はじめに
1.口腔ケアの効果とリスク
本書出版の目的は,「水を使わない口腔ケア」を広く社会に伝えることです.「水を使わない口腔ケア」とは,口腔ケア時の洗浄水の誤嚥を予防し,口腔ケアの安全性,有効性や効率を向上させた,新しく画期的な口腔ケアの手法です.
高齢者のQOLのもとである「食」を守る口腔機能の維持・向上は,きわめて重要な意義をもちます.継続的な口腔ケアを行うことで,誤嚥性肺炎1)や低栄養の予防2)ができることも報告され,口腔ケアは単に口腔衛生としての予防的手段ではなく,高齢者のQOLの維持・向上や全身疾患の改善,健康増進に向けた医療の一環と考えられるようになりました.その結果,病院,施設,看護や介護の現場でも口腔ケアが重要視されるようになりました.しかし,口腔ケアにより誤嚥性肺炎が予防できるという報告がある一方で,口腔ケア時に口腔内細菌を拡散させ,それを誤嚥することで口腔内の肺炎起炎菌が気管や肺に流れ込み医原性の誤嚥性肺炎を誘発することも指摘されています.
咳反射や嚥下機能が低下している要介護高齢者に対する口腔ケアは,常に誤嚥のリスクを伴います.口腔ケアの方法は施設や術者によりさまざまですが,特に水を使って口腔内を洗浄する口腔ケアの方法では肺炎起炎菌を含む洗浄水を誤嚥させるリスクがあります.口腔ケア時のインシデントも複数報告されており,口腔ケア中の死亡事例の報告や口腔ケア直後の死亡事故が訴訟となり,医療提供側が敗訴した事例もあります3).このように,口腔ケアは決して安全な処置とはいえず,リスク管理が十分に必要な処置といえます.
2.水を使わずに口腔内を洗う
口腔ケア時の洗浄水の誤嚥を予防することは,医原性の誤嚥性肺炎の発症予防につながります.このような背景のもと,誤嚥のリスクがある要介護高齢者に対して行う口腔ケアの手技を見直し,水の代わりに粘性のあるジェルを用いることで,口腔ケア時の洗浄水の誤嚥を軽減できると考え,口腔ケア時に口腔保湿剤が応用されてきました.国立長寿医療研究センターでも歯科医師・歯科衛生士が行う専門的口腔ケアは,洗浄水の代わりに口腔保湿剤を使用していました.これは,洗浄水で口腔内を洗い流す方法と比較すると,誤嚥リスクを大幅に低下させ,口腔ケアで除去された汚染物の咽頭への落下を予防することが可能です.私たちは,本手法をジェルの使用だけでなく吸引も併用することでさらに発展させ,誤嚥リスクがある高齢者に対して,安全に口腔ケアを実施するために「水を使わない口腔ケア」という方法を考案しました.
使用していたジェルは口腔保湿剤を応用していたため,国立長寿医療研究センターでは口腔ケア時の使用に特化した口腔ケア専用ジェルとして「お口を洗うジェル」(日本歯科薬品(株))を開発・製品化しました.当院の入院患者における口腔ケアでも,歯科衛生士だけでなく看護師や言語聴覚士も毎日使用しています.さらに,吸引器に接続した吸引管を併用することで,スポンジブラシや歯ブラシで細菌を遊離させてすぐに口腔外へ除去することが可能です.このジェルと口腔ケア用吸引管の使用が「水を使わない口腔ケア」の大きな特徴です.口腔ケア時に常に吸引を併用することで,歯磨き等で歯や粘膜より遊離した汚染物が咽頭へ送り込まれることを防ぎます.国立長寿医療研究センターでは口腔ケア用吸引管(日本歯科薬品(株))を開発・製品化し,現在発売されています.
以上のように,肺炎起炎菌を効率的に口腔外へ排出することで医原性の誤嚥性肺炎の予防において効果の高い手技となっています.
本書は,誤嚥リスクがある高齢者へ安全に口腔ケアを行うための「水を使わない口腔ケア」の具体的な方法,必要器具,よくある質問(Q & A)についてわかりやすく解説し,さらに動画をつけることで「水を使わない口腔ケア」の実際を伝えたいと考え執筆しました.「水を使わない口腔ケア」が普及し,口腔ケアが安全に効率的に実施され,疾患の予防につながることを祈念しています.
2022年2月
角 保徳
文献
1)Yoneyama T,Yoshida M,Matsui T,et al.:Oral care and pneumonia.Lancet,354:515,1999.
2)Sumi Y,Ozawa N,Miura H,Michiwaki Y,Umemura O:Oral care help to maintain nutritional status in frail older people.Arch Gerontol Geriatr,51:125-128,2010.
