やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 現代社会において,「コミュニケーション」が良好な人間関係を構築する重要な鍵であることはいうまでもない.歯科医療,特に補綴診療においては,歯科医師と歯科技工士のコミュニケーションが得られていないと,患者の希望や歯科医師の意図と異なった補綴装置が製作される可能性がある.とりわけ,可撤性のデンチャーは患者の満足感が満たされなければ使用されなくなり,治療の効果は半減する.
 国民の生活の質の向上に伴い,デンチャー・トリートメントにおいても機能的,審美的で装着感のよい義歯への患者の要望は強い.この要望に応えるためには,歯科医師および歯科技工士の良好なコミュニケーションが不可欠である.デンチャー・トリートメントは,診察,診断,印象採得,咬合採得,試適,装着と多くの工程が積み重ねられるため,その都度チェア・サイドとラボ・サイドのコミュニケーションが必要になる.
 本書の最大の特色は,これらの治療と技工の各ステップにおいての具体的なコミュニケーションに焦点を絞り,執筆されていることである.患者の希望と歯科医師の治療の意図や方針を,情報としていかにラボ・サイドに伝え,ラボ・サイドはその指示を的確に捉えてどのように製作したかをチェア・サイドに伝達する.本書では歯科医師と歯科技工士とがペアになり,診療と技工のやりとりを時系列に沿ってチェア・サイドとラボ・サイドのピクトグラフで表示し,技工指示書,口頭,画像などの媒体を介してコミュニケーションの取り方を解説している.
 加えて.患者中心医療(POS Patient orientedSystem)のコンセプトに立脚して執筆されていることも特色にあげられる.医師中心医療(DoctororientedSystem)でなく,患者の立場に立ち,患者の要望に応えて満足度の高いデンチャー・トリートメントを行うことである. 本書はこのような考え方から,1章患者の主訴,治療への希望をどうコミュニケートするか,2章診療と技工のステッブごとのコミュニケーション,3章義歯の種類ごとのコミュニケーション,4章リラインにおけるコミュニケーション,5章リペアーにおけるコミュニケーションの5つの章から構成されている.単に補綴装置の製作を指示するのではなく,どのように製作してほしいか,それはどのような目的のためか,それらの技工指示にどのように対応し,工夫したか.もっと情報があれば治療や技工がしやすかった,などが具体的に記述されている. 著者自身,長い臨床経験のなかでこれまでいかに技工指示の内容が貧弱であったか反省させられた.歯科技工士に製作の意欲が湧き上がるようなコミュニケーションの確立がデンチャー・トリートメントを成功に導くことになる.経験豊かな歯科医師,歯科技工士の方々はあらためてコミュニケーションの大切さを再認識していただき.経験の浅い歯科医師.歯科技工士の方々はコミュニケーションで成功するためのデンチャー・トリートメントを本書から読みとっていただければ幸いである.
 最後になりましたが,アンケート調査にご協力いただいた同門会および技修会,そして,本書の出版にご尽力いただいた医歯薬出版株式会社ならびに歯科書籍編集辻寿氏にお礼申しあげます.
