やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

第4版の序
 最近のフードシステムに関わる重要な変化は,「食品安全」と「食生活の乱れ」に対する関心の急激な高まりである.食品安全に関しては,近年相次いで起こった食品事故,なかでも2001年に国内でBSEが発生したことが契機となり,2003年には「食品安全基本法」が制定され,それにもとづいて2004年には「食品安全委員会」が設置された.しかしながら,その後も食品偽装をはじめ食品産業の不正行為が相次ぎ,食品安全問題はさらに重大な政策課題となっているのが現状である.
 消費者サイドでは,“中食”の浸透による食生活外部化の大きな流れが続き,食生活を簡便に容易にする反面,食生活の乱れが引き起こす健康上の問題は深刻で,これへの対処のひとつとして2001年には「食生活指針」が策定されたが,2005年にはさらに「食育基本法」が制定され,「栄養教諭制度」や,アメリカのフードガイド・ピラミッド等にならった「食事バランスガイド」も作られた.
 これらに関してはすでに第3版でかなり大幅な変更や追加説明を行ったので,今回はそれほど手を加えなかった.そのほか,本書全体としての理論的な枠組みは従来通りの構成を保っている.ただし,本改訂作業中に世界穀物価格が急激に上昇し,「食料危機」といわれるまでになったので,第9章に新しく1節を加えてGMO(遺伝子操作体)とバイオエタノールに関し簡単に説明した.
 今回の改訂はデータを新しくすることが中心であり,「国勢調査」など5年ごとに行われる基本統計については可能なかぎり2005年の数値を示した.その他のデータについても,すべて入手可能な最新年に改めた.
 最後に,表紙デザインが一新されたことも付け加えなければならない.この表紙とともに新しくなった教科書が,これまで同様暖かく迎えられることを願っている.
 2008年11月
 時子山ひろみ
 荏開津典生

はじめに
 この本は食料経済学の教科書として書かれている.題名をあえてフードシステムの経済学としたのは,序章で詳しく述べるように,これまでの食料経済という概念に収まらない食料に関する新しい複雑な動きを,フードシステムという新しい概念によってとらえなおしてみようというところからきている.
 フードシステムというのは,最終的に消費者に提供される食料の流れを消費者から逆に生産者の方向にたどっていったとき,関係するすべての経済主体の働きを総合的にシステムとしてとらえたものである.
 したがって,これまでの農業を中心にすえた食料経済学のテキストと違って,本書ではフードシステムの最終目的である食生活に大きなウエイトがおかれ,食生活を規定する消費者の食品消費行動から説明が始まる.
 わが国では,高度成長による所得の急上昇が生活全般にわたって豊かな時代をもたらした.特に食生活は成熟段階に達し,飽食の時代とさえいわれている.4章までの各章では,わが国における食生活の成熟が具体的には何を意味するものであったのかを考察する.食生活の成熟が食料消費の量的な増加の停止だけでなく,所得や価格などの経済的な要因の影響力の低下を意味するということをみた後,成熟後も続く食生活の変化がどのような要因によって,どのような方向へ導かれるのかを,家族のあり方の変化ともあわせて検討する.女性の社会進出や家族の小規模化がもたらす簡便化の大きな動きの経済的な意味とともにその問題点についても詳しく説明する.
 5章から8章までは,フードシステムの直接の担い手である農業,食品工業,食品流通業,外食産業の役割を検討する.この四者が,食生活の変化による消費者の食品に対するニーズの変化に対して,どのような対応をしているのか,その結果,食料の生産,加工,流通の各段階でどのような新しい動きがみられるのかが明らかにされる.
 国内農業を扱った5章では,食料の安全保障や自給率の問題についてもふれる.食品工業の章では,限られた需要をめぐって熾烈な新製品の開発競争や大規模な広告宣伝が行われる背景を経済学的に説明する.食品流通業については,情報革命によって消費者のニーズをリアルタイムで把握する流通業が食品工業の生産をリードする様子が描かれる.従来の小規模な飲食店に,チェーン展開する新しいタイプの飲食店が参入することで,これまでの飲食業が外食産業という新しい産業へ成長していく過程もフードシステムの大きな変化のひとつである.
 9章は世界の人口と食料問題を考える.なぜ飽食の一方で飢餓に苦しむ多くの人々が存在するのかという重い問題が取り上げられる.
 最後の10章では,フードシステムがうまく機能するために政府は何をなすべきかが問われる.かつては食料の安定供給が政府にとっての最重要課題であったが,最近では食料の安全性の確保や,フードシステムが排出する廃棄物のリサイクルなど環境問題が政府の役割の大きなものとなってきている.
 以上のように,本書にはフードシステムの経済学を考えるうえで欠くことのできない基本的な概念と事実を盛り込む努力をした.しかし,紙数の関係で省略したり,説明を簡略化せざるをえなかったものもある.これらについては巻末に参考書をあげておいた.それらは各章のさらに詳しい内容についてのものと,アメリカとEUのフードシステムについてものと,この本ではあまり詳しく述べなかった農業経済学とミクロ経済学についての参考書である.
 これらによってフードシステムについてさらに深く学んでもらいたい.また,参考書とともに毎年出される食料や健康や家族についての政府の白書類,本文中の図表にしばしば使われた主要な統計資料の出所もまとめてある.あわせて利用していただきたい.
 この本の完成は,これまで著者達が参加した各種の研究会での成果や,お話を聞かせていただいたたくさんの方々のご協力によっている.心から感謝したい.原稿のすべてに目を通していただいた小島清美さんと,著者たちの細かな注文を快く聞いてくださった医歯薬出版編集部には心からお礼申し上げる.
 1998年1月
 時子山ひろみ
 荏開津典生
 はじめに
Introduction フードシステム
 1.食料経済とフードシステム
 2.日本の経済とフードシステム
 3.フードシステムの変化
 4.フードシステムと消費者
Chapte.1 食料経済の理論
 1.食品の商品としての特徴
 2.食品選択の理論
 3.食品需要の価格弾力性
 4.所得弾力性とエンゲル係数
Chapte.2 食生活の成熟
 1.食料消費の成熟
 2.食料消費の高級化
 3.食料消費の高付加価値化
 4.日本における食料消費の成熟
Chapte.3 食料消費パターンの変化
 1.食料消費構造の変化
 2.高級化,多様化,簡便化,健康・安全指向
 3.変化の誘因
 4.簡便化のもたらすもの
Chapte.4 家族の変化と食生活
 1.人口構成の変化
 2.世帯構成の変化
 3.単身者の食生活
 4.女性の社会進出
Chapte.5 食料の安全保障と自給率
 1.食料の安全保障と国内農業保護
 2.日本の食料自給率
 3.食品の内外価格差
 4.米生産費の国際比較
Chapte.6 食品工業の構造
 1.食品工業の現状
 2.食品工業の特徴
 3.食品工業の二極集中性
 4.食品工業の広告費
Chapte.7 食品流通業の革新
 1.生鮮食料品の流通と卸売市場
 2.米の流通と食糧法
 3.流通革命と食品
 4.流通革命と消費者
Chapte.8 外食・中食の成長
 1.外食産業の成立と現状
 2.外食産業の特徴
 3.中食産業の成長と現状
 4.食の外部化の進展
Chapte.9 世界の人口と食料
 1.食料問題の3要因
 2.人口爆発
 3.食料増産の可能性
 4.食料の分配
 5.穀物をめぐる最近の問題
Chapte.10 食生活と政府の役割
 1.市場メカニズムの限界
 2.食品の安全性
 3.食品の規格と表示
 4.食生活ガイドライン

 参考文献
 主な統計資料
 INDEX