やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 今回,医歯薬出版から本書“Preventive Periodontology”を上梓する運びとなりました.当初の出版目的は,厚生労働科学研究事業として,歯周疾患の予防,治療評価に関する研究(平成12〜14年),歯周疾患のリスク判定法および予防体系の開発(平成15〜17年)等の成果を基に「唾液による歯周病のスクリーニングおよび歯周治療の検査」を普及させるガイドブックを作成することでした.周知のように歯周病の教科書や成書は巷に多数出版されており,本書の特色を出すためにはどうしたらよいかという議論が編集会議で何度も行われてきました.最終的な目標は「歯周病を予防したい」,その一方で「歯周病は臨床を主体に発展してきた学問であるから,臨床のガイドラインとしての役割も果たす書物にもしたい」といった意見等から,編集会議を重ね最終的に下記のような内容構成となりました.「臨床を支えるサイエンスを知る」「唾液検査を活用する」「生活習慣病を予防する」という三つの視点を基軸に,最新知見を豊富に盛り込みながら,臨床的であり,科学的であり,予防的な書としてまとめることができました.
 「臨床を支えるサイエンスを知る」は,日本の歯科医学界のトップランナーの皆様に臨床医に役立つようにup to dateなエビデンスを纏めて執筆して頂きました.従来不明な点が多かった歯肉炎,歯周炎について分子生物学的解明がなされ,「唾液検査を活用する」では,厚生労働科学研究の6年間にわたる成果を中心に,歯周病の予防としての健診スクリーニング,歯周治療での生化学的および細菌検査の実際について,実例を交えて解説しました.これらの検査内容は,著者らの発表・報告を通して現在諸外国でも高い評価と関心を持たれております.
 「生活習慣病を予防する」には,歯科の立場から歯周病が全身に及ぼす影響について,医科の立場からは全身疾患が歯周病に及ぼす影響についての両面からアプローチし,特に医科から歯周病をどう捉えているのかが理解できるよう,執筆して頂きました.生活習慣病予防への取り組みを裏付けるエビデンスや具体的な予防対策が多く見られるのも,相互の連携・強化がますます重要になってきたことの表れでもあり,本書の特徴の一つにもなっています.
 また,本書は,Preventive Periodontologyというタイトルでありながら,歯周治療の流れのなかで,臨床の術式まで言及し記載しています.歯周病学の発展はあくまで臨床が中心であり,臨床医なくしての歯周病の予防・治療はありえません.ひとりひとりの臨床医の先生方の努力があってこそ国民の健康が守られると信じています.8020運動,健康日本21,健康増進法など特化された国民運動を定着させるためにも,歯周病の予防・治療概念をより明確にすることが今世紀の大きな課題であります.
 本書は編集者らが,三年有余の歳月を費やして,執筆者各位に御協力を頂き,出版までに至った経過を振り返ると感無量のものが多くあります.日常臨床の場で奮闘されている臨床家の先生方,歯周病の研究者の皆さん,学生諸君に活用頂ければ編集者として望外の喜びです.編集の労をとられた医歯薬出版株式会社に謝意を表します.
 2007年4月
 編集
 鴨井久一
 花田信弘
 佐藤 勉
 野村義明

推薦の言葉
 歯周病は古代エジプトのミイラからも見られるように古くから存在し,現在なお,多くの人達が罹患している疾病である事は周知の如くである.歯周病の原因は局所説,全身説がその時代の流れで錯綜し,20世紀前半までは加齢による老化(歯の脱落)という考え方が一般的であった.しかしその後20世紀の中頃に,Harold Loeらが「実験的歯肉炎」のモデル実験を学生に対して行い,プラーク(バイオフィルムプラーク)を除去することで口腔内細菌叢を変え,臨床パラメータが改善する事を報告し,その結果,歯周病の病因に対する概念が確立されてきた.最近では歯周病におけるプラークコントロールの概念が定着し,口腔清掃の重要性がマスコミやTVに登場し,歯ブラシや洗口剤などの宣伝と共に,国民の口腔に対する意識も高まってきた.