 2008年3月吉日
 鶴見大学歯学部歯科補綴学第一講座
 細井紀雄
 はじめに デンチャー・トリートメントにおけるコミュニケーション
1章 患者の主訴,治療への希望をどうコミュニケートするか
 1 インフォームド・コンセントをふまえた治療計画の立案
  1)コミュニケーションの基本的な姿勢
   (1)歯科医師の臨床姿勢―POSにおけるチーム医療の重要性
   (2)歯の喪失とその受容
   (3)歯科における死の哲学と癒し
   (4)チーム医療の重要性
   (5)相互に責任範囲はクリアーし,各ステップごとの評価(チェック)を行う
  2)診察・診断内容のコミュニケーション
   (1)患者の主訴,治療への希望をコミュニケートする
   (2)欠損の状態,残存歯の状態,咬合の状態
   (3)現状の問題点と改善の方向性
  3)診療目標の設定
   (1)患者・歯科医師
   (2)歯科医師・歯科技工士
  4)補綴装置選択のために―義歯の種類についてのインフォームド・コンセント
   (1)パーシャル・デンチャー(レジン床義歯,金属床義歯,テレスコープ,アタッチメント)
   (2)コンプリート・デンチャー(レジン床義歯,金属床義歯)
 2 コミュニケーションの方法
   (1)不十分な現状をどう改善するか
   (2)コミュニケーションで成功した症例
    症例の概要と概形印象採得
    研究用模型,個人トレーの製作
    治療計画の立案
    精密印象採得
    咬合床の製作
    咬合採得
    咬合器装着
    ゴシック・アーチ描記装置の製作依頼
    ゴシック・アーチ描記装置の製作
    ゴシック・アーチの描記
    前歯部人工歯排列
    前歯部試適
    人工歯再排列
    蝋義歯試適
    義歯の完成
    口腔内装着
    義歯装着2カ月後の経過
2章 診療と技工のステップごとのコミュニケーション
 1 概形印象採得・研究用模型の製作
   (1)顎位が定まらない場合
    概形印象採得と簡易咬合採得
    研究用模型の製作
   (2)印象材の剥離が認められる場合
    概形印象採得
    研究用模型の製作
   (3)孤立歯のある場合
    概形印象採得
    研究用模型の製作
   (4)根面アタッチメントなどの複雑な形態の支台歯がある場合
    概形印象採得
    複雑な形態の支台歯への工夫
   (5)破折した模型を修復する場合
    概形印象採得
    歯型の破折
 2 基本設計の確認と製作工程の検討
   (1)少数歯欠損の場合
    症例の概要と設計方針
    基本設計の確認
    義歯の製作
    口腔内装着
   (2)複雑な工程をとる場合
    症例の概要と治療方針の決定
    研究用模型での検討
    咬合挙上と再咬合採得
    スペースの確認と製作工程表の提示
    製作工程の検討
    印象採得から義歯の完成まで
    口腔内装着
    フィードバック
 3 個人トレーの製作
   (1)コンプリート・デンチャーの個人トレー
    設計の依頼
    設計
    個人トレーの製作
    精密印象採得
    設計
    個人トレーの製作
   (2)パーシャル・デンチャーの個人トレー
    設計
    個人トレーの製作
 4 精密印象採得,作業用模型の製作
    コンプリート・デンチャーの筋形成
    パーシャル・デンチャーの精密印象採得
    ボクシングの指示
    ボクシング
    模型材の指示
    石膏の選択,シリコーン・ガムの付与
    模型破損に対する指示
    模型破損への対応
    印象の不備
    印象の不備への対応
    義歯の取り込み印象時の指示
    石膏注入の前に行うワックスによるリリーフ
    即時義歯製作時の指示
    即時義歯の欠損部形成
 5 咬合床の製作,咬合採得
   (1)すれ違い咬合の場合
    咬合採得
    咬合器装着
   (2)顎堤形態が非対称の場合
    咬合床の設計,簡易咬合採得
    咬合床の製作
    咬合採得
   (3)咬合床の維持が得にくい場合
    咬合床の設計
    咬合床の製作
   (4)模型上で残存歯同士が咬合接触していない場合
    咬合採得後の咬合関係の確認
 6 咬合器(平均値,半調節性)装着,フェイス・ボウの記録
   (1)平均値咬合器への作業用模型装着
    症例の概要
    咬合採得,前歯部試適
    仮想咬合平面を基準とする平行模型の調整
   (2)半調節性咬合器への作業用模型装着
    フェイス・ボウの記録
    フェイス・ボウ・トランスファー
 7 ゴシック・アーチ描記装置の製作・描記
    症例の概要
