やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 わが国は世界に類をみない超高齢社会を迎え,高齢化率は人口の20%を超えて,今後も上昇の一途をたどるとされています.こうした人口構造の変化に伴い,口腔領域の疾病構造も様変わりし,これまで二大歯科疾患とされてきた齲蝕や歯周病だけでなく,口腔乾燥症や舌痛症,味覚障害といった疾患も急増しています.
 しかし,臨床の現場では,このような疾患や症状に対する診断や治療法が十分に確立されておらず,多くの地域医療機関では試行錯誤しながら診療にあたっていると聞きます.“口が乾く“,“舌がピリピリする”などと訴えて医療機関を訪れても,特別な所見がみられないために“気のせい”と判断されて途方に暮れた,などという声もしばしば耳にするようになってきました.その一因として,このような患者さんの症状に適切に対応できる知識と技術を有する歯科医師やコメディカルスタッフが少ないことがあげられると思われます.こうした現状を見聞きするにつけ,口腔乾燥症や,それに併発することの多い舌痛症や味覚障害などの診断と治療に関して,現場での実践に役立つよう記述された本の必要性を,常々感じてまいりました.
 九州歯科大学附属病院では,6年前に口腔乾燥症の専門外来を立ち上げました.以来,患者さんは年々増加の一途をたどり,現在までに来院された新患患者数は2,000名を超えています.本書は,口腔乾燥症に積極的に取り組んでおられる他の医療機関のご協力も仰ぎながら,私たちがこの6年間に蓄積してきたノウハウをできるだけ具体的に紹介したいという目的で企画しました.
 なお,本書では,口腔乾燥症を口腔粘膜の乾燥や保湿度低下をきたしている病態と定義し,唾液分泌量低下と同義ではないという立場をとっています.これは,口腔乾燥症は唾液分泌量の低下にとどまらず粘膜保湿度低下や舌および顔面周囲の運動機能低下,生活習慣・食習慣等が原因となっており,それらの包括的な診断と治療が欠かせないという考え方が背景にあるからです.
 第1章では,そうした病態や治療法の概要についてまとめました.また,第5章では,「頻度の高い主訴と臨床での実際」として,自立した患者から要介護者・障害者までのライフステージに応じた臨床的対応を,実際の臨床例を通して体験できるようにしました.介護予防に関しても,第6章で,「口腔乾燥症の予防」の視点から具体的な対応策についてまとめました.さらに現場でよくある質問については,「Q&A」を設けて,読者の方々の理解を助ける工夫も加えました.最近のトピックスや臨床のポイントについても随所にコラムとして挿入しています.
 本書が,口腔乾燥症や舌痛症,味覚障害などを訴えて来院する患者さんの日常診療の参考となり,一人でも多くの患者さんのQOL向上の一助になればと願っています.
 最後になりましたが,本書の企画から関わっていただきました医歯薬出版編集部の担当者各位に厚くお礼申し上げます.また,お忙しいなか,ご執筆いただきました各位に深謝申し上げます.
 2008年8月吉日
 編者 安細敏弘・柿木保明
 執筆者一覧
 序文
第1章 口腔乾燥症の患者を診る
  口腔乾燥症とは―定義と考え方(安細敏弘)
  唾液の重要性(稲永清敏・小野堅太郎)
第2章 口腔乾燥症の検査と診断
 問診のとり方とポイント
  発病の背景となる因子(安細敏弘)
  要介護者・障害者における留意点(柿木保明)
 検査・診断の実際と検査値の見方
  問診から治療方針立案までの流れ(安細敏弘)
  口腔の評価(粟野秀慈)
  舌診(柿木保明)
  唾液分泌能検査(粟野秀慈)
  その他の唾液関連検査(柿木保明)
  各種心理テスト(安細敏弘)
  口腔の機能検査(柿木保明)
  舌と口唇・の運動機能検査(安細敏弘)
  味覚検査(粟野秀慈)
  血液検査 ―シェーグレン症候群の診断(橋 哲・友寄泰樹)
  画像検査(清水真弓・中村誠司)
  要介護者・障害者に対する検査(柿木保明)
第3章 口腔乾燥症の治療
 治療のストラテジー
  自立した患者の場合(安細敏弘)
  要介護者・障害者の場合(柿木保明)
 原因療法
