やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

推薦の言葉
「正しいこと」と「正しく」を求めて
 「正しいことを行うこと,それを正しく行うこと」―藤関雅嗣先生の著書『パーシャルデンチャーの基本を押さえたIOD・IARPDの臨床』の内容に触れてすぐに頭に浮んだのがこの「正しいことを…」というフレーズだった.
 1996(平成8)年にDr.JA Muir Grayがイギリスから来日し,Evidence-Based Medicineの推進のために日本各地で講演を行った.そのときの言葉だそうだ.
 臨床のなかで「正しく行うこと」はもちろん大切だが,当時イギリスでは前段「正しいことを行う」のほうに強力なドライブがかかっている.すなわち,「有効性」が実証された治療法だけを実施しようという動き,これが「EBM」の主要な目的だと熱演する.
 一方,本書の著者の藤関先生は,現在はジェネラリストであるが専門は局部義歯学で,大学医局員時代はパーシャルデンチャーの研究に従事し,そのうえでインプラントの専門資格と長い臨床経験を背景に,開業の傍ら臨床教育にも深く携わってきた.そのキャリアのなかで,本書の構成へのこだわりが生まれたのではないか.
 インプラントは専門的な技術が要求されるほか,画像解析など高度な機器が開発され,それらは今も刻々と進化を遂げている.そうした流れのなかで若手の歯科医師の関心が後段の「正しく行うこと」という技術習得に傾くことを著者は危惧し,警告もしている.書名に「IOD/IARPDの臨床」とあるように,インプラントといってもそのベースにパーシャルデンチャーの視点が欠かせないはずで,Dr.Muir Grayの「正しいことを…」の指摘が欠損補綴でも大きな意味をもつ.
 本書は3階建になっていて,「3章:インプラント」の踏み台として「2章:パーシャルデンチャー」があり,その前に「1章:欠損歯列・欠損補綴」がインプラント臨床の土台をガッチリと支えている.ここに著者のこだわりが見てとれる.
 インプラント応用義歯がメインテーマであることは間違いないが,その前にパーシャルデンチャーの視点や欠損歯列のリスクが考慮されていない設計が珍しくない現状に異を唱えることが,こだわりの出発点になっているのではないか.そのこだわりこそ,本書がハウツーものと一線を画し,インプラント臨床への貴重な必需品になっている.
 パーシャルデンチャーの役割は機能回復と同時に歯列の重症化防止であり,その両方にインプラントの果たす役割はきわめて大きいはずで,「正しく行ったそのインプラント」が本当に「正しいインプラント」だったかは長い経過のジャッジが不可欠で,そのためにも本書を診療室の身近な所において経過のチェックリストとしても活用されることを強くお勧めしたい.
 もちろん「正しい」や「正しく」が,臨床のなかでクリアカットに表現しにくいこともまた事実かもしれない.その意味でも,著者が豊富な症例の長い経過から臨床の多様性についても示唆に富んだ問題提起を行っていることも見逃すことができない.
 2024年10月 宮地建夫


