本書の発刊にあたって
顎関節症の治療でお困りの先生方から,よく患者さんの紹介を受けます.同じように治療しているのに,改善する患者さんと改善しない患者さんとがいて,どうしてそのような違いが起こったのかわからない,とおっしゃいます.
われわれも,昔はそうでした.症型分類が同じ,症状も全く同じなのに,ある患者さんはスプリントで症状が良くなり,別の患者さんは同じタイプのスプリントを入れても良くならない,という現象がしばしばみられたのです.先輩にその原因を尋ねると,「それはおまえの腕が未熟でスプリントがきちんと作製できていないからだ」と,簡単にあしらわれたものでした.
そこで欧米の参考書を買い求め,スプリントの形態,咬合調整の方法,あるいはオーラルリハビリテーションの技法などを勉強して患者治療に応用しました.しかし,それでも症状が改善する患者さんの割合が増えることはありませんでした.このような顎関節症治療の不確実さはその後もずっと続いており,一般開業医の先生方からは「顎関節症はよくわからない」という声をしばしば聞きます.この原因は「顎関節症が咬合の悪さから始まる」と考えたところに端を発していると思われます.
現在,保険診療で適用可能なスプリントや咬合調整による治療は,半世紀前に咬合の不良が原因であると考えられて始まったものですが,顎関節症の病因論は大きく変化し,当時の「咬合病因論」を今も信じている顎関節症の研究者はいません.むしろ,顎関節症の病因は特定が困難で,個々の患者に多くの要因があると考える「多因子病因論」が主流になっています.咬合要因も多くの要因のなかの一つであり,たとえ咬合の改善だけを行っても,他の要因が大きければ症状が改善しないのは当たり前とも言えます.
咬合の安定化を目的として,スプリントを限定的に用いるならよいのですが,咬合調整や歯列矯正,補綴処置による咬合改善治療は試行錯誤的に進めるしかなく,また効果がなかったときに元に戻すことができない,いわば賭けのような治療とも言えるのです.ましてや,矯正治療や大規模な補綴治療を行っても症状が改善しない場合,医療トラブルに発展することは必至です.このような背景から,欧米では,顎関節症治療にはたとえ効果が大きくなくとも可逆的な治療手段を用いるべきで,不可逆的な方法は極力避けるべきであると提言されています.
ただ,これまで行われてきた安静療法,湿布,マッサージ,鎮痛薬,それにスプリント等の可逆的治療(保存治療)は,ご存じのように症状改善効果はそれほど大きくありません.そこで本書では,可逆的治療でありながら効果の大きい新しい治療方法を提案します.当顎関節治療部では,本書に提案した治療法により患者さん一人ひとりの通院期間が短縮され,年間3,000名近い顎関節症初診患者の治療が可能になっています.
本書をお読みいただき,これまでとは違った治療効果を体験していただけたら,筆者らにとってこれにまさる喜びはありません.
2013年7月
東京医科歯科大学歯学部附属病院顎関節治療部部長 木野孔司
顎関節症の治療でお困りの先生方から,よく患者さんの紹介を受けます.同じように治療しているのに,改善する患者さんと改善しない患者さんとがいて,どうしてそのような違いが起こったのかわからない,とおっしゃいます.
われわれも,昔はそうでした.症型分類が同じ,症状も全く同じなのに,ある患者さんはスプリントで症状が良くなり,別の患者さんは同じタイプのスプリントを入れても良くならない,という現象がしばしばみられたのです.先輩にその原因を尋ねると,「それはおまえの腕が未熟でスプリントがきちんと作製できていないからだ」と,簡単にあしらわれたものでした.
そこで欧米の参考書を買い求め,スプリントの形態,咬合調整の方法,あるいはオーラルリハビリテーションの技法などを勉強して患者治療に応用しました.しかし,それでも症状が改善する患者さんの割合が増えることはありませんでした.このような顎関節症治療の不確実さはその後もずっと続いており,一般開業医の先生方からは「顎関節症はよくわからない」という声をしばしば聞きます.この原因は「顎関節症が咬合の悪さから始まる」と考えたところに端を発していると思われます.