    描記装置の設計と技工指示
    描記装置の製作
    ゴシック・アーチ描記,チェック・バイトの採得
    コアのトリミングと咬合器再装着
    ゴシック・アーチ描記図の確認
    顆路調節
    フラビー・ガムを伴う下顎前突症例におけるゴシック・アーチ描記装置の設計指示
 8 人工歯の選択・排列・蝋義歯の試適
  1)パーシャル・デンチャーの場合
   (1)審美性を考慮した排列
    人工歯の選択・排列指示
    人工歯排列
    蝋義歯の試適
   (2)臼歯部交叉咬合排列
    人工歯の選択・排列指示
    人工歯排列
   (3)コミュニケーションの欠如による失敗例
    人工歯の選択・排列指示
    人工歯排列
    蝋義歯試適
    義歯装着
  2)コンプリート・デンチャーの場合
   (1)前歯部人工歯の選択・排列・試適
    症例の概要,人工歯の選択
    前歯部人工歯の排列
    前歯部排列の試適
    前歯部の垂直・水平被蓋の付与
   (2)臼歯部人工歯の選択・排列・試適
    臼歯部人工歯の選択および排列指示
    臼歯部人工歯の排列
    臼歯部試適
   (3)人工歯の排列・歯肉形成の修正
    蝋義歯試適時の修正
    再排列と再歯肉形成
    修正後の再試適
 9 義歯の設計と製作
  1)パーシャル・デンチャーの場合
   (1)レジン床義歯の場合
    症例の概要,研究用模型での基本設計
    研究用模型の咬合器装着
    製作設計と欠損部形成の指示
    製作設計に対する確認
    支台装置のクリアランス
    支台装置のクリアランス
   (2)金属床義歯の場合
    金属床義歯の設計
    設計の確認
    作業用模型と蝋義歯への設計表示
    厚みや断面形態の指示を必要とする部位
   (3)支台歯を歯冠補綴する場合
    支台歯のクラウンの設計
    設計の確認
   (4)義歯の製作
    義歯の完成
  2)コンプリート・デンチャーの場合
    床外形の設計
    床外形の確認
    リリーフ,ブロック・アウトの指示
    リリーフ,ブロック・アウト
    ポスト・ダムの設計と指示
    ポスト・ダムの形成
    床のシェードを指示
    義歯の製作
 10 義歯の口腔内装着
  1)パーシャル・デンチャーの場合
    即時義歯の装着
    評価用紙によるフィードバック
    フィードバック
  2)コンプリート・デンチャーの場合
    床縁形態や咬合関係の確認
    咬合関係の不正を修正するためのチェック・バイト採得
    咬合器再装着
    フィードバック
3章 義歯の種類ごとのコミュニケーション
 1 前歯義歯・臼歯義歯
  1)前歯欠損に対する義歯の場合
   (1)排列の立体感
    症例の概要
    蝋義歯の試適
    人工歯排列の修正
    蝋義歯の再試適と金属床の設計
    バッキング部の設計の確認
   (2)コーピング上の人工歯排列
    症例の概要,人工歯排列の指示
    前歯部人工歯排列
   (3)咬合平面の傾斜
    症例の概要,試適
    パソコン画面の情報と排列の修正
    人工歯排列の再試適
    フィードバック
  2)臼歯欠損に対する義歯の場合
    診察
    治療計画
    個人トレーの設計
    個人トレーの製作
    印象採得
    咬合床の製作
    咬合採得
    咬合器装着
    義歯の設計
    設計の確認と支台装置の製作
    臼歯部人工歯排列および歯肉形成
    義歯の完成
    口腔内装着
 2 診断用,治療用の暫間義歯
    リテーナー義歯の特徴
    症例の概要,治療計画
    印象採得と咬合採得
    作業用模型の製作と咬合器装着
    リテーナー義歯の設計
    ブロック・アウトと樹脂プレートの成型
    人工歯排列
    形態修正,研磨
    口腔内装着
    1の自然脱落
    金属リテーナー義歯への移行
 3 すれ違い咬合の義歯
    診察,概形印象と簡易咬合採得
    研究用模型の製作
    機能的咬合印象用個人トレーの設計
    複製義歯と機能的咬合印象用トレーの製作
    機能的咬合印象の採得
    咬合器装着と蝋義歯の製作
    蝋義歯の試適,金属構造義歯の設計
    金属構造義歯の製作
    装着
 4 オーバーデンチャー
  1)金属構造義歯
    症例の概要
    機能的咬合印象用トレーの設計
    機能的咬合印象用トレーの製作
    機能的咬合印象の採得
    咬合器装着と人工歯排列
    蝋義歯試適
    製作設計の依頼
