やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

監修の言葉
食事行為の問題に光をあてる
 摂食嚥下の5期(先行期,準備期,口腔期,咽頭期,食道期)において,まず注視されるのは,咽頭期障害になろうかと思います.誤嚥,窒息は,直接命に関わる問題なので,この時期の障害は見過ごすわけにはいきません.そこで,論点は咽頭機能,あるいは口腔機能を軸に展開されてきました.
 しかし,本書は,あえて先行期に軸を置いています.
 急性期,回復期を経て,生活期(維持期)に至ると,誤嚥の場面から「経口摂取はしているけれども,円滑な食事支援・介護をするためにどうすればよいか」といった問題にシフトしていきます.
 このことは,「早食い」「食べ方の固執」「偏食」「口を開けてくれない」「食事を拒否する」「食物を認識しない」といった口に食物を口に入れる前段の問題,すなわち食行動の問題(先行期障害)です.

応用行動分析に基づいたリハビリテーション─環境面と心理面のアプローチ─
 本書は,3部から構成されています.
 (1)基礎編:どうしてそのような食行動が発生するのかといった精神疾患の理解,および摂食嚥下障害についての知識
 (2)実践編1:応用行動分析に基づいた精神疾患患者の食行動へのアプローチ
 (3)実践編2:身体リハビリテーション,口腔ケア,栄養管理,歯科治療,薬剤管理(薬剤性摂食嚥下障害等)の具体的な手法と役割
 リハビリテーションはICF(国際生活機能分類)の概念に基づき,
 (1)治療的 (2)代償的 (3)環境改善的 (4)心理的 といった四つの側面からアプローチをしますが,本書では応用行動分析の手法に沿って,特に患者をとり巻く環境,そして心理的アプローチについて解説しています.精神疾患は,口腔・咽頭機能はさることながら,むしろ環境や心理が,摂食嚥下に大きな影響を与えるからです.

指南書・座右の書として
 1990年代に入って,日本の摂食嚥下リハビリテーションは黎明期を迎えます.超高齢社会への突入,発達期障害の増加,そして認知症を含めた精神疾患の多様化の波が押し寄せていました.以来,本リハビリテーションの分野は,臨床,研究,および教育に飛躍的な進歩,発展を遂げてきました.
 しかし,高まる摂食嚥下障害の需要に対して,なかなか光があてられないできたのが,「食行動」の問題でした.昔からある新しい問題について,本書は体系的に明らかにし,解決の考え方と技術を提示しています.

 執筆者は,現場の第一線に立ち,百戦錬磨の精鋭である言語聴覚士,管理栄養士,医師,歯科医師等です.
 食事介助,支援が必要とされる方のイメージは,すべて本書に網羅されています.困ったときには指南書として,整理立てたいときは実践書として,是非,手元に置いてください.
 摂食嚥下リハビリテーションに関わる皆様に今役立つことを,確信しています.
 2022年8月
 植田耕一郎