3)角 保徳:口腔ケア時の手技・モニター観察注意義務.医療判例解説,29:126-130,2010.
1.口腔ケアの効果とリスク
本書出版の目的は,「水を使わない口腔ケア」を広く社会に伝えることです.「水を使わない口腔ケア」とは,口腔ケア時の洗浄水の誤嚥を予防し,口腔ケアの安全性,有効性や効率を向上させた,新しく画期的な口腔ケアの手法です.
高齢者のQOLのもとである「食」を守る口腔機能の維持・向上は,きわめて重要な意義をもちます.継続的な口腔ケアを行うことで,誤嚥性肺炎1)や低栄養の予防2)ができることも報告され,口腔ケアは単に口腔衛生としての予防的手段ではなく,高齢者のQOLの維持・向上や全身疾患の改善,健康増進に向けた医療の一環と考えられるようになりました.その結果,病院,施設,看護や介護の現場でも口腔ケアが重要視されるようになりました.しかし,口腔ケアにより誤嚥性肺炎が予防できるという報告がある一方で,口腔ケア時に口腔内細菌を拡散させ,それを誤嚥することで口腔内の肺炎起炎菌が気管や肺に流れ込み医原性の誤嚥性肺炎を誘発することも指摘されています.
咳反射や嚥下機能が低下している要介護高齢者に対する口腔ケアは,常に誤嚥のリスクを伴います.口腔ケアの方法は施設や術者によりさまざまですが,特に水を使って口腔内を洗浄する口腔ケアの方法では肺炎起炎菌を含む洗浄水を誤嚥させるリスクがあります.口腔ケア時のインシデントも複数報告されており,口腔ケア中の死亡事例の報告や口腔ケア直後の死亡事故が訴訟となり,医療提供側が敗訴した事例もあります3).このように,口腔ケアは決して安全な処置とはいえず,リスク管理が十分に必要な処置といえます.
2.水を使わずに口腔内を洗う
口腔ケア時の洗浄水の誤嚥を予防することは,医原性の誤嚥性肺炎の発症予防につながります.このような背景のもと,誤嚥のリスクがある要介護高齢者に対して行う口腔ケアの手技を見直し,水の代わりに粘性のあるジェルを用いることで,口腔ケア時の洗浄水の誤嚥を軽減できると考え,口腔ケア時に口腔保湿剤が応用されてきました.国立長寿医療研究センターでも歯科医師・歯科衛生士が行う専門的口腔ケアは,洗浄水の代わりに口腔保湿剤を使用していました.これは,洗浄水で口腔内を洗い流す方法と比較すると,誤嚥リスクを大幅に低下させ,口腔ケアで除去された汚染物の咽頭への落下を予防することが可能です.私たちは,本手法をジェルの使用だけでなく吸引も併用することでさらに発展させ,誤嚥リスクがある高齢者に対して,安全に口腔ケアを実施するために「水を使わない口腔ケア」という方法を考案しました.
使用していたジェルは口腔保湿剤を応用していたため,国立長寿医療研究センターでは口腔ケア時の使用に特化した口腔ケア専用ジェルとして「お口を洗うジェル」(日本歯科薬品(株))を開発・製品化しました.当院の入院患者における口腔ケアでも,歯科衛生士だけでなく看護師や言語聴覚士も毎日使用しています.さらに,吸引器に接続した吸引管を併用することで,スポンジブラシや歯ブラシで細菌を遊離させてすぐに口腔外へ除去することが可能です.このジェルと口腔ケア用吸引管の使用が「水を使わない口腔ケア」の大きな特徴です.口腔ケア時に常に吸引を併用することで,歯磨き等で歯や粘膜より遊離した汚染物が咽頭へ送り込まれることを防ぎます.国立長寿医療研究センターでは口腔ケア用吸引管(日本歯科薬品(株))を開発・製品化し,現在発売されています.
以上のように,肺炎起炎菌を効率的に口腔外へ排出することで医原性の誤嚥性肺炎の予防において効果の高い手技となっています.
本書は,誤嚥リスクがある高齢者へ安全に口腔ケアを行うための「水を使わない口腔ケア」の具体的な方法,必要器具,よくある質問(Q & A)についてわかりやすく解説し,さらに動画をつけることで「水を使わない口腔ケア」の実際を伝えたいと考え執筆しました.「水を使わない口腔ケア」が普及し,口腔ケアが安全に効率的に実施され,疾患の予防につながることを祈念しています.
2022年2月
角 保徳
文献
1)Yoneyama T,Yoshida M,Matsui T,et al.:Oral care and pneumonia.Lancet,354:515,1999.
