やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社


 前書「欠損歯列の臨床評価と処置方針」の上梓は1998年1月だったので,すでに13年が過ぎた.まだ若さもあって,無我夢中で猛進できたし,当時は同類の著書が見当たらなかったこともあって,周囲の目を気にすることもなかった.同時に,許された部分も多かった.
 絶版を機に改訂をと誘われ,試みてはみても根気が続かず,そのうえ多方面からの目が気になり,進むより戻るほうが勝って,内容以前に目次だけが何度となく書き換えられた.一昨年,講演記録から出直そうという提示があり,それならなんとかなりそうな気になって進めてみたのが本書である.
 講演記録に不足分を追加してみたが,話の重複だけでなく,話し言葉と書き言葉のもつ超えがたいちぐはぐさに目をつぶらなくてはならなくなった.10数年前は個々の支台歯の条件や遊離端欠損の扱い方が関心の的で,まだまだ義歯が思考の主役だった.そうした当時の状況に逆らうように,支台歯の扱いと欠損補綴の前に,まず「欠損歯列をどう診るのか」が前書の主題になった.その基本的な視点はいまでも変わっていない.
 ただ,漠とした欠損歯列を探っていく手段として,「歯の存非」や「歯の寿命(longevity)」を指標の中心にしたことがよかったのか問題だったのかの疑問は,いまも晴れているわけではない.歯数やその咬み合わせ,歯の配置といった,比較的単純で,しかもカウントしやすい指標によらなければ,欠損歯列のマザーストーリーには近づけないのではないかと思う反面,欠損歯列の主流をみつける作業は,逆に,筆者が捨象してきた,個々の支台歯条件や欠損補綴サイドの絡みに大きなウエイトがあるのかもしれない.しかし,悩んでみても,思考の手段と検証資料の両方を長期経過に依存する臨床医にとって,そう簡単に再スタートというわけにもいかない.
 そうした揺れのなかで,前書から引き継いだ見方にそって,まず欠損歯列と欠損補綴を明確に区別すること,咬合不全のレベルが欠損歯列の病態レベルであること,その病態が次の段階へのリスクとなり,リスクの連鎖が欠損歯列の流れを作り出していること,その流れのコースを予測して対処することが欠損歯列治療の主要なテーマなのかもしれないという視点にそって話題展開したつもりである.
 実は,欠損歯列の見方として,筆者のとった方法にもう一つの疑問点がある.欠損歯列の終末像を仮に設定して,その終末像の特徴から欠損歯列のレベルやリスクを探っていこうとする考え方だ.このエンドポイントからのスタートが,臨床実態把握に適していたのかという疑いだ.
 臨床的にむしろ例外に類する究極像をコースの終末としても,一般的な欠損歯列のコースにはあてはまりづらいのではないかという迷いが残る.ただ,エンドポイントからのスタートに味方するのは,それがたとえまれにしか起こらないとしても,臨床では,最悪な事象を想定し,そこへの回避を一つの臨床目標にすべきだという「結果の重大性」の考え方だ.
 この3月11日に未曾有の大震災があり,多くの国民が危機管理とは何かを発言するようになって,「口腔内は小さな社会である」と言った故豊永美津糸先生の言葉を思い出す.対象は小さいものの,欠損歯列の病態管理やコースのコントロールに際しても,危機管理と同じようにいろいろな見方を検証していかなければならないだろう.
 慢性疾患の欠損歯列には,そうしたリスク管理が属性のようにつきまとっている.壊滅的な被害にも負けずに再建に向かうニュースに感動しながらも,災害に遭われ亡くなった多くの人々には,ただご冥福を祈るばかりだ.歯科医師として,まずは予防であろうが,欠損歯列のコントロールも,二次予防として,人の食べる,話すという根源にかかわることに思いをはせながら,本書が欠損歯列のリスク管理の参考となれば,望外の喜びである.
 2011年4月27日
 宮地建夫
第1編 欠損歯列をみる目
 1章 欠損歯列をみるということ
  1.欠損歯列と欠損補綴を分けて考える
  2.欠損歯列の病態は咬合の損傷
  3.欠損歯列は連続した継続疾患
  4.重症化の防止
  5.欠損歯列は慢性疾患タイプ
 2章 エンドポイント
  1.咬合の坂道と咬合三角
  2.欠損歯列の終末歯現存以上で咬合支持4以下
  3.「終末レベル」を「咬合崩壊レベル」に
  4.臨床疫学と臨床実感
 3章 第二エリア・咬合欠陥レベル
  1.第二エリア・咬合欠陥レベルの定義
  2.咬合欠陥と重症化
  3.咬合欠陥の評価法-その/Eichnerの分類と臼歯部の咬合支持数
   (1)Eichnerの分類 (2)MOuとOUs (3)咬合欠陥の把握
