『顎機能異常・咬合からのアプローチ』を上梓してから早くも16年が経過しました.この間,いわゆる顎関節症と呼ばれるような顎口腔系の機能異常についての情報は飛躍的に増加し,この疾患に対する考え方や対応の仕方は大きく変わってきました.たとえば,当時は本疾患には多くの因子が関与するにしても,そのなかで咬合因子の占める割合はかなり大きいとされていました.しかし,現在の世界的な大勢としては咬合に対する評価はさほど大きくなく,むしろ社会的,精神心理的あるいは行動科学的な因子がクローズアップされているように思われます.したがって,かつては症状がある場合,それが消退するまで歯科的に積極的に治療しようとする姿勢がありましたが,最近では本疾患が自己制約的である点も強調され,治療はどちらかというと消極的な傾向をとるようになってきました.これらはすべて科学的根拠に基づくとばかりはいえず,医療経済あるいは医療訴訟に関する問題がかかわっていることも否定できないようでありますが,とにかくかつてのような積極的な姿勢でなくなってきたことは事実であります.医療がそうした他の要因で左右されるのは決して好ましいことではありません.わが国ではそのようにならないことを願っています.
一方,咬合については,ある時期かなりすっきりしたように思われましたが,新たな事実がつぎつぎに加わるにつれてかえって分かり難くなってきました.
こうした大きな情勢の変化のなかでさきの拙著がそのままになっていることに抵抗を感じておりましたが,このたび機会を得て新たに書き直すことができました.基本的な考え方や診査・診断・治療についての方法には目立つほどの変わりはありませんが,これまで教室員や多くの人たちの研究によって明らかにされた事項を加えて再構成しました.
証拠に基づいた情報や試料の重要性がしきりに叫ばれています.これは特に自然科学の分野では当然のことですが,歯科の臨床面では証明されているとはいえない部分もかなりあります.経験的に有効とされているがその根拠が不明であるというものが少なくありません.しかし,それらは実際の臨床を語るうえでは否定し去ることができないものであります.今後,少しずつであっても解明されることが望まれます.
本書では,顎機能異常と咬合とをまず並列的に捉え,咬合のなかで顎機能異常に関係する可能性があるものをあげ,顎機能異常の診断・治療を咬合の面から考えるという形にしました.さきの『顎機能異常・咬合からのアプローチ』はわたくしが教室をもってまもなく,多くの期待をもってそれまでのまとめをしたものですが,これは停年を間近にして最終的なまとめということになります.誠に不備だらけと思いますが,顎機能異常に対する一つの見方としてお役に立てたら幸いです.
最後に,種々ご教授,ご支援いただいた教室員ならびに多くの方がたのご厚情に厚く感謝いたします.
1999年3月21日 著者
一方,咬合については,ある時期かなりすっきりしたように思われましたが,新たな事実がつぎつぎに加わるにつれてかえって分かり難くなってきました.
こうした大きな情勢の変化のなかでさきの拙著がそのままになっていることに抵抗を感じておりましたが,このたび機会を得て新たに書き直すことができました.基本的な考え方や診査・診断・治療についての方法には目立つほどの変わりはありませんが,これまで教室員や多くの人たちの研究によって明らかにされた事項を加えて再構成しました.
証拠に基づいた情報や試料の重要性がしきりに叫ばれています.これは特に自然科学の分野では当然のことですが,歯科の臨床面では証明されているとはいえない部分もかなりあります.経験的に有効とされているがその根拠が不明であるというものが少なくありません.しかし,それらは実際の臨床を語るうえでは否定し去ることができないものであります.今後,少しずつであっても解明されることが望まれます.
本書では,顎機能異常と咬合とをまず並列的に捉え,咬合のなかで顎機能異常に関係する可能性があるものをあげ,顎機能異常の診断・治療を咬合の面から考えるという形にしました.さきの『顎機能異常・咬合からのアプローチ』はわたくしが教室をもってまもなく,多くの期待をもってそれまでのまとめをしたものですが,これは停年を間近にして最終的なまとめということになります.誠に不備だらけと思いますが,顎機能異常に対する一つの見方としてお役に立てたら幸いです.
最後に,種々ご教授,ご支援いただいた教室員ならびに多くの方がたのご厚情に厚く感謝いたします.