現在,保険診療で適用可能なスプリントや咬合調整による治療は,半世紀前に咬合の不良が原因であると考えられて始まったものですが,顎関節症の病因論は大きく変化し,当時の「咬合病因論」を今も信じている顎関節症の研究者はいません.むしろ,顎関節症の病因は特定が困難で,個々の患者に多くの要因があると考える「多因子病因論」が主流になっています.咬合要因も多くの要因のなかの一つであり,たとえ咬合の改善だけを行っても,他の要因が大きければ症状が改善しないのは当たり前とも言えます.
咬合の安定化を目的として,スプリントを限定的に用いるならよいのですが,咬合調整や歯列矯正,補綴処置による咬合改善治療は試行錯誤的に進めるしかなく,また効果がなかったときに元に戻すことができない,いわば賭けのような治療とも言えるのです.ましてや,矯正治療や大規模な補綴治療を行っても症状が改善しない場合,医療トラブルに発展することは必至です.このような背景から,欧米では,顎関節症治療にはたとえ効果が大きくなくとも可逆的な治療手段を用いるべきで,不可逆的な方法は極力避けるべきであると提言されています.
ただ,これまで行われてきた安静療法,湿布,マッサージ,鎮痛薬,それにスプリント等の可逆的治療(保存治療)は,ご存じのように症状改善効果はそれほど大きくありません.そこで本書では,可逆的治療でありながら効果の大きい新しい治療方法を提案します.当顎関節治療部では,本書に提案した治療法により患者さん一人ひとりの通院期間が短縮され,年間3,000名近い顎関節症初診患者の治療が可能になっています.
本書をお読みいただき,これまでとは違った治療効果を体験していただけたら,筆者らにとってこれにまさる喜びはありません.
2013年7月
東京医科歯科大学歯学部附属病院顎関節治療部部長 木野孔司
Chapter 1 TCHを知る・見つける・コントロールする
TCHを知る
1.TCH(上下歯列接触癖)とは?
2.どんなときにTCHは起こりやすいか?
3.TCHは口腔内にどのような影響をもたらすか?
TCHを見つける
1.問診
2.視診
3.行動診査法
TCHをコントロールする
1.TCH是正法の実際
Chapter 2 TCHのコントロールを取り入れた顎関節症治療
顎関節症は多因子疾患である
TCHは最重要かつコントロール可能な寄与因子
顎関節症患者の典型例
顎関節症の診査・診断
1.患者の観察と問診
2.診査
3.診断
顎関節症の治療
1.運動療法
2.精神的因子への対応
3.その他の治療
4.モデル治療ケース
顎関節症患者とのコミュニケーションの取り方
顎関節症治療後の補綴修復の留意点
Chapter 3 臨床例
顎関節症治療の目標はQOLの向上
臨床例
Case 1 咀嚼筋障害
Case 2 関節包・靭帯障害
Case 3 復位を伴う関節円板転位
Case 4 復位を伴わない関節円板転位(短期)
Case 5 復位を伴わない関節円板転位(長期)
Case 6 非顎関節症;筋自発痛
Column TCH是正に関するチャージの考え方
文献
付録 質問票・診査票・TCH是正シール
TCHを知る
1.TCH(上下歯列接触癖)とは?
2.どんなときにTCHは起こりやすいか?
3.TCHは口腔内にどのような影響をもたらすか?
TCHを見つける
1.問診
2.視診
3.行動診査法
TCHをコントロールする
1.TCH是正法の実際
Chapter 2 TCHのコントロールを取り入れた顎関節症治療
顎関節症は多因子疾患である
TCHは最重要かつコントロール可能な寄与因子
顎関節症患者の典型例
顎関節症の診査・診断
1.患者の観察と問診
2.診査
3.診断
顎関節症の治療
1.運動療法
2.精神的因子への対応
3.その他の治療
4.モデル治療ケース
顎関節症患者とのコミュニケーションの取り方
顎関節症治療後の補綴修復の留意点
Chapter 3 臨床例
顎関節症治療の目標はQOLの向上
臨床例
Case 1 咀嚼筋障害
Case 2 関節包・靭帯障害
Case 3 復位を伴う関節円板転位
Case 4 復位を伴わない関節円板転位(短期)
Case 5 復位を伴わない関節円板転位(長期)
Case 6 非顎関節症;筋自発痛
Column TCH是正に関するチャージの考え方
文献
付録 質問票・診査票・TCH是正シール