Introduction
IOD/IARPDに,なぜパーシャルデンチャーの知識が必要なのか?
―McGillコンセンサスへの疑問と欠損歯列・欠損補綴
 無歯顎あるいは欠損歯列において,インプラントによる補綴治療は有効な選択肢になってきており,現在のインプラント治療としては,その上部構造の機構から大きく次の2つの方法が行われています.
 一つは固定性上部構造(fixed implant-supported prosthesis)によるものです.スクリューリテイン(スクリュー固定)またはセメント固定をして,患者さんは補綴装置を外せない状態となります.どうしても可撤性が嫌で固定性への希望が強い患者さん,あるいは今働き盛りで仕事をバリバリやっているという年代の方などには,この方法がとられることが多いと思います(図1).
 もう一つは,本書で取り上げる(IOD:インプラントオーバーデンチャー,IARPD:インプラントアシステッドリムーバルパーシャルデンチャー)です.図2は,50歳代で残存歯が1歯のみという,相当に重度の歯周病に罹患された患者さんでした.まだまだ現役世代ではありますが,少しでも安定した状態で噛みたいという希望と,経済的な制限もあり,長い目で見て,クリーニングやメインテナンスの容易さを優先し,インプラントオーバーデンチャーを製作することになった例です.図1,2ともに,術後10年を経過しています.
 さて,IOD/IARPDをテーマとした本書のタイトルには,「パーシャルデンチャーの基本を押さえた〜」との前置きを付けました.IOD/IARPDとパーシャルデンチャー(PD)は,全く別な治療と思われる方も多いでしょう.また,PDではなくフルデンチャー(FD)との関連のほうが大きいと考えられる方も多いはずです.実際,多くのIOD/IARPDのセミナーや手引き書にPDについての記述が存在することは稀なことです.
 なぜ本書では,ことさらPDを強調するのでしょうか? それは,PDの臨床では「欠損歯列を読む」というステップを経ることに他なりません.さらに,1歯欠損から1歯残存まで,多様な欠損歯列の状態に対応するPDでは,ことさら欠損歯列の診断が重要になり,IOD/IARPDに繋がるからです.
 そもそも,IODが市民権を得る大きなきっかけとなったのは,2002年に報告された「McGill Consensus Statement」(McGillコンセンサス) 1)です.下顎無歯顎に対しては,オトガイ孔間前歯部領域に埋入した2本のインプラント支持によるオーバーデンチャー(2-IOD)を第一選択とすべきとの提言であり,以降積極的に臨床応用されるようになりました.また,2009年の「York Consensus Statement」(Yorkコンセンサス) 2)でも,下顎IODによる患者満足度,QOLの報告から,マギル声明が補強されています.
 これらの声明に共通するのは,いずれもインプラントを埋入する下顎の条件にしか触れていないということです.また,片顎単位の顎堤の,V-shaped,U-shapedといった水平的な形態によって自動的にアタッチメントを選択できるような情報も多く存在します.しかしながら実際の臨床では,上顎も無歯顎なのか,上顎に全部歯があるのか,上下顎のアーチフォームの形態や残存歯がシザースバイトになっているなど,上下顎の咬合支持の状態も考慮する必要があります.さまざまな欠損形態が存在するなかで,設計にもさまざまな配慮が求められるのではないでしょうか?
 従来のPDの設計においては,上下顎の対向関係のみならず,加圧因子・受圧条件の検討など,欠損歯列・欠損補綴を読むという作業がたいへん重要になることは,多くの先生方が共有する価値観であろうと思います.たとえば先ほどの下顎2-IODの症例では,対向関係にインプラントを2本埋入し,加圧因子・受圧条件のバランスをとることができて,はじめてIODが患者満足に繋がる欠損補綴になるはずです.広く行われているIOD/IARPDが,欠損歯列・欠損補綴の基本的な理解のないままに行われているのではないかというのが,本書の発行に至る問題意識になっています.
 「PDの基本を押さえた〜」とは,「欠損歯列・欠損補綴の基本を押さえた〜」と同義であり,欠損歯列の理解に基づく欠損補綴としてIOD/IARPDを位置づけ,その臨床の実際を1冊を通して考えていくことが,本書の目的となります.
 そこで本書では,IOD/IARPDを臨床応用する際に考慮すべき要素を3つに分解し,それぞれ解説を行います.