    金属構造フレーム・ワークの設計
    金属構造義歯の製作
    装着
  2)アタッチメント・デンチャー
   (1)保険診療と自費診療における治療計画
   (2)オーバーデンチャーの臨床術式
    咬合採得と人工歯排列の指示
    人工歯排列
    蝋義歯試適と製作設計
    義歯の完成
    口腔内装着
 5 インプラント・デンチャー
    診察,診断
    診断用ワックス・アップ
    インフォームド・コンセントと実施計画
    診断用ステントの製作
    CT撮影
    外科用ステントの製作
    概形印象採得
    個人トレーの製作
    精密印象採得
    作業用模型の製作
    咬合床の製作
    咬合採得
    蝋義歯の製作
    蝋義歯試適
    重合,完成
    装着,調整
 6 金属床コンプリート・デンチャー
   (1)上顎金属床義歯の場合
    症例の概要
    治療計画
    設計
    耐火模型の製作,ワックス・アップ
    蝋義歯の製作
    金属床の試適
    重合,完成
    口腔内装着
   (2)下顎金属床義歯の場合
    症例の概要
    設計
    レジン・パターンの採得とフレーム・ワークの完成
    軟質裏装材の填入
    口腔内装着
    床後縁とポスト・ダムの設計
    床後縁部の技工
4章 リラインにおけるコミュニケーション
 1 院内ラボにおける即日リライン
  1)パーシャル・デンチャーの直接リライン
   (1)患者のリコール
   (2)問題解決の進め方
   (3)適合検査法(定性的適合検査と定量的適合検査)
   (4)咬合調整と粘膜面のあたりの調整およびティッシュ・コンディショニング
   (5)直接リライニング材の種類と選択
    粉液型光重合レジンによる直接リライン
    フィニッシュ・ライン部の処理と研磨
    口腔内装着
  2)コンプリート・デンチャーの間接リライン
    症例の概要
    治療計画
    患者への説明とチェック・バイト採得
    咬合器装着と人工歯の置換
    咬合調整,粘膜調整,リライン用印象
    リライン
    義歯の装着
    まとめ
 2 義歯を数日預かるリライン
  1)軟質裏装材を用いたフラスキング法
    診療・治療計画
    下顎前歯の移動の検討
    印象採得
    作業用模型の製作
    人工歯の再排列・リライン
    装着
  2)リライン用咬合器を用いたノンフラスキング法
    診察
   (1)硬質裏装材を用いる場合
    上顎コンプリート・デンチャーのリラインおよび改造の打ち合わせ
    治療計画の立案
    精密印象採得
    作業用模型の製作と咬合器装着
    リラインの依頼
    リライン
    口腔内装着
   (2)軟質裏装材を用いる場合
    症例の概要
    治療計画の立案
    ティッシュ・コンディショニング
    精密印象採得
    作業用模型の製作と咬合器装着
    リラインの依頼
    リラインの実施
    口腔内装着
5章 リペアーにおけるコミュニケーション
 1 クラスプの修理
    患者の要望と問題点
   (1)クラスプの修理
   (2)修理の技工指示
   (3)修理の作業工程と作業時間の確認
   (4)3破折クラスプの修理
    印象採得
    作業用模型の製作
    設計
    ワイヤー屈曲
    クラスプの義歯への取り込み
   (5)3クラスプのレーザー溶接による追加修理
    印象採得
    作業用模型の製作
    設計
    レーザー溶接
    口腔内装着
    修理義歯装着後のフィードバック
 2 鋳造補強板を埋入する床修理
    症例の概要
    修理計画
    チェック・バイトと義歯の預かり
    作業用模型の製作
    破折修理の指示
    補強板の製作,義歯への埋入
    装着
 3 自家製金属歯による咬合の再構成
   (1)義歯を預かる場合
    診療計画
    印象採得と咬合採得
    石膏の注入,咬合器装着
    金属歯の設計,製作指示
    金属歯の製作
    口腔内装着
   (2)義歯を預からない場合
    治療計画
    金属歯の製作
    金属歯の合着
おわりに 義歯装着後のメインテナンスとコミュニケーション
   (1)義歯の取り扱い方
   (2)初めての義歯
   (3)リコールと定期検診
   (4)品質保証
   (5)パーシャル・デンチャーの場合―30年良好に使用されている義歯
    症例の概要
   (6)コンプリート・デンチャーの場合
    症例の概要
    研磨

 索引