 歯周病の研究は,20世紀後半から21世紀にかけて急速に進み,慢性持続性の感染症であることが証明された.さらに免疫学の進歩により生体宿主の防御機能の低下や環境因子(ストレス・喫煙・生活習慣)による要因も解明されてきた.また,歯周病原細菌が誤嚥性肺炎,糖尿病,アテローム性動脈硬化症,早産・低体重児出産,骨粗鬆症などの重要な要因として解明され,現在注目されている.
 歯周治療のルーチンとして,歯周病検査,歯周基本治療,歯周外科治療,治療後の疾病管理などが云われている.現在の治療内容を見るとブラッシングやスケーリング・ルートプレーニングなどの機械的治療が主体であるが,今後は薬物療法も加え,更に検査項目には形態的検査に加えて機能的検査を,積極的に取り入れていくべきと考えられる.
 医科では検査項目が多すぎると云われているが,口腔領域では鴨井・花田班で行ったような唾液による機能検査〔厚生労働科学研究費補助金医療技術評価総合研究事業;歯周疾患の予防,治療技術の評価に関する研究(平成12〜14年),歯周疾患のリスク判定法および予防体系の開発(平成15〜17年〕を定着させ,エビデンスに基づいた歯周病のスクリーングや治療体系のなかで検査を発展させることが,医療の質と国民の安全性をより高めるものと考える.
 成人の7割から8割が歯周病に罹患していると云われる今日,かつての齲蝕対策と同様に歯周病対策は緊急の課題であり,メタボリックシンドロームでは,歯周病は肥満とも関連しており,生活習慣病の要因(健康日本21より)としても注目されている.
 本書では,歯周病学のup to dateな知見を盛り込むと共に,歯周病学の体系のなかに歯周治療学を予防医療としてとらえる新しい概念を導入した.本書の編集代表の鴨井久一日本歯科大学名誉教授は,長年にわたり歯周病の研究・診療の第一線で活躍されてきた斯界の第一人者であり,共に編集に携わった国立保健医療科学院花田信弘氏,野村義明氏,日本歯科大学佐藤勉氏の労を多とし,本書が歯科医学のなかで新しいページを開くものと確信し,強く推薦する次第である.
 2007年4月
 自治医科大学学長
 日本医学会会長 高久史磨
第1章 歯周病はなぜ起こるのか
 1―歯周病とは(鴨井久一)
  はじめに
  全章の概説
 2―歯肉炎の病態(下野正基,橋本貞充,衣松高志,山田 了)
  付着上皮の特徴
  防御機構(生理学的透過性関門)
  歯肉溝滲出液と歯肉血管叢
  ディフェンシン(defensin)
  ヘミデスモソームと外側基底板の構造と成分
  付着上皮におけるヘミデスモソームと内側基底板
  歯肉炎とは
  歯周ポケットの形成
  長い付着上皮
  上皮の移動と接着タンパク
 3―歯周炎の発症過程(小出雅則,佐藤信明,宇田川信之)
  歯周病原細菌の病原因子(菌体外毒素,LPS)
  LPSに対する細胞の病原認識分子(TLR)による認識機序
  LPSの骨代謝への影響
  MyD88を介するLPS/TLR誘導性骨代謝機構(MyD88依存的調節機構)
  TRIFは破骨細胞分化と延命に関与しない(MyD88非依存的調節機構)
第2章 唾液検査でわかる歯周病の予知性
 1―唾液検査の目的と有効性(鴨井久一,佐藤 勉,花田信弘,野村義明,伊藤公一,桐村和子,沼部幸博,吉江弘正)
  唾液検査を健康戦略にどういかすか
  なぜ唾液検査が歯周病検査に有効か
  厚生労働科学研究の成果と臨床への応用
  唾液検査概要
  唾液検査の展望
  将来の検査項目
第3章 Periodontal Medicine