 第1章:“欠損歯列““欠損補綴”の要素
 第2章:“パーシャルデンチャー”の要素
 第3章:“インプラント”の要素

 第1章「“欠損歯列”の要素」とは,症例の欠損歯列の悪化度を知る作業となります.具体的には,目の前の患者さんの欠損歯列の病態を,レベル・パターン・スピードの視点から把握するためのノウハウを解説します.本章の内容は宮地建夫先生の理論に基づいた考察になります 3).
 「レベル」とは,病期,または欠損歯列の悪化度とも表現されます.アイヒナー分類は臼歯部咬合支持の,部位と数に着目して検討を行い,現状の下顎位の安定性を診査していくものです.宮地の咬合三角は,歯数や咬合支持がどのように推移していくかを探るために提案されました.これら臨床的評価方法を活用して,欠損歯列の悪化度(レベル)を把握していきます.
 「パターン」とは病型とも表現され,欠損がどのようなコースで進行していく傾向にあるのかを見極める作業になります.私はカマーの分類に当てはめて検討するようにしています.
 「スピード」とは,宮地先生は「リスク」とも表現され,年齢と歯数,ならびに咬合支持数で表現される歯の生涯図を利用したり,丁寧な問診から,欠損が最近始まったのか,ゆっくり進行しているのかを,推測していく工程になります.
 これらの作業により欠損歯列の現状把握と未来予測を行うことを,本書では「IOD/IARPD臨床における“欠損歯列”の要素」と位置づけました.
 また「“欠損補綴”の要素」とは,実際に補綴装置製作にあたっての難易度を知る作業です.具体的には,「受圧条件(片顎単位の残存歯の歯列内配置)」と「加圧因子(欠損部位に補綴装置を装着時の,対合歯による為害作用)」の検討,個々の残存歯の安定度,信頼度の診査,残存歯の上下的,左右的な配置バランス,顎堤の条件(骨の状態,粘膜の厚み),カリエスタイプかペリオタイプか,ブラキシズムやTCHの傾向の把握…等々を診査していきます.そのうえで,支台装置の選択や,義歯床外形のデザイン,さらには患者さんの想いや希望なども加味して治療計画を検討していくことになります.
 欠損歯列を診断し,欠損補綴の難易度を把握し,患者さん個人の多様性を検討するステージを経て,第2章では,IOD/IARPD臨床における「“パーシャルデンチャー”の要素」を解説します.パーシャルデンチャーの設計原則は,IOD/IARPDの設計原則でもあります.IOD/IARPDの臨床を行うにあたっては,本章の内容を確実に押さえておく必要があります.
 第1章,第2章の過程は,主にPD製作の実際として,これまでもいろいろな機会に報告してきたことですが,IOD/IARPDの臨床において,避けては通ることにできないステップであると考えています.少なくとも,Kennedy分類のような片顎の視点しかもたないままIOD/IARPDを計画することの弊害を認識していただくためにも,ぜひお読みいただきたい内容と自負しています.
 さて,第3章「“インプラント”の要素」では,インプラントを用いることによる特有の技術や,検討要素を知ることが主眼です.
 具体的には,まず年齢の要素です.無歯顎あるいは多数歯欠損の場合,おおむねご高齢の患者さんが多くなります.全身状態を把握し,BP製剤,デノスマブ,HbA1cなどインプラント学会の治療指針を基本に考えていくことが重要です.さらに,埋入本数の制限や既存骨の条件等,また侵襲そのものへの許容度などを把握していくことになります.また,一回法か二回法かといった術式,埋入ポジションの検討,インプラント頚部の歯肉環境の評価も重要です.粘膜の可動性や付着歯肉の有無などの検討は,ブラッシング,メインテナンスの成否に関わります.荷重のタイミングや免荷期間のプロビジョナルの検討,連結に関するデザイン,さらにここがIOD/IARPDにとって最も重要と考えているのですが,インプラント・歯・義歯床下粘膜それぞれの被圧変位量,特性の違いを,テンポラリーデンチャーを活用して整合性を図っていくことなど,設計に関わるあらゆる検討のための情報を,「IOD/IARPD臨床における“インプラント”の要素」として網羅します.
 全編を通じて,私の診療室での長期経過症例を紹介しながら,上記の内容を学習していく展開としています.読者の方それぞれにおいて,ご自身の臨床経験に引き寄せながら読み進めていただければ幸いです.
 最後に,本書では多くの患者さんのお顔写真を掲載しております.いずれもご本人に快くご承諾いただいておりますことを,本書の冒頭に記載させていただきます.
 2024年10月 藤関雅嗣