2)Sumi Y,Ozawa N,Miura H,Michiwaki Y,Umemura O:Oral care help to maintain nutritional status in frail older people.Arch Gerontol Geriatr,51:125-128,2010.
3)角 保徳:口腔ケア時の手技・モニター観察注意義務.医療判例解説,29:126-130,2010.
はじめに(角 保徳)
水を使わない口腔ケアの臨床
1 新しい口腔ケアの分類(角 保徳)
1.以前の口腔ケアの分類と普及方法
2.新しい口腔ケアの分類が必要な背景
3.最新の口腔ケアの分類
2 「水を使わない口腔ケア」の開発の背景(角 保徳)
1.口腔ケアによる誤嚥性肺炎
2.口腔ケア時の誤嚥を予防する「水を使わない口腔ケア」の開発
3 口腔ケアの必要性(角 保徳)
1.要介護高齢者の口腔状況
2.口腔ケアの重要性
3.口腔ケアによる誤嚥性肺炎の予防
4 「水を使わない口腔ケア」の手技とポイント(守谷恵未)
Step 1 要介護高齢者の全身状態の確認
Step 2 適切な体位の選択
Step 3 口唇周囲の消毒
Step 4 口唇を保湿
Step 5 口角鉤を装着
Step 6 粘性の痰や剥離上皮,食渣などを可能な範囲で吸引管で回収
Step 7 ジェルを口腔内全体に塗布する
Step 8 残存歯の歯磨き
Step 9 粘膜に付着した痰や剥離上皮の除去
Step 10 スポンジブラシで清拭
Step 11 口角鉤を外し,頬粘膜を清拭,保湿
Step 12 口唇周囲をガーゼで拭く
5 「水を使わない口腔ケア」に必要な器具(守谷恵未)
1.ヘッドライト
2.吸引器
3.口腔ケア用吸引管
4.口腔ケア専用ジェル
5.口角鉤
6.スポンジブラシ
7.歯ブラシ
8.歯間ブラシ
9.軟毛歯ブラシ
当科の口腔ケア専用カートを紹介
6 「水を使わない口腔ケア」に関するQ&A(中野有生)
1.口腔ケアの手技
2.口腔ケアの器具(口角鉤)
3.口腔ケアの器具(吸引管)
4.口腔ケアの器具(スポンジブラシ・歯ブラシ)
5.症状別の口腔ケア方法
6.その他
7 困った症例
症例 1 口腔内出血がある患者への口腔ケア(守谷恵未)
症例 2 重度の口腔乾燥を伴う患者への口腔ケア(守谷恵未)
症例 3 急性偽膜性口腔カンジダ症を発症した患者の口腔ケア方法(中野有生)
症例 4 ウイルス性口唇炎や口内炎を発症した患者への口腔ケア(守谷恵未)
症例 5 舌苔が多い患者への口腔ケア(中野有生)
症例 6 唾液分泌が多い患者への口腔ケア(中野有生)
症例 7 開口(保持)困難な症例への対応方法(守谷恵未)
症例 8 マスク式人工呼吸器を装着した患者(守谷恵未)
症例 9 オーラルジスキネジアが認められる患者への口腔ケア(中野有生)
症例10 動揺歯がある患者の口腔ケア方法(中野有生)
8 近隣の歯科医院による訪問診療(西田泰大)
1.口腔の役割
2.要介護高齢者の口腔内の状態
3.口腔ケアによる感染源の除去と機能の回復
4.経口摂取していない方への口腔ケア
5.要介護高齢者の「水を使わない口腔ケア」
6.訪問診療の姿勢
7.在宅における「水を使わない口腔ケア」
8.施設での「水を使わない口腔ケア」
9.地域における医療連携
9 動画で学ぶ「水を使わない口腔ケア」(羽田穂香・守谷恵未)
1.「水を使わない口腔ケア」の手順
2.口角鉤の装着方法
3.歯磨きのポイント
4.痰や剥離上皮除去のポイント
5.さまざまな開口手技を取り入れた「水を使わない口腔ケア」
TOPICS 「水を使わない口腔ケア」に関わる医療機器・材料の開発(角 保徳)
口腔ケアのための基礎知識
1 超高齢社会の到来と医療の変革(角 保徳)
1.超高齢社会の到来
2.超高齢社会の医療の変革
3.変わっていく歯科医療
4.高齢者歯科医療費の増加と停滞する歯科医療費
5.歯科医師教育の改革を
6.卒後研修の中核としての病院歯科の整備拡充を
2 医療従事者に知ってほしい口腔の知識
