やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 補綴臨床は種々の技術の集合から成り立っている.クラウン・ブリッジであれば,生体の組織の中で最も硬い歯を自在に支台歯形成して,10μm単位の精度で製作した補綴装置を口腔内に装着し,対合歯と滑らかな機能を営ませなくてはいけない.また可撤性床義歯であれば,長期間にわたる義歯の動揺が,支台歯の歯周組織に害を及ぼさない構造体を製作する知識と技術が必要である.
 よく「技術は盗め」と言われる.大工さんや職人さんは,親方やベテラン職人の仕事ぶりを見ながら技術を盗むイメージがある.われわれ医療関係者も同様である.
 先輩や同僚と臨床・症例について話してみることで,耳からも技術が得られるものだ.個人で学ぶことができることは限られている.他の人と話すことで,自分とは違った視点や知識を得ることができる.これら臨床技術的なヒントを自ら実践することによって「自家薬籠中の物」にすることができる.
 ところで咬合についての知識と技術は,製作する補綴装置がなんであってもその基本は同じである.本書には教科書に書かれていない咬合に関する臨床技術が記してある.これらの大半は著者が若かりし頃,先輩の臨床の手伝いをして得た技術・知識,先輩・同僚と症例について,手技について雑談を交わしながら得た耳学問知識や技術情報を,ここに集積したものである.さらに指導者となってからは,治療中に若手医局員に発する技術アドバイスなどを集め,加筆してきた.
 どれも著者自身が実際に臨床で使用して,大変に有効であったテクニックばかりである.
 さらに本書でも,長年にわたり新潟大学で研究・臨床を共にしてきた金田 恒博士が共著者となってくださり,彼女の知識に裏付けされたスケッチ力によって素晴らしい説明画を描いてくださった.写真よりも注目点が明確になっており,読者諸氏には理解を深めるのに大いに役立ってくれるものと思う.
 本書の中には,臨床技術の背景となるエビデンスについて,拙書「咀嚼機能を支える臨床咬合論─欠損補綴とインプラントのために―」および「Cr─Br咬合のルーツ〜Gnathologyと対峙した石原咬合論・顆頭安定位と全運動軸〜」を参照してもらいたい箇所も明記しておいた.そちらについて目を通していただくと幸いである.
 2015年10月
 河野正司
 序
I 咬合診査は歯列全体に
 1.咬合は上下顎歯列の,左右両側を含めて観察する
  1)若手歯科医がこんな症例を経験していた
  2)この症例の経過を考えてみる
 2.スプリント治療の原理
  1)補綴側にみられる症状
  2)非補綴側にみられる症状
  3)スプリント装着すると
II 咬合調整のテクニック
 1.咬合の三要素の感度と診査の順序
  1)咬合が最も敏感
  2)顎関節と筋の診査
 2.診査の基本原則
  1)咬合の早期接触の診査にあたって
  2)咀嚼筋の診査について
  3)顎関節の下顎頭診査について
 3.咬合紙による咬合接触の診査法の要点
  1)咬頭嵌合位における診査
  2)偏心位における診査
 4.咬合調整法の要点
  1)咬頭嵌合位における咬合調整
  2)偏心位における咬合調整
III 中心咬合位の定め方
 1.中心咬合位の診査と診断
  1)安定しない中心咬合位を発見する
   (1)安定しない咬合接触
   (2)安定な欠損歯列と不安定な欠損歯列
  2)スプリントを使用した下顎位の検査・治療
   (1)顎機能症状の訴え
   (2)なぜスプリント治療なのか?
 2.まず咬合高径を定める
  1)咬合高径と顔貌
  2)下顎安静位から咬合高径を求める
 3.中心咬合位は下顎後退位ではない
 4.顆頭安定位とは
 5.中心咬合位の下顎頭位「顆頭安定位」の求め方
  1)頭位,速度,開口量でタッピング運動経路が変化
  2)「顆頭安定位」の臨床的な決定法
IV ゴシックアーチ描記法
 1.ゴシックアーチは下顎位決定の道具
  1)口内法と口外法とがある
  2)まず咬合高径を定めてから描記する
 2.ゴシックアーチを描記する下顎運動
  1)ゴシックアーチ描記による下顎位の決定法の原理
  2)口内法でゴシックアーチを描いてみる
 3.無歯顎における描記装置と描記法
  1)咬合高径と咬合平面の決定
  2)描記装置の製作
 4.有歯顎における描記法
  1)描記装置の製作
  2)描記針の設置
 5.描けるゴシックアーチ
  1)描記針が下顎に,描記板が上顎にある場合
  2)描記針が上顎に,描記板が下顎にある場合
 6.ゴシックアーチを利用した咬合採得法
  1)総義歯における咬合採得法
  2)有歯顎欠損症例の場合
  3)comfort test(快適性テスト)とは?
Column
 1 インプラント支持機構と咬合調整
  1.インプラント支持機構の特徴
   1)インプラントの変位の様相
   2)インプラントの荷重-変位曲線
  2.インプラント体と咬合調整
   1)咬頭嵌合位の咬合調整について
   2)側方位における咬合調整について
 2 顎機能症状のスプリント治療
  1.なぜスプリント治療なのか?
  2.スプリントによる下顎頭位の修正法
 3 側方滑走運動の様相
  1.顎関節の運動学的特徴
  2.下顎頭の動きとフィッシャー角
 4 下顎位と下顎頭運動の関係
  1.下顎頭の最前方位は下顎の最前方位ではない
  2.中心咬合位では下顎頭は関節窩内にある
  3.咬合挙上で下顎は前方へ移動する
  4.ヒトはなぜ大開口できるのか?
 5 下顎頭位の小史
  1.Cr-Br咬合を舞台に立たせたGnathology
   1)中心位とGnathology
   2)ゆらぐ中心位
  2.顆頭安定位の出現
  3.中心咬合位の下顎頭位は
   1)中心咬合位は後退位ではない
   2)顆頭安定位が生体にとって適当
  4.顆頭安定位の臨床診断法
 6 歯のガイドと咬合
  1.ガイドと咬合様式の関係
   1)種々な咬合様式
   2)天然歯列にみられる歯のガイド
  2.補綴装置へ付与する歯のガイド
   1)原則は犬歯ガイド
   2)小臼歯までのグループファンクションであれば許容
   3)グループファンクションの付与には「歯のガイド」が重要
   4)歯のガイドの咬合器トランスファー

 索引