 1)Feine JS, Carlsson GE, Awad MA, Chehade A, Duncan WJ, Gizani S, et al. The McGill consensus statement on overdentures. Montreal, Quebec, Canada. May24-25, 2002. Int J Prosthodont. 2002; 15(4): 413-414.
 2)Thomason JM, Feine J, Exley C, Moynihan P, Muller F, Naert I, et al. Mandibular two implantsupported overdentures as the fi rst choice standard of care for edentulous patients-the York Consensus Statement. Br Dent J. 2009; 207(4): 185-186.
 3)宮地建夫.症例でみる欠損歯列・欠損補綴―レベル・パターン・スピード.医歯薬出版,2011.
Introduction IOD/IARPDに,なぜパーシャルデンチャーの知識が必要なのか?―McGillコンセンサスへの疑問と欠損歯列・欠損補綴
Section 1 IOD/IARPD臨床を成功に導く “欠損歯列““欠損補綴”の要素―欠損歯列の病態を見極め,欠損補綴(デンチャー製作)の難易度を測る
 1.“欠損歯列”を読む
  (1)「欠損歯列を読む」とは?―欠損歯列と欠損補綴
  (2)欠損歯列の特徴
  (3)欠損歯列の原因
  (4)欠損歯列と咬合支持
  (5)欠損歯列の分類 1.ケネディの分類
  (6)欠損歯列の分類 2.アイヒナーの分類
  (7)欠損歯列の分類 3.宮地の咬合三角
  (8)咬合三角を用いた欠損歯列症例の分析
 2.“欠損補綴”のキーワード
  (1)受圧・加圧
  (2)犬歯
  (3)顎堤条件
  (4)剪断応力
  (5)個の多様性
  (6)欠損歯列の診断に基づく欠損補綴
Section 2 IOD/IARPD臨床を成功に導く “パーシャルデンチャー”の要素―パーシャルデンチャー設計の基本をIOD/IARPDに活かす
 1.パーシャルデンチャー設計の基本
  (1)パーシャルデンチャーの構成要素
  (2)義歯床
  (3)人工歯
  (4)連結装置
  (5)オルタードキャストテクニック
  (6)支台装置
  (7)一次固定・二次固定
Section 3 IOD/IARPD臨床を成功に導く “インプラント”の要素―長期経過症例とともに学ぶIOD/IARPDの臨床術式と評価
 1.IOD/IARPDの臨床を支える,現在のインプラント基本技術
  (1)ガイドシステムを使用したインプラント埋入
  (2)初期固定と骨質
  (3)骨補填とマルチレイヤーフラップ(double thickness flap変法)
  (4)CTG,FGG,Split Crest
  (5)骨増生
  (6)硬い骨へのインプラント埋入
 2.長期経過症例から考えるIOD/IARPDに求められるコンセプト
  (1)天然歯との連結の是非
  (2)歯列改変
  (3)受圧条件・加圧因子の改善
  (4)上下顎歯数のバランス
  (5)「支持」が重要
  (6)補綴的偶発症
  (7)上部構造と義歯床
  (8)IODの限界
  (9)補綴設計とインプラントのロスト
  (10)既存の義歯を使用しながらIARPDへ改変
  (11)インプラント患者のメインテナンス
 3.ロケーター,サージカルガイドを用いたIOD/IARPD臨床術式
  (1)顎堤吸収量とアタッチメントの選択
  (2)ロケーターアタッチメントの特徴と製作工程
  (3)静的ガイドシステムと動的ガイドシステム
  (4)金属床PD→金属床IARPDへの改変
  (5)固定性から可撤性へ

 コラム:Stepupのためのワンポイント
  1 パーシャルデンチャーへの関心は低い?
  2 歯式で書く
  3 欠損歯列のエンドポイント
  4 10歯前後欠損症例
  5 咬合三角にみるインプラント応用の傾向
  6 歯科医院単位でみた,患者さんの欠損歯列の傾向
  7 時間軸での診断―「歯の生涯図」
  8 慢性疾患としての病態診断
  9 金属アレルギー―長期経過と患者さんの全身状態の変化
  10 小連結装置(マイナーコネクター)と義歯の強度
  11 クロールとクラトビル―緩圧か?リジッドか?
  12 咬合採得にゴシックアーチを応用しよう
  13 審美エリアのインプラント埋入
  14 exocadを使用した上部構造製作
  15 Sinus floor elevationにおける骨増生の予後
  16 インプラント周囲組織へのプロービングの是非
  17 文献にみる,天然歯とインプラントの連結の是非
  18 下顎犬歯部の舌下動脈走行
  19 天然歯とインプラントの被圧変位量
  20 補綴的偶発症の頻度
  21 IODのスクリュー構造と義歯の改変
  22 アタッチメントの種類
  23 ガイド使用時の浸潤麻酔のコツ
  24 着脱方向とアンダーカット
  25 ジーシー サイトランスグラニュール
  26 チタンメッシュによるGBR
  27 オトガイ部からの自家骨採取
  28 固定性補綴か? 可撤性IODか?
  29 メインテナンスとインプラントの生存率
  30 IOD/IARPDの臨床成績

 あとがき
 文献
 著者紹介