1.口腔と全身疾患の密接な関係─口腔管理は4大疾患の予防の一つ(角 保徳)
2.自分の全身疾患を予防する,医療従事者自身の口腔管理(角 保徳)
3.薬物治療の副作用としての口腔症状(角 保徳)
4.周術期等口腔機能管理(三橋あい子)
索引
水を使わない口腔ケアの臨床
1 新しい口腔ケアの分類(角 保徳)
1.以前の口腔ケアの分類と普及方法
2.新しい口腔ケアの分類が必要な背景
3.最新の口腔ケアの分類
2 「水を使わない口腔ケア」の開発の背景(角 保徳)
1.口腔ケアによる誤嚥性肺炎
2.口腔ケア時の誤嚥を予防する「水を使わない口腔ケア」の開発
3 口腔ケアの必要性(角 保徳)
1.要介護高齢者の口腔状況
2.口腔ケアの重要性
3.口腔ケアによる誤嚥性肺炎の予防
4 「水を使わない口腔ケア」の手技とポイント(守谷恵未)
Step 1 要介護高齢者の全身状態の確認
Step 2 適切な体位の選択
Step 3 口唇周囲の消毒
Step 4 口唇を保湿
Step 5 口角鉤を装着
Step 6 粘性の痰や剥離上皮,食渣などを可能な範囲で吸引管で回収
Step 7 ジェルを口腔内全体に塗布する
Step 8 残存歯の歯磨き
Step 9 粘膜に付着した痰や剥離上皮の除去
Step 10 スポンジブラシで清拭
Step 11 口角鉤を外し,頬粘膜を清拭,保湿
Step 12 口唇周囲をガーゼで拭く
5 「水を使わない口腔ケア」に必要な器具(守谷恵未)
1.ヘッドライト
2.吸引器
3.口腔ケア用吸引管
4.口腔ケア専用ジェル
5.口角鉤
6.スポンジブラシ
7.歯ブラシ
8.歯間ブラシ
9.軟毛歯ブラシ
当科の口腔ケア専用カートを紹介
6 「水を使わない口腔ケア」に関するQ&A(中野有生)
1.口腔ケアの手技
2.口腔ケアの器具(口角鉤)
3.口腔ケアの器具(吸引管)
4.口腔ケアの器具(スポンジブラシ・歯ブラシ)
5.症状別の口腔ケア方法
6.その他
7 困った症例
症例 1 口腔内出血がある患者への口腔ケア(守谷恵未)
症例 2 重度の口腔乾燥を伴う患者への口腔ケア(守谷恵未)
症例 3 急性偽膜性口腔カンジダ症を発症した患者の口腔ケア方法(中野有生)
症例 4 ウイルス性口唇炎や口内炎を発症した患者への口腔ケア(守谷恵未)
症例 5 舌苔が多い患者への口腔ケア(中野有生)
症例 6 唾液分泌が多い患者への口腔ケア(中野有生)
症例 7 開口(保持)困難な症例への対応方法(守谷恵未)
症例 8 マスク式人工呼吸器を装着した患者(守谷恵未)
症例 9 オーラルジスキネジアが認められる患者への口腔ケア(中野有生)
症例10 動揺歯がある患者の口腔ケア方法(中野有生)
8 近隣の歯科医院による訪問診療(西田泰大)
1.口腔の役割
2.要介護高齢者の口腔内の状態
3.口腔ケアによる感染源の除去と機能の回復
4.経口摂取していない方への口腔ケア
5.要介護高齢者の「水を使わない口腔ケア」
6.訪問診療の姿勢
7.在宅における「水を使わない口腔ケア」
8.施設での「水を使わない口腔ケア」
9.地域における医療連携
9 動画で学ぶ「水を使わない口腔ケア」(羽田穂香・守谷恵未)
1.「水を使わない口腔ケア」の手順
2.口角鉤の装着方法
3.歯磨きのポイント
4.痰や剥離上皮除去のポイント
5.さまざまな開口手技を取り入れた「水を使わない口腔ケア」
TOPICS 「水を使わない口腔ケア」に関わる医療機器・材料の開発(角 保徳)
口腔ケアのための基礎知識
1 超高齢社会の到来と医療の変革(角 保徳)
1.超高齢社会の到来
2.超高齢社会の医療の変革
3.変わっていく歯科医療
4.高齢者歯科医療費の増加と停滞する歯科医療費
5.歯科医師教育の改革を
6.卒後研修の中核としての病院歯科の整備拡充を
2 医療従事者に知ってほしい口腔の知識
1.口腔と全身疾患の密接な関係─口腔管理は4大疾患の予防の一つ(角 保徳)
2.自分の全身疾患を予防する,医療従事者自身の口腔管理(角 保徳)
3.薬物治療の副作用としての口腔症状(角 保徳)
4.周術期等口腔機能管理(三橋あい子)
索引