序文
 昨今,摂食嚥下障害への対応や支援にも多様性が求められるようになってきましたが,精神疾患患者の摂食嚥下領域に目を向けると,SDGs(Sustainable Development Goals;持続可能な開発目標)の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」という提言が思い起こされます.精神疾患患者に対する摂食嚥下リハビリテーションのとり組みは,まさにとり残されてきた領域ともいえるかもしれません.精神疾患患者が入院や入所する病院や施設ではリハビリテーション職種の従事率が非常に少ないばかりか,「向精神薬の副作用で進められない」「精神疾患の影響で拒否が強いため介入できない」という理由で患者が摂食嚥下リハビリテーションを受ける機会に恵まれない場合も多いといわれます.また,介入側も精神疾患患者に対する情報の少なさゆえに不安が大きく,躊躇してはいないでしょうか.
 筆者は言語聴覚士として精神疾患患者への摂食嚥下リハビリテーションに関わるようになり,多くの先輩方,先生方にご指導をいただき,摂食嚥下障害の特徴を嚥下機能だけではなく包括的に捉えることによって患者を支援してきました.特に摂食嚥下障害に関しては,咽頭期より前の段階である先行期,準備期,口腔期の食行動への知見を深くすることが有用であったと感じています.
 こうしたことを踏まえ,本書は精神疾患患者の症状を応用行動分析の視点を用いてわかりやすく段階をつけてまとめました.患者の症状を実際の「困りごと」として挙げ,それらを改善する方向へ導いていく方法について解説しています.精神疾患のある患者の摂食嚥下リハビリテーションや支援介入の実際を,手順を踏まえながら解説し,実際の現場で用いやすいようにフローチャートをつけているので,是非現場で活用していただきたいと思います.
 摂食嚥下についての基本的な概要や評価とリハビリテーションの流れと方策については基礎編としてとり上げました.既に基礎的知識のある方にとっても,復習のためのまとめ,あるいは現場での情報伝達のツールとなれば幸いです.
 本書は,実際に精神疾患患者の摂食嚥下障害に関わっている専門家が図などを多くとり入れて丁寧に解説しています.精神疾患の医学的な最新知見に関しては宮田久嗣先生にお願いし,精神疾患患者を全人的に受け止める医療者代表として平川淳一先生からご提言をいただきました.
 そして監修は,筆者の恩師である植田耕一郎先生がご快諾くださいました.もとより植田先生に指導を請うたメンバーが本書の中心となっており,平川病院でも摂食嚥下チームで連携して臨床を行っています.深い情熱で患者や家族を包みこんでいく姿勢が精神疾患患者の摂食嚥下リハビリテーションにおいても重要であることを,本書の編集を機に改めて心に留めた次第です.ともに編集した上薗氏と亀井氏はいうまでもなく,本書を企画時から支えてくださった医歯薬出版株式会社,関係各位にも心から感謝しています.
 本書が,精神疾患患者のみならず摂食嚥下障害のリハビリテーションに携わる医療従事者とケア従事者の不安を少しでもとり除くものになるようにとの期待の念は尽きません.そして,精神疾患患者への摂食嚥下リハビリテーションのとり組みが普遍的(ユニバーサル)なものになる契機の一つになれば幸いです.
 すべての人に食べる喜びと生きる楽しみをと願いながら.感謝を込めて.
 2022年8月
 編著者代表 石山寿子
 監修の言葉(植田耕一郎)
 序文(石山寿子)
基礎編 精神疾患患者の食の問題に関する基本知識
 1.精神科医療とは(平川淳一)
  1―精神疾患とは
  2―精神科医療の歴史
  3―精神科診療の実際
  4―精神科医療の知識の必要性
  5―終わりに
 2.各種精神疾患の分類(病態別症状)(石山寿子)
  1―精神疾患の分類
  2―精神疾患による摂食嚥下機能の特徴
 3.摂食嚥下機能と摂食嚥下障害の基礎(平井皓之)
  1―摂食嚥下モデル
  2―摂食嚥下障害とは
 4.摂食嚥下リハビリテーションの基礎(流れ)(亀井 編)
  1―はじめに
  2―評価
  3―分析と統合
  4―目標設定
  5―実施
 5.スクリーニングテスト・検査(平井皓之)
  1―スクリーニングテスト
  2―おもな嚥下機能検査
  3―精神疾患患者への適用
 6.精神疾患患者に使用できる食行動と嚥下機能の評価法(石山寿子)
  1―はじめに
  2―精神症状かせん妄か
  3―行動観察による評価か直接評価か
  4―行動観察でみるべき視点
  5―精神疾患患者の食支援に用いる評価について
  6―精神科病院で試案している摂食嚥下スクリーニング
 読み物 精神科病院での言語聴覚部門新設のとり組みを振り返って(吉澤恭代)
実践編1 応用行動分析に基づいた食の問題への対応
 1.プロトコルの作成(上薗紗映)
  1―応用行動分析の活用
  2―実際のプロトコル作成に必要な手順と情報
  3―医療従事者が行動分析をする意義
 2.機能と精神状況の統合および治療方針の作成(石山寿子)
  1―導入方法
  2―精神疾患の影響
  3―安全で効率よい食事を支えるための基本
  4―食べ方(介助方法)について
  5―精神疾患患者への摂食嚥下リハビリテーション
  6―精神疾患患者の摂食嚥下障害を支援する際に忘れてはならないこと
 3.アプローチの考え方(石山寿子,亀井 編)
  1―支援の原則
  2―応用行動分析の流れ
  3―「困りごと」の四つの分野とそれぞれのリスクについて
 4.症状に応じたステップごとの対応 早食い系(1)「早食い」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 5.症状に応じたステップごとの対応 早食い系(2)「噛まない・噛めない」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 6.症状に応じたステップごとの対応 早食い系(3)「異食」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 7.症状に応じたステップごとの対応 こだわり系(1)「食べ方の固執」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 8.症状に応じたステップごとの対応 こだわり系(2)「偏食」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 9.症状に応じたステップごとの対応 こだわり系(3)「食事制限への不満」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 10.症状に応じたステップごとの対応 拒否系(1)「口を開けない」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 11.症状に応じたステップごとの対応 拒否系(2)「ため込む」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 12.症状に応じたステップごとの対応 拒否系(3)「吐き出す」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 13.症状に応じたステップごとの対応 拒否系(4)「拒否」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 14.症状に応じたステップごとの対応 反応低下系(1)「意識レベルが低い」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 15.症状に応じたステップごとの対応 反応低下系(2)「食事を認識しない」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
 16.症状に応じたステップごとの対応 反応低下系(3)「注意がそれる」(石山寿子,亀井 編)
  1―ステップ1 困りごとの言語化
  2―ステップ2 原因を推察
  3―ステップ3 応用行動分析の対象になるか判断
  4―ステップ4(1) 応用行動分析だけでなく多職種連携も必要な場合
  5―ステップ4(2) 応用行動分析の対象となる場合
実践編2 実践アプローチの基盤
 1.摂食嚥下障害に有効な身体リハビリテーション(上薗紗映)
  1―はじめに
  2―精神疾患のある患者の身体機能等の特徴
  3―運動療法の効用
 2.精神科領域における栄養管理(田中康之)
  1―精神科領域における栄養障害
  2―栄養管理の目的とは
  3―栄養管理プロセス
  4―高齢患者の栄養管理におけるピットフォール
  5―低栄養状態の摂食嚥下障害患者における食事の工夫
 3.精神疾患患者の歯科治療(伊藤光代)
  1―精神疾患患者の口腔内の特徴と現状
  2―精神疾患患者へ実際の対応
 4.精神疾患患者の口腔ケア(平井みつよ)
  1―精神疾患患者における口腔ケア
  2―精神疾患患者の口腔内の特徴
  3―口腔ケアの目的と効果
  4―口腔ケアの方法
  5―口腔ケアへの意識づけ向上のための職員研修
 5.精神疾患の服薬(副作用含む)(宮田久嗣)
  1―嚥下と精神科の治療薬
  2―精神科の治療薬と嚥下機能のおよぼす影響
  3―薬剤性嚥下障害の治療

 資料
 索引