  薬剤が原因の口腔乾燥症(柿木保明)
  口腔機能低下が原因の口腔乾燥症(安細敏弘)
  体質改善を目的とした漢方薬の処方(柿木保明)
 対症療法
  口腔内の保湿を目的とした口腔ケア(安細敏弘)
  唾液分泌促進を目的とした漢方薬の処方(柿木保明)
  シェーグレン症候群における薬物療法(中村誠司)
第4章 舌痛症と味覚障害の診断と治療
  舌痛症の診断と治療(柿木保明)
  味覚障害の診断と治療(吉田明弘)
第5章 頻度の高い主訴と臨床での実際
 口の中全体が乾く
  薬剤性および舌運動機能低下に起因する症例1(安細敏弘)
 口が乾く,ネバネバした感じがする
  薬剤性および舌運動機能低下に起因する症例2(安細敏弘)
 唾液が出すぎる
  薬剤性の唾液分泌能低下が原因となっている症例(柿木保明)
 舌が痛い
  薬剤の副作用と真菌感染による舌痛症(柿木保明)
 味がわかりにくい
  放射線治療による味覚障害(吉田明弘)
 味がわかりにくい,上あごに辛い感じがある
  味覚異常と口腔乾燥・舌痛の症例(安細敏弘)
 飲み込みにくい
  義歯を使っているが不適合の症例(菊谷 武)
  義歯未装着で口腔機能が低下している症例(岩佐康行)
 口の中がネバネバして話しにくい
  服用薬剤と不適合な義歯に起因する症例(尾崎由衛)
 口臭が気になる
  唾液分泌の低下を伴う症例(宮ア秀夫)
  唾液分泌は正常だが口腔乾燥感を有する症例(宮ア秀夫)
 シェーグレン症候群の症例
  唾液分泌促進剤の投与例(中村誠司)
  耳下腺に対するステロイド剤局所投与例(泉 雅浩・中村誠司)
 自己免疫疾患・合併症の症例
  悪性リンパ腫とシェーグレン症候群症例への対応(横井基夫)
 放射線療法の既往がある症例
  塩酸ピロカルピンの投与例(橋 哲・友寄泰樹)
  唾液分泌障害と嚥下障害への対応(菊谷 武)
 重症心身障害児の症例
  離上皮膜が関与する口臭への対応(小笠原 正)
 要介護高齢者の症例
  口呼吸と顎顔面部の筋の麻痺・廃用萎縮への対応(岩佐康行)
  口腔清拭と保湿剤による離上皮膜への対応(小笠原 正)
 病診連携による対応例
  内服薬の中止で改善をみた味覚障害と口唇・舌の痛み(横井基夫)
 地域歯科診療所での取り組み例
  漢方薬の投与による自覚症状の改善(山近紳一郎)
第6章 口腔乾燥症の予防
  一般高齢者および特定高齢者における予防(安細敏弘)
  要介護者・障害者における予防(柿木保明)
第7章 口腔乾燥症Q&A(安細敏弘・柿木保明)
 Q1. 唾液分泌促進の目的でガムをかむのはよいのでしょうか?またどんなガムが適当でしょうか?
 Q2. 夜中に口が乾きます.どうすればよいでしょうか?
 Q3. 口唇が乾くのですが,どのように対応すればよいでしょうか?
 Q4. 舌の汚れ(舌苔)が気になるのですが,除去したほうがよいのでしょうか?
 Q5. 最近自分の舌を口腔内のどこにおけばよいのかわからなくなることがあります.どのように対応すればよいでしょうか?
 Q6. 口腔乾燥症の方の場合,どのような歯磨剤を使えばよいでしょうか?選び方を教えてください
 Q7. 味覚の改善には微量元素の含まれた食材が有効といわれましたが,どのような食材がよいのでしょうか?
 Q8. 舌運動のトレーニングは1日に何回くらいすればよいのでしょうか?
 Q9. 口腔乾燥症の治療はどの時点で終診となりますか?
 Q10. 全然よくならないのですが)
 Q11. 味覚異常と喫煙は関係があるのでしょうか?
 Q12. うがい(含嗽)をする際の留意点を教えてください

 Column
  唾液の性状(粘性と曳糸性)とムチン(稲永清敏・小野堅太郎)
  SMIと唾液分泌,口腔乾燥症との関連(安細敏弘)
  義歯装着と唾液分泌の関連(岩佐康行)
  塩酸ピロカルピンの概要(橋 哲・友寄泰樹)
  薬の副作用とは(横井基夫)
  カンジダの口腔粘膜に対する作用(西原達次)
  部位別の離上皮膜とは(小笠原正)
  歯周病と唾液曳糸性の関連―文献的考察と最近の知見から(宮ア秀夫)
  関連品のご案内(尾崎由衛)
  口腔乾燥を引き起こす可能性のある主な薬剤一覧

 文献
 索引