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 京都府立医科大学大学院医学研究科 消化器内科学
 内藤裕二
 『臨床栄養』2016年5月の臨時増刊号に「脳腸相関−各種メディエーター,腸内フローラから食品の機能性まで」という特集を組ませていただいた.この特集号はその後好評を得て,医学,栄養学,食品学を中心に多くの方に興味をもっていただいた.今回,この特集号に若干の変更,追記を加え,書籍化することになった.
 脳腸相関とは,生体にとって重要な器官である脳と腸が相互に密接に影響を及ぼし合っていることを示す概念である.たとえば,われわれはストレスを感じるとお腹が痛くなり,下痢や便秘などの便通異常を生じる.これは脳が自律神経を介して,腸にストレス刺激を伝えるからである.脳から腸へのシグナル伝達(脳→腸シグナル)が存在していることを示している.逆に,腸管粘膜の炎症やバリア機能障害により,脳での不安感が増し,行動や食欲などが変化することが知られている.これらは,腸の状態が脳の機能にも影響を及ぼすことを意味している(腸→脳シグナル).
 このように密接に関連する脳と腸であり,脳腸相関研究の歴史は古い.では,なぜいま,臨床栄養学の分野でこの脳腸相関の特集が組まれているのか,この分野で活躍されている多くの医師,栄養士,薬剤師,心理士などに必要なメッセージは何であろうかと考えてみた.第一には,この脳腸相関を理解するうえでの新たな主役としての腸内細菌叢(腸内フローラ)の情報である.腸内フローラの異常を示すディスバイオーシスといった概念も登場している.このディスバイオーシスを改善させるもっとも有効な方法は,食を含めた栄養因子である.第二には,脳や代謝に影響を与える消化管ホルモンの発見ならびに創薬としての臨床応用がある.食欲の制御においても新知見が次々と見つかっている.当然ではあるが,消化管ホルモンと栄養には密接な関連性がある.第三には,脳腸相関の異常と考えられる機能性消化管疾患の増加がある.機能性消化管疾患患者の生活の質(QOL)はきわめて悪く,適切な医療を受けられていない現状もある.医師だけでなくコメディカルスタッフの協力が必要であり,この疾患の患者に対する対応の重要性を理解していただきたい.
 この分野の研究・臨床においてわが国が世界をリードしていくためにも,臨床栄養学分野の研究者の台頭は必須である.本書に興味をもっていただいて,脳腸相関研究,とくに腸内フローラの意義に関する研究の裾野が拡大していくことを願ってやまない.
 2018年7月
 序(内藤裕二)
 総論:脳腸相関とは(内藤裕二)
Part 1 脳腸相関と疾患
 過敏性腸症候群(鎌田和浩・内藤裕二)
 機能性ディスペプシア(西澤俊宏・鈴木秀和)
 肥満(乾 明夫・網谷真理恵)
 うつ(須藤信行)
 発達障害(三上克央)
 摂食障害(安宅弘司・他)
 TOPICS:過敏性腸症候群(IBS)における腸管グリア細胞の変化(藤川佳子・他)
 TOPICS:脳腸相関における腸内細菌の役割(鎌田和浩・内藤裕二)
Part 2 脳腸相関にかかわる生理活性物質
 セロトニン(武田宏司)
 CRH(野津 司)
 オキシトシン(高橋 徳)
 オレキシン(奥村利勝)
 ネスファチン(森 昌朋・松本俊一)
 グレリン(上野浩晶・中里雅光)
 アドレノメデュリン(堀江俊治)
 コレシストキニン(屋嘉比康治・他)
 TOPICS:構造−活性相関を基盤とする食品由来の情動調節ペプチドの探索と脳腸相関(大日向耕作)
Part 3 脳腸相関と食品
 消化管の味覚センサー(味覚受容体)(石田雄介・島田昌一)
 食物繊維(木智久・他)
 発酵食品(和田小依里・佐藤健司)
 ポリフェノール(越阪部奈緒美)
 カテキン(茶山和敏)
 カロテノイド―天然由来のアスタキサンチン(陸 ワ洙・他)
 TOPICS:遺伝子組換えによる機能性食品(高岩文雄)
 TOPICS:快眠サプリメント開発の現状(裏出良博)

 索引