やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 歯科衛生士の仕事を始めた1990年から,早いもので33年が経とうとしている.筆者は飽きっぽい性格で,特に努力家タイプでもないため,こんなにも長く歯科衛生士を続けていることを,実は自分自身がいちばん驚いている.以前から「ずっと同じ職業を続けているなんて,歯科衛生士の仕事って楽しいのですか?」と聞かれることが多いが,20代の頃は「この仕事しかできないので」と答えたこともあった.最近では,「歯科衛生士の仕事を続けていると,いろいろな面白い経験をするのですよ」と答えている.
 その“経験”の一つは,この約30年間でめまぐるしく進歩した歯科医療に対して,私たち歯科医療従事者だけでなく,患者さんの考え方も少しずつ変化していったことをリアルタイムで感じたことである.30年前は,歯周病治療やメインテナンスに興味を示される患者さんはさほど多くはなかったように記憶している.しかし現在では,「歯周病の検査をお願いしたいです」「定期検診の予約をしたいです」と患者さんの方から要望されるようになってきた.歯科治療に対する意見や要望を,積極的に患者さんが私達に話してくれる時代に変わってきたのだ.
 患者さんの要望は様々であるが,患者さんが来院されてまず私たちが行うことは「問診」である.治療前に行う診査・診断のための基礎資料収集の一環であるが,問診では主訴や現在の症状,その症状の変化などを問診票と口頭で質問していくが,筆者が新人の頃に問診が上手く取れていたという記憶は一切ない.主訴とその症状を確認することに精一杯で,症状の変化や歯科的既往歴,全身疾患に対しての問診ができていたとは到底思えない.おそらく,先輩や歯科医師がフォローしてくださっていたのだろう.
 その後,どうにか「問診」が取れるようになってくると,患者さんの顔つきや声,ちょっとした仕草の変化などを見ている自分に気がついた.
 「主訴は,奥歯の被せ物が外れた……だけど他の箇所が気になっているのでは?」
 「歯科治療が怖いだけじゃなく,何か心配ごとがあるのかな?」
 など,「言葉にしない何か」を感じ取れるように,自分自身が変化していたのだ.
 そして,大きな勘違いをしていたことにも気がついた.問診は診査・診断のときだけではなく,常に患者さんへの「問いかけ」を繰り返すことが必要ということである.形式的な問診だけではわからなかった「言葉にしない何か」を,診療中の会話の中で患者さんがふとした拍子に「言葉として伝えてくれる」瞬間があるのだ.
 患者さんが抱える全身疾患や口腔内の状況によっては,要望される治療内容を行えないことがあり,治療が中断することもある.本書では,そのような場合にどういった対応を行うのか,またどのような知識が必要なのかについて具体的にまとめた.総論では,「問診とは何を意味するのか?」「問診が上手くなるポイント」「全身疾患別問診のポイント」などを解説し,各論では,歯科治療に制約のある患者さんに対する診査・診断・治療を行う上で必要とされる全身疾患についての問診や,医科との連携,メインテナンス期間中の体調や心境の変化などをいくつかまとめた.
 「問診」にテクニックは必要ではない.必要なのは,口腔内の疾患や全身疾患への知識,そして患者さんの心にグイッと入り込む勇気と,ほんの少しの愛嬌さえあれば,歯科衛生士の経験年数などはあまり関係ない.
 「マニュアルに沿った問診しか取れない」
 「何を話せば患者さんが打ち解けてくれるのだろう」
 「こんな自分が患者さんを担当しても良いのだろうか?」
 と悩んでいる歯科衛生士は多い.きっと私達は,患者さんに必要とされる歯科衛生士として仕事ができるようになったと実感することで,面白く,そして嬉しい経験を積み重ねることができるのだろう.本書がその一助になれれば,これ以上嬉しいことはない.
 最後に,「長きにわたって患者さんを診る」という経験をさせてくださっている,藤本 博院長(ふじもと歯科医院,FCDC主宰),ともにこの環境を作ってくれている当院スタッフ,歯科衛生士の仕事の意味を教えてくださった木原敏裕先生(木原歯科医院院長,CSTPC主宰)ならびにK-projectおよびFCDCの先生がたに深く感謝申し上げます.そして,出版にあたって大変お世話になった医歯薬出版株式会社 矢吹氏ならびに編集スタッフの皆様に御礼申し上げます.
 2022年11月 ふじもと歯科医院 歯科衛生士 松山香代子
総論 問診ってホントに大切!
 1 患者さんにとっての最適・最善な治療とは?
 2 「問診が上手な歯科衛生士」と「問診に時間がかかる歯科衛生士」の違いとは?
 3 まずは「主訴」「現症」「現病歴」「歯科的既往歴」を理解する
 4 患者さんから何を聴いて,何を歯科医師に報告するのか?―全身疾患編
 5 周辺地域の病院を把握しよう
各論
1.膠原病(全身性エリテマトーデス;SLE)の患者さん
 ―10年間,受診したくてもできず,歯周病がかなり進行してしまった症例
2.糖尿病の患者さん
 ―糖尿病治療の難しさと,糖尿病合併症という現実
3.歯周病由来で総義歯になった患者さん
 ―“噛める口腔内”で健康寿命を延ばす!!

 MEMO
  主訴の中にあるホントの気持ち
  ペリオドンタルメディシンとは?
  医科歯科連携の意外な?!効果
  全身性エリテマトーデスとはどんな病気?
  抜歯が優先か? 歯周治療が優先か?
  ステロイド薬への一般的なイメージ
  ステロイド性骨粗鬆症とは?
  メモを残すのは誰のため?
  歯周膿瘍とは?
  糖尿病の基礎知識
  「抜歯する」or「抜歯しない」の判断基準
  低血糖をあなどるな!
  糖尿病患者は感染症にかかりやすい!
  チェアサイドからできる食事指導とは?
  喫煙関連性歯周炎
  抜歯する歯にもSRPを行うの?
  禁煙指導のあれこれ
  メタボリックシンドロームとは?
  メタボの次は「フレイル」を予防!