  4.咬合欠陥の評価法-その/上顎前歯部のダメージ
  5.咬合欠陥と前歯の喪失リスク
  6.咬合欠陥の評価手順/咬合支持8の2症例
 4章 欠損パターン
  1.咬合欠陥と欠損パターン
  2.上顎臼歯欠損パターン/歯の消失のスピードが速い
  3.下顎臼歯欠損パターン
 5章 欠損進行のコース
  1.咬合崩壊のパターンとコース
  2.避けたいコースと許せるコース
  3.コースを読むための3つの指標/咬合三角・歯の生涯図・欠損パターン
  4.ナチュラルヒストリー
第2編 欠損補綴をみる目
 1章 咬合再建
  1.咬合再建と機能回復の違い
  2.咬合再建の効果
  3.咬合再建と受圧条件
  4.咬合再建と欠損パターン
  5.前歯を守る/一次固定と二次固定
  6.タイプA義歯
 2章 欠損補綴とリスク
  1.欠損補綴のリスクとは
  2.中間欠損症例の経過
  3.片側遊離端欠損症例の経過
  4.顎堤条件と経過
  5.両側性遊離端欠損症例の経過
  6.トラブルのチェックポイント
 3章 短縮歯列
  1.咬合の安定と患者の不便さ
  2.臨床疫学と臨床での傾向
  3.短縮歯列症例の長期経過
 4章 コースコントロール
  1.長期経過とそのコース
  2.いくつかのコース
  3.コースと臨床対応
  4.終末像とコースコントロール
  5.コース変更の可能性
  6.コースコントロールの指標
 5章 欠損歯列の診断から欠損補綴への手順
  1.難症例の特徴と評価手順
  2.第一評価基準
  3.第二評価基準
  4.第三評価基準と評価手順
第3編 症例編
 1章 第一エリア・咬合欠損レベルの症例
  1.第一エリア・咬合欠損レベルの特徴(健全歯列を含む)
  2.症例の概要
   (1)歯冠修復と再修復によって欠損歯列を免れた症例年の経過
   (2)増齢リスクを乗り越えた安定歯列年の経過
   (3)延長ブリッジと短縮歯列での対応年の経過
   (4)繰り返しの再修復で欠損拡大を防いだ症例年の経過
   (5)8臼歯を失ったが欠損パターンに救われた症例年の経過
 2章 第二エリア・咬合欠陥レベルの症例
  1.第二エリア・咬合欠陥レベルの特徴
  2.症例の概要
   (1)最少の支台歯数で咬合再建を試みた症例年の経過
   (2)二次固定による上顎前歯の保護を目論んだ症例年の経過
   (3)離れ一歯から両側遊離端欠損に移行し支台歯を増員した症例年の経過
   (4)上下顎のバランスが悪い歯列で二次固定効果を期待した症例年の経過
   (5)咬合欠陥歯列でも欠損パターンに恵まれた症例年の経過
 3章 第三エリア・咬合崩壊レベルの症例
  1.第三エリア・咬合崩壊レベルの特徴
  2.症例の概要
   (1)咬合崩壊レベルを見逃し過剰な咬合回復をしてしまった症例年の経過
   (2)左右的なすれ違い咬合状態に悩まされた症例年の経過
   (3)第三エリア内にあっても受圧条件のよさに救われた症例年の経過
 4章 第四エリア・咬合消失レベルの症例
  1.第四エリア・咬合消失レベルの特徴
  2.症例の概要
   (1)加圧因子が少なく穏やかな経過をたどった症例年の経過
   (2)下顎の四隅に配置された少数歯残存症例年の経過
   (3)上顎4前歯が残った少数歯残存症例年の経過
   (4)すれ違い咬合状態を示す少数歯残存症例年の経過
第4編 用語解説─その原則と意味─
 1章 欠損様式の診査の原則
  1.現存歯数
  2.咬合支持数
  3.受圧条件
  4.加圧因子
  5.欠損パターン
 2章 欠損様式の意味
  1.現存歯数と年齢
  2.咬合支持数と現存歯数
  3.受圧条件と欠損補綴
  4.離れ一歯とその評価
  5.加圧因子と咬合支持
  6.剪断加圧と咬合回復
 3章 レベル・パターン・スピード 128
  1.欠損歯列とレベル/Eichner・MOu・OUs
  2.欠損歯列のエリア/咬合三角
  3.欠損歯列の進行スピード/歯の生涯図
  4.上下顎の歯数のインバランス/上減の歯列
  5.Eichnerの分類とコース
  6.コースコントロール
  7.欠損歯列のための語句/筆者の使い方
  8.今後の課題

 Column1 咬合三角
 Column2 Eichnerの分類
 Column3 Occlusal Units:OUs
 Column4 歯の生涯図
 Column5 Cummerの分類
 Column6 Kennedyの分類
 Column7 欠損補綴で得られるものと負担するもの
 Column8 すれ違い咬合

 文献