1999年3月21日 著者
序…… iii
1章 顎機能異常と咬合:概説/……1
I 顎機能異常に関する歴史的展望と最近の傾向……1
II 顎機能異常発症に対する寄与因子……3
III 咬合因子に対する考え方……4
IV 発症機序についての一仮説……6
2章 顎機能異常の臨床的特徴/……11
I 痛み……12
1.痛みの部位……12
2.痛みの性質……14
3.下顎運動との関係……15
II 下顎運動の異常……16
1.運動量の異常……16
2.運動性の異常……18
III 関節雑音……19
IV その他の症状……20
V 発現頻度……23
VI 年齢との関係……24
VII 性差……25
VIII 歯科治療との関係……26
3章 顎口腔系の形態と機能/30
I 顎関節……30
1.顎関節の骨構造……31
2.関節包,靭帯……32
3.関節円板とその関連組織……33
4.顎関節の神経支配……35
5.顎関節付近の神経と下顎頭の後方偏位……36
6.顎関節の生体力学的反応……36
7.顎関節に加わる力と下顎頭の偏位……36
II 筋群……37
1.咀嚼筋……37
2.咀嚼筋に関連して働く筋群……39
3.各筋の働き……41
III 神経系……42
1.感覚受容器……42
2.筋活動の調節機構……43
3.上位の中枢……46
IV 下顎運動時の各筋の作用と顎関節の運動……46
1.開口運動……47
2.閉口運動……48
3.前方運動……48
4.後方運動……48
5.側方運動……49
4章 咬合―下顎位,下顎運動,歯の咬合接触/……51
I 下顎位……51
1.咬頭嵌合位……52
2.中心位……56
3.下顎安静位……60
4.咬頭嵌合位の変更(咬合挙上)……62
II 下顎運動……64
1.基本的な運動……64
2.機能的な運動……71
III 歯の咬合接触……74
1.各咬合位における接触関係……74
2.各咬合位における接触部位……78
3.機能時の歯の接触……82
4.咬耗面……83
5.歯列関係……85
5章 頭部,顔面の痛み/93
I 急性,慢性の痛み……93
II 痛みの伝達……93
III 痛みの反応……95
IV 痛みの寄与因子……95
V 痛みの表現……96
VI 痛みの部位……97
VII 痛みの発現に対する考え方……99
1.顎関節の痛み……99
2.筋の痛み……101
3.結合組織からの痛み(浮腫)……107
VIII 他の原因による痛み(鑑別診断のために)……109
6章 下顎運動障害と関節雑音/……116
I 下顎運動障害……116
II 関節雑音……118
7章 顎機能異常の寄与因子としての咬合/……124
I 咬合異常……125
1.咬頭嵌合位の異常……125
2.歯牙接触の異常……128
3.歯列関係の異常……133
II 咬合異常のかかわり方……136
1.機能的な咬合異常……136
2.運動のガイドと咬頭干渉……140
3.咬合異常の影響……143
III 咬合異常の発現……146
1.一次性の咬合異常……146
2.二次性の咬合異常……148
3.人工的な咬合異常……149
8章 異常機能―ブラキシズム/……154
I ブラキシズム……154
1.クレンチング……154
2.グラインディング(狭義のブラキシズム)……155
3.タッピング……155
II ブラキシズムの発現頻度……155
III ブラキシズムの発現……156
IV ブラキシズムの臨床診断基準……158
V ブラキシズムと他の生体現象……158
VI ブラキシズムの発現機序……159
1.ブラキシズムと咬合……160
2.ブラキシズムと精神的ストレス……161
3.ブラキシズム発現に対する考え方……162
VII ブラキシズムの影響……163
1.歯周組織の障害……163
2.咬耗……164
3.筋,顎関節の機能障害……164
VIII その他の異常機能……166
9章 顎機能異常についての情報収集―診査法/……170
I 問診……170
1.問診の要件……171
2.問診の内容……171
3.問診にあたって……173
II 顔面,頭部の視診と挙動の観察……173
III 顎関節,筋群の触診……174
1.触診の方法……175
2.触診に関する問題点……177
3.触診時に注意すべき事項……179
IV 関節雑音の聴診……179
V 下顎位,下顎運動の診査……180
1.咬頭嵌合位……180
2.最大開口と側方偏位……181
3.側方,前方,後方滑走運動……182
VI 下顎運動の記録,測定……183
VII 筋機能の検査……184
VIII 口腔内の一般的診査……185
1.視診と触診……185
2.聴診……187
IX 咬合に関する診査……187
1.咬合関係……187
2.前歯の被蓋関係……187
3.臼歯の被蓋関係……187
4.歯の接触状態……188
5.咬耗の状態……189
X 画像検査……190
XI 模型による診査……190
1.模型単独で診査する場合……190
2.模型を咬合器に装着して診査する場合……191
XII 症状誘発テスト……192
1.筋の症状誘発テスト……192
2.顎関節の疼痛テスト……192
10章 収集した情報の評価―診断法/……194
I 診断の手順……194
II 他の疾患との鑑別……195
1.痛み……195
2.運動障害……196
3.耳鳴り,めまい……196
III 顎関節,筋に関する診断(診断1)……197
1.顎関節,筋の鑑別……197
2.顎関節についての診断……199
3.筋についての診断……200
IV 咬合,その他の局所的因子に関する診断(診断2)……204
1.局所的因子となりうる咬合異常……204
2.局所的因子になりうる外力,異常動作,習癖,習慣など……206
3.咬合などの局所的因子と顎関節,筋の所見との関係……206
V 精神心理的,身体的因子に関する診断(診断3)……209
1.精神心理的因子……209
2.身体的因子……211
VI 診断法に関する総括……212
11章 顎機能異常の管理―治療法/……214
I 治療計画……214
1.治療の目的……214
2.治療の原則……215
3.治療において考慮すべき心理学的側面……216
4.治療法の種類……217
5.治療の進め方……221
6.咬合治療の適応……223
II 筋の治療……225
III 顎関節の治療……225
IV スプリント(バイトプレート,バイトプレーン)……226
1.スプリントの種類と適応……227
2.スプリントの作用……229
3.スプリントの製作,調整法……232
4.スプリント使用時の留意点……234
V 咬合調整……236
1.咬合調整の背景……236
2.咬合調整の目的と機能的要件……237
3.適応となる場合……238
4.禁忌となる場合……238
5.咬合に対する考え方と術式の違い……239
6.咬合調整の方法……240
VI 咬合再構成……245
1.咬合再構成の要件……246
2.咬合再構成の手段とその開始時期……246
3.暫間的な修復,補綴治療……247
4.本格的な補綴治療……249
5.咬合位の決定……250
6.咬合平面,咬合彎曲の付与……252
7.咬合接触の付与……253
8.部分床義歯による咬合接触の付与……254
9.経過観察とアフターケア……256
索引……261
1章 顎機能異常と咬合:概説/……1
I 顎機能異常に関する歴史的展望と最近の傾向……1
II 顎機能異常発症に対する寄与因子……3
III 咬合因子に対する考え方……4
IV 発症機序についての一仮説……6
2章 顎機能異常の臨床的特徴/……11
I 痛み……12
1.痛みの部位……12
2.痛みの性質……14
3.下顎運動との関係……15
II 下顎運動の異常……16
1.運動量の異常……16
2.運動性の異常……18
III 関節雑音……19
IV その他の症状……20
V 発現頻度……23
VI 年齢との関係……24
VII 性差……25
VIII 歯科治療との関係……26
3章 顎口腔系の形態と機能/30
I 顎関節……30
1.顎関節の骨構造……31
2.関節包,靭帯……32
3.関節円板とその関連組織……33
4.顎関節の神経支配……35
5.顎関節付近の神経と下顎頭の後方偏位……36
6.顎関節の生体力学的反応……36
7.顎関節に加わる力と下顎頭の偏位……36
II 筋群……37
1.咀嚼筋……37
2.咀嚼筋に関連して働く筋群……39
3.各筋の働き……41
III 神経系……42
1.感覚受容器……42
2.筋活動の調節機構……43
3.上位の中枢……46
IV 下顎運動時の各筋の作用と顎関節の運動……46
1.開口運動……47
2.閉口運動……48
3.前方運動……48
4.後方運動……48
5.側方運動……49
4章 咬合―下顎位,下顎運動,歯の咬合接触/……51
I 下顎位……51
1.咬頭嵌合位……52
2.中心位……56
3.下顎安静位……60
4.咬頭嵌合位の変更(咬合挙上)……62
II 下顎運動……64
1.基本的な運動……64
2.機能的な運動……71
III 歯の咬合接触……74
1.各咬合位における接触関係……74
2.各咬合位における接触部位……78
3.機能時の歯の接触……82
4.咬耗面……83
5.歯列関係……85
5章 頭部,顔面の痛み/93
I 急性,慢性の痛み……93
II 痛みの伝達……93
III 痛みの反応……95
IV 痛みの寄与因子……95
V 痛みの表現……96
VI 痛みの部位……97
VII 痛みの発現に対する考え方……99
1.顎関節の痛み……99
2.筋の痛み……101
3.結合組織からの痛み(浮腫)……107
VIII 他の原因による痛み(鑑別診断のために)……109
