やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

緒言
 歯周病は,歯に付着した細菌性プラーク(バイオフィルム)によって引き起こされる,炎症を伴うある種の感染症である.
 歯肉炎は,ときに歯周組織の破壊を伴う歯周炎にまで進行し,放置しておくと歯の喪失に至る.歯周治療の主たる目的は,その原因である歯肉縁下のバイオフィルムを除去し,歯肉縁上のプラークコントロールによって歯周組織の健康を回復し,再感染を防ぐことにある.
 1980年代,イエテボリ大学のLindhe教授をはじめとするスカンジナビアのリサーチグループは,徹底的なプラークコントロールを中心とした非外科処置,正確な外科処置,そして必要に応じた抗菌薬の応用という,いわゆる「スカンジナビアンアプローチ」を提唱した.
 いわば,“プラークや炎症のコントロールによって歯周病の改善と安定を図る”という,歯周治療における解の1つにたどりついた時代である.
 1990年代に入り,歯周病学は“感染の除去“から,“失われた歯周組織の再生”へとパラダイムシフトしてゆくこととなる.たとえ歯周ポケット内から細菌が取り除かれ,歯周組織が健康を回復しても,治癒後の欠損形態に問題が残るケースがある.このような部位に対し,GTR法やエムドゲインゲルを用いた歯周組織再生療法を行うことによって良好な結果を得られている症例が,全世界から数多く報告されるようになった.
 また,重度歯周炎に対する治療では,ときに多数歯の抜歯という侵襲を余儀なくされる.そのような症例では,残存する歯周組織と歯列をいかにして維持してゆくかが,我々術者の重要な使命となる.近年では,かつては無歯顎に用いられていたデンタルインプラントが,歯周治療後の部分欠損症例にも応用されるようになり,その有用性も報告されている.
 このような歯周治療におけるパラダイムシフトに伴い,歯科臨床の世界にもEvidence Based Dentistry(科学的根拠に基づく歯科医療;EBD)の波が押し寄せてきた.さまざまな選択肢のなかから,個々の患者にとって最善の治療法を選び,自信をもって治療を提供するための明確な「根拠」を,医療者・患者の双方が欲したのである.
 しかしながら,膨大な数の研究論文のなかから,日々の臨床の疑問や対応の道標となる,正確で上質なエビデンスを抽出することは容易ではない.
 そこで本書では,臨床における疑問を起点とし,“1つの疑問に対し,1つのエビデンスで答える”という形式での展開を試みた.さらに,読者がエビデンスをより身近に,より深く理解できるよう,スウェーデンデンタルセンター(SDC)での臨床例を提示するとともに,歯科医師・歯科衛生士それぞれの視点からのアドバイスをもり込んだ.
 なお本書は,月刊『デンタルハイジーン』誌上での連載「Dr.弘岡に訊く 歯科衛生士のための臨床的ペリオ講座」(2005年1月号〜2007年10月号)をもとに一部加筆し,再編集したものである.前編となる本書では,歯周病に関する基礎知識から,歯周病に対する非外科的対応までを収載した.
 チームで診療にあたる歯科医師と歯科衛生士の双方に向けて著した本書が,読者諸君にとってより質の高い治療の提供につながり,ひいては,1人でも多くの患者の健康に寄与することにつながってゆけば,われわれにとってこの上ない喜びである.
 本書は,「弘岡秀明ペリオコース」でインストラクターを務める中原達郎氏と,「チームSDC」のパートナーである歯科衛生士,加藤 典氏の協力のもと上梓された.両氏をはじめとして,本書の出版に際しご尽力いただいた関係各位に,この場を借りて心より感謝申し上げたい.
 2010年春,パリ15区,Cafe Le Pierrotにて
 弘岡秀明
 本書を読む前に─臨床に必要な基礎知識─
1章 歯周病を知る
 1.正常な歯周組織とはどのようなものか
 2.歯周組織はどのように発生するのか
 3.ポケットデプスから何がわかるのか
 4.歯肉炎と歯周炎,何が違うのか
 5.歯周治療の目的とは
 6.BoPは何を意味するのか
 7.歯周病はうつるのか
 8.X線写真から何がわかるのか
2章 ブラッシングのエビデンス
 1.どのような歯ブラシを選べばよいのか
 2.手用歯ブラシと電動歯ブラシ,効果に違いはあるのか
 3.ブラッシングだけで歯肉炎は治るのか
 4.ブラッシングだけで歯周炎は治るのか
3章 SRPのエビデンス
 1.SRPの効果は証明されているのか
 2.SRPの効果を得るための前提条件とは
 3.セメント質を除去する必要はあるのか
 4.SRPでアプローチできる歯周ポケットの限界は何mmか
 5.インスツルメントの先端は根分岐部まで届くのか
 6.SRPは繰り返したほうがよいのか
 7.超音波スケーラーvs手用インスツルメント どちらが効果的か
 8.超音波スケーラーには薬液を併用したほうがよいのか
 9.SRPと抗菌薬の全身投与の併用は効果があるのか
 10.SRPと抗菌薬の局所応用の併用は効果があるのか
 11.SRPの全顎1回法と分割法,効果は違うのか
4章 症例から学ぶ
 問診から再評価までの流れを整理する

 参考文献
 Evidence索引
 著者略歴