やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

巻頭言
 少子高齢化により,歯科医療も従来の虫歯を中心とした治療から,新しい診断技法や治療法へと「パラダイムシフト」が起きています.内科的疾患を有する高齢患者への対応,高度なインプラント治療など,日常臨床は煩雑で危険にさらされた環境にあります.「不幸な転帰」に至らないためにも,歯科医院のスタッフ全員が「患者急変」に迅速に対応できる専門的な知識と技能の涵養が必要です.そのためには,良質で安全な医療が提供できる「デンタルスタッフ」を効果的・効率的に院内で養成する必要があります.
 より良い医療技術・医療サービスの提供はもちろんですが,「かかりつけ歯科医師」として,いつもとは違う患者さんの「体調変化」,「症状の変化」といった危険に気付く「第六感」(気付き能力)を訓練することは重要です.近年,競合する歯科医院が増加しており,他の医院にない特徴を打ち出すことも必要です.「気付き」の質(知的スキル)を高めることは,安心・安全な歯科医療を提供し,患者さんの満足度を高めます.
 本書は,単なる「救急蘇生」,「心肺蘇生」のためのテキストではありません.日本医療教授システム学会*では,「教育」に「インストラクショナルデザイン」を導入し,「知っている」ではなく,実際に「できる」(タスク遂行)能力を身に付けることを目的とした「歯科診療室患者急変対応コース」を企画・開催しております.本書はこのコースで準備いたしましたテキストに,第一線の歯科診療の現場で働くスタッフの「現場の生の声」を十分に取り入れ,大幅に加筆いたしました.対話形式での問答やシナリオを学習することで,無理なく平易に科学的でシステマティックにタスク遂行能力を向上させることが可能です.
 本書が,歯科医師,歯科衛生士,歯科技工士の卒前・卒後教育や研修歯科医・学生の臨床教育にもお役に立つものと信じております.
 最後に,出版にあたり医歯薬出版株式会社大城惟克氏,日本医療教授システム学会「歯科診療室患者急変対応コース」テキスト作成ワーキンググループのスタッフの皆様に感謝申し上げます.
 *日本医療教授システム学会(Japan Society for Instructional Systems in Healthcare;JSISH)
 良質で安全な医療者を養成するために,「医学知識教育」だけでなく「医療タスク遂行能力」を習得,向上させることを目的に多彩な学問分野と学際的な共同体で設立.日本医療教授システム学会(代表理事獨協医科大学越谷病院救命救急センター長教授 池上敬一)
 2010年7月
 明海大学歯学部総合臨床医学講座麻酔学分野教授
 長坂 浩
 巻頭言(長坂 浩)
1 この本のねらい(長坂 浩)
2 歯科診療室における急変(長坂 浩)
3 患者急変対応の実際(池上敬一)
4 必要な知識
 1―キラーシンプトムとは(池上敬一)
 2―意識障害(長坂 浩)
  失神
 3―呼吸困難(長坂 浩)
   【歯科診療中,比較的健康な患者さんが呼吸困難を訴えた場合】
  Hugh-Jones分類
 4―ショック(長坂 浩)
  分類と主な原因
   神経原性ショック アナフィラキシーショック 感染性ショック 循環血液量減少性ショック 心原性ショック
  処置
 5―アセスメントの第一歩 『迅速評価』(池上敬一)
 6―次に行うアセスメント 『一次評価』(池上敬一)
   【一次評価のポイント】
5 必要なスキル 30
 1―急変に備えるチェックリスト(長坂 浩)
 2―急変の察知(気付き)と救援要請(池上敬一)
  急変時の第一報『通報の仕方』
  状況報告(SBAR)
   Situation 患者さんの状態 Background 臨床経過 Assessment 状況評価の結論 Request 具体的な要望・要請
 3―その場で行う救急処置(長坂 浩)
  酸素投与と補助呼吸
   【酸素投与の道具】
    (1)経鼻カニューラ (2)フェイスマスク (3)リザーバ付マスク (4)バッグバルブマスク(BVM:Bag valve mask)
   【酸素流量と酸素濃度】
  パルスオキシメータ,モニタの装着
  静脈路確保
  薬剤投与
   【どの歯科医師も歯科診療所に備えておくべき薬品】
   【歯科診療室で必要な必須救急薬品と備品】
 4―CPRとAED(橋誠治)
  CPRの手順と方法
  助けを呼んでも誰も現れないときの手順(救助者が1人)
  AEDの使用法
  反応と呼吸がなく,脈拍があることを確信できる場合
 5―チーム医療に必要なスキル(長坂 浩)
  リーダーの役割と態度
  メンバーの役割と態度
  コミュニケーションの基本
 6―転送と119番通報(申し送り)(池上敬一)
  救急車が到達するまでに行う救急処置
 7―患者・家族への説明(中島 丘・長坂 浩)
  医療事故の被害者5つの願い
  歯科医療の特殊性・説明義務
  歯科診療における全身状況の変化に係る偶発症の判例
 8―4つのシナリオ対話形式の問答(長坂 浩)
6 シナリオ式事前問題(長坂 浩)
7 歯科診療所患者急変対応コースの概要(池上敬一)
  学習のポイント
  コースの学習目標
  コースの進め方
   1)気付きセッション 2)チームアプローチセッション
8 急変時対応のアルゴリズム(長坂 浩)
9 発展学習のための資料(長坂 浩)
 1―日本救急医学会ICLSコース
 2―心停止4つの波形
  電気ショックの適応あり
  電気ショックの適応なし
 3―原因検索とその処置
  原因の検索とその処置
  突然の心停止を引き起こす原因のリスト(4H,4T)
 4―歯科診療室でみられるさまざまな病態
  アナフィラキシー
  迷走神経反射
  気道異物
  心筋梗塞
  過換気症候群
  局所麻酔中毒
10 救急蘇生講習会で使われる医学用語(長坂 浩)
巻末カラー写真
 おわりに

 【コラム】(中島 丘)
  コラム1 訪問歯科診療での偶発症発生時の歯科治療内容
  コラム2 訪問歯科診療患者の心電図(上室期外収縮)
  コラム3 訪問歯科診療患者の心電図(心室期外収縮)
  コラム4 訪問歯科診療患者の心電図(心房細動)
  コラム5 訪問歯科診療患者の心電図(ST低下)

 索引