6章 下顎運動障害と関節雑音/……116
I 下顎運動障害……116
II 関節雑音……118
7章 顎機能異常の寄与因子としての咬合/……124
I 咬合異常……125
1.咬頭嵌合位の異常……125
2.歯牙接触の異常……128
3.歯列関係の異常……133
II 咬合異常のかかわり方……136
1.機能的な咬合異常……136
2.運動のガイドと咬頭干渉……140
3.咬合異常の影響……143
III 咬合異常の発現……146
1.一次性の咬合異常……146
2.二次性の咬合異常……148
3.人工的な咬合異常……149
8章 異常機能―ブラキシズム/……154
I ブラキシズム……154
1.クレンチング……154
2.グラインディング(狭義のブラキシズム)……155
3.タッピング……155
II ブラキシズムの発現頻度……155
III ブラキシズムの発現……156
IV ブラキシズムの臨床診断基準……158
V ブラキシズムと他の生体現象……158
VI ブラキシズムの発現機序……159
1.ブラキシズムと咬合……160
2.ブラキシズムと精神的ストレス……161
3.ブラキシズム発現に対する考え方……162
VII ブラキシズムの影響……163
1.歯周組織の障害……163
2.咬耗……164
3.筋,顎関節の機能障害……164
VIII その他の異常機能……166
9章 顎機能異常についての情報収集―診査法/……170
I 問診……170
1.問診の要件……171
2.問診の内容……171
3.問診にあたって……173
II 顔面,頭部の視診と挙動の観察……173
III 顎関節,筋群の触診……174
1.触診の方法……175
2.触診に関する問題点……177
3.触診時に注意すべき事項……179
IV 関節雑音の聴診……179
V 下顎位,下顎運動の診査……180
1.咬頭嵌合位……180
2.最大開口と側方偏位……181
3.側方,前方,後方滑走運動……182
VI 下顎運動の記録,測定……183
VII 筋機能の検査……184
VIII 口腔内の一般的診査……185
1.視診と触診……185
2.聴診……187
IX 咬合に関する診査……187
1.咬合関係……187
2.前歯の被蓋関係……187
3.臼歯の被蓋関係……187
4.歯の接触状態……188
5.咬耗の状態……189
X 画像検査……190
XI 模型による診査……190
1.模型単独で診査する場合……190
2.模型を咬合器に装着して診査する場合……191
XII 症状誘発テスト……192
1.筋の症状誘発テスト……192
2.顎関節の疼痛テスト……192
10章 収集した情報の評価―診断法/……194
I 診断の手順……194
II 他の疾患との鑑別……195
1.痛み……195
2.運動障害……196
3.耳鳴り,めまい……196
III 顎関節,筋に関する診断(診断1)……197
1.顎関節,筋の鑑別……197
2.顎関節についての診断……199
3.筋についての診断……200
IV 咬合,その他の局所的因子に関する診断(診断2)……204
1.局所的因子となりうる咬合異常……204
2.局所的因子になりうる外力,異常動作,習癖,習慣など……206
3.咬合などの局所的因子と顎関節,筋の所見との関係……206
V 精神心理的,身体的因子に関する診断(診断3)……209
1.精神心理的因子……209
2.身体的因子……211
VI 診断法に関する総括……212
11章 顎機能異常の管理―治療法/……214
I 治療計画……214
1.治療の目的……214
2.治療の原則……215
3.治療において考慮すべき心理学的側面……216
4.治療法の種類……217
5.治療の進め方……221
6.咬合治療の適応……223
II 筋の治療……225
III 顎関節の治療……225
IV スプリント(バイトプレート,バイトプレーン)……226
1.スプリントの種類と適応……227
2.スプリントの作用……229
3.スプリントの製作,調整法……232
4.スプリント使用時の留意点……234
V 咬合調整……236
1.咬合調整の背景……236
2.咬合調整の目的と機能的要件……237
3.適応となる場合……238
4.禁忌となる場合……238
5.咬合に対する考え方と術式の違い……239
6.咬合調整の方法……240
VI 咬合再構成……245
1.咬合再構成の要件……246
2.咬合再構成の手段とその開始時期……246
3.暫間的な修復,補綴治療……247
4.本格的な補綴治療……249
5.咬合位の決定……250
6.咬合平面,咬合彎曲の付与……252
7.咬合接触の付与……253
8.部分床義歯による咬合接触の付与……254
9.経過観察とアフターケア……256
索引……261