やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 人が生きていくうえで,「口からものを食べる」ということは非常に大切です.「口から食べる」ことができないと,生活の質(QOL)が非常に低くなってしまいます.胃に直接栄養を入れる「胃瘻」でも生きていくことはできますが,食べる楽しみを失ってしまいます.
 一般的に,鳥や爬虫類以下では,口から食べてもほとんどが「丸飲み」です.これらの生物は,ただ「生きるため」だけに食べているのです.私は,摂食とは「食べ物を咀嚼して,味を楽しむこと」,嚥下とは「楽しんだ後の食べ物を,栄養を摂取するために胃のなかに確実に移動させること」ではないかと思っています.
 最近,筋力の衰えによって摂食嚥下機能が低下し,うまく嚥下できず誤嚥性肺炎を起こす高齢者が多くみられます.嚥下の際には,舌骨上筋群が喉頭全体を持ち上げますが,その仕組みは非常に複雑で,いろいろな条件がそろわないと嚥下できません.言い換えると,どこかが欠けると嚥下に失敗するのです.
 食べ物を咀嚼して嚥下する際,肺呼吸をしている動物では常に誤嚥の危険性を伴います.ヒトは咽頭の空間が広いため,特にその危険度が増し,高齢になると危険度はさらに増します.高齢になると喉頭自体が下がり,また筋の衰えから飲み込みにくくなるからです.正常な場合は,気道に異物が入ると「むせる」ことにより排出しようとしますが,高齢者ではこの「むせる」という反射も弱くなります.
 嚥下の仕組みや誤嚥については,これまで多くの書籍で説明されています.しかし,筋の収縮とその動きを3DCGを用いて説明したものは少ないのではないかと思います.我々も,以前に「CGと機能模型でわかる! 摂食・嚥下と誤嚥のメカニズム(2013年)」と「CGと機能模型でわかる! 器官の異常と誤嚥・摂食嚥下のメカニズム(2014年)」の2冊の書籍を発刊しました.この2冊は好評をいただきましたが,時代の流れ,特にパソコンの進化に関しては目を見張るものがあり,これらに対応すべく改良の必要性を感じました.そこで,この2冊の書籍を1冊にまとめ,また新たに,時代に対応できるように,3DCGも改良しました.3DCGは頭頸部の骨・筋の構造や正常な嚥下様式,誤嚥のしくみをわかりやすく理解できるように作成しています.3DCGはデジタルソリューション株式会社の協力で作成したものですが,立体的で非常にわかりやすくできています.本書の内容を理解していただくために,3DCGをダウンロードし,活用いただければ幸いです.また,私の手作り模型を使った講義動画も収録しています.講義で使用している模型は,長年解剖学教育に携わってきて,「このような物があったらいいな……」と思い,作製したものです.
 最後に,本書の企画にご協力いただいた広島大学大学院医系科学研究科の二川浩樹教授,デジタルソリューション株式会社の皆様および医歯薬出版株式会社の皆様に心からの謝意を表します.
 2025年7月
 監修者を代表して 里田隆博
第1章 摂食嚥下に関わる構造
 1 脳頭蓋
     前頭骨
     頭頂骨
     側頭骨
     後頭骨
     蝶形骨
     篩骨
 2 顔面頭蓋
    鼻骨
    涙骨
    鋤骨
    下鼻甲介
    上顎骨
     上顎体
     前頭突起
     歯槽突起
     口蓋突起
     頬骨突起
    口蓋骨
    頬骨
    下顎骨
     下顎体
     下顎枝
    舌骨
    顎関節
 3 口腔の構造
    口腔
     口腔前庭
     固有口腔
    口唇
    頬
    口蓋
     硬口蓋
     軟口蓋
    口腔底
    舌
    歯列
     上顎歯列
     下顎歯列
    唾液腺
 4 鼻腔・副鼻腔の構造
     鼻腔
     副鼻腔
 5 咽頭の構造
 6 喉頭の構造
 7 食道の構造
 8 摂食嚥下に関わる筋群
  顔面表情筋
    口輪筋
    大頬骨筋
    口角挙筋
    頬筋
    口角下制筋
    笑筋
  咀嚼筋
    側頭筋
    咬筋
    外側翼突筋
    内側翼突筋
  舌筋
   (1)外舌筋
    舌骨舌筋
    茎突舌筋
    オトガイ舌筋
   (2)内舌筋
    上縦舌筋
    下縦舌筋
    横舌筋
    垂直舌筋
  口蓋筋
    口蓋帆挙筋
    口蓋帆張筋
    口蓋垂筋
    口蓋咽頭筋
    口蓋舌筋
  舌骨上筋群
    顎二腹筋
    茎突舌骨筋
    顎舌骨筋
    オトガイ舌骨筋
  舌骨下筋群
    胸骨舌骨筋
    肩甲舌骨筋
    胸骨甲状筋
    甲状舌骨筋
  咽頭筋
    上咽頭収縮筋
    中咽頭収縮筋
    下咽頭収縮筋
    茎突咽頭筋
    耳管咽頭筋
  喉頭筋
    輪状甲状筋
    後輪状披裂筋
    外側輪状披裂筋
    甲状披裂筋
    甲状喉頭蓋筋
    斜披裂筋
    横披裂筋
    披裂喉頭蓋筋
第2章 基本的な嚥下様式
 1 指示嚥下(液体嚥下)
    5期モデル
    先行期
    準備期
    口腔期
    咽頭期
    食道期
 2 自由咀嚼嚥下
    プロセスモデル
    Stage I transport
    Processing(咀嚼)
    Stage II transport
    咽頭期以降
第3章 誤嚥とその原因
 1 嚥下前誤嚥
 2 嚥下中誤嚥
 3 嚥下後誤嚥
 4 誤嚥を招く機能の不全
    舌の送り込み不全
    鼻咽腔閉鎖不全
    咽頭収縮不全
    喉頭挙上不全
    食道入口部開大不全
    声門閉鎖不全

 Break time
  鼻腔は何のためにあるか
  副鼻腔
  言葉
  痰
  鼻から牛乳
  咽頭という不思議な空間
  発声と息こらえのメカニズム
  赤ちゃんのおっぱい
  高齢者の嚥下
  高い音と低い音
  歯医者さんのクラウン装着
  咬み合わせと嚥下
  舌の起原
  軟口蓋の筋の変わり者
  呼吸の仕組み
  「むせる」ことの大切さ
  なぜ誤嚥で肺炎?
  消化管は「何でも来い」