 1―歯周病医療のパラダイムシフト(村山洋二)
  歯周病医療の流れ
  生活習慣病とのかかわり
  内科関連学会の動き
  歯周病医療の目的
  歯周病医療の新パラダイム
  メタボリックシンドロームへの対応
  これからの歯周病医療―メタボリックシンドローム対応療法
  メタボリックシンドローム対応療法の効用
 2―歯周病と全身疾患のEBM(島内英俊)
  歯周病が全身に与える影響
  全身疾患が歯周病に与える影響
 3―歯周病が糖尿病に与える影響(河野隆幸,西村英紀)
  歯周病が糖尿病の血糖コントロールに与える影響に関する疫学研究
  歯周病が糖尿病の血糖コントロールに影響を及ぼす機序
 4―糖尿病が歯周病へ及ぼす影響(河村 博)
  糖尿病の概要
  歯周病との関連
 5―歯周病と心血管系疾患(奥田克爾)
  疫学研究から
  感染・炎症は動脈硬化の原因
  歯周病原細菌は血流に入り込み血液を凝固させる
  動脈硬化部位や血管内壁プラークに歯周病原細菌が検出される
  歯周病原細菌は実験動物で動脈硬化を起こす
  歯周病原細菌内毒素の病原性
  歯周病原細菌熱ショックタンパク質の病原性
 6―心血管系疾患と歯周病(大口純人,上松瀬勝男)
  歯周病原細菌の動脈硬化への関与
  血清疫学的検討
  動物実験モデルでの成績
  感染が動脈硬化にかかわるメカニズム
  抗菌薬による炎症抑制と予防・治療
  今後の課題と展望
 7―歯周病と呼吸器感染症(鴨井久一)
  肺炎
  誤嚥性肺炎の防止・予防対策
 8―肺疾患と歯周病(金子 猛)
  歯周病と関連深い誤嚥性肺炎
  誤嚥性肺炎とは
  誤嚥性肺炎の発生機序,歯周病とのかかわり
  誤嚥性肺炎の診断
  誤嚥性肺炎の薬物治療
  誤嚥の予防
  誤嚥性肺炎の予防としての口腔ケア
 9―歯周病と骨粗鬆症(石川 烈,長澤敏行)
  骨粗鬆症とその病因
  歯槽骨の骨粗鬆症
  歯周炎における骨粗鬆症と歯槽骨吸収
 10―骨粗鬆症と歯周病(石佳知,三木隆己)
  骨粗鬆症の定義
  骨粗鬆症の病型
  骨粗鬆症と歯の関連
  顎骨骨密度評価の問題点
  定量的歯槽骨骨密度評価
  歯科的定量的骨密度の有用性
 11―歯周病とメタボリックシンドローム(北村正博,村上伸也)
  メタボリックシンドロームとは
  メタボリックシンドロームと歯周病のかかわり
 12―メタボリックシンドロームと歯周病(田上幹樹)
  メタボリックシンドロームの歴史
  メタボリックシンドロームと歯周病の疫学
  メタボリックシンドロームと歯周病の因果関係
 13―歯周病と早産・低体重児出産(古市保志)
  背景
  動物実験結果報告
  臨床研究結果
  介入臨床研究結果
  歯周病と早産・低体重児出産の関連性のメカニズム
  今後の展望
 14―早産・低体重児出産と歯周病(石渡 勇,石渡千恵子,岡根夏美,石渡恵美子)
  早産とその予後
  早産陣痛発来機序
  妊婦の歯科疾患
  妊娠,女性ホルモンの歯周組織への影響
  妊婦の歯周病と早産・低体重児出産との関連
  妊婦の口腔衛生啓発,産科と歯科の連携と注意点
 15―喫煙と歯周病(前野正夫)
  タバコに含まれる有害物質
  日本人の喫煙の実態
  喫煙が微生物叢と宿主に及ぼす影響
  喫煙と歯周病の因果関係
  喫煙が歯周病を増悪する分子メカニズム
 16―栄養と歯周病(葭原明弘,和泉亜紀,宮ア秀夫)
  健康寿命の延伸と歯周病
 17―ストレスと歯周病(根岸 淳,川浪雅光)
  ストレスの歯周病への影響
  ストレスと歯周病の関連についