜
  房室
  ぶどう膜
  網膜・硝子体
  視神経
第16章 骨・関節・軟部組織
 (小田義直)
 骨
  構造・機能・代謝・発生・成長・修復
  先天性骨系統疾患
  代謝性骨疾患
  骨壊死
  骨の感染症
  骨腫瘍
 関節
  構造と機能
  代謝異常と関連する関節疾患
  感染性関節炎
 軟部組織
  軟部組織の感染症
  軟部腫瘍
第17章 口腔
 (豊澤 悟)
 歯・顎骨
  解剖・生理
  歯・顎骨疾患
 口腔粘膜
  解剖・生理
  口腔粘膜疾患
 唾液腺
  解剖・生理
  唾液腺疾患

 索引
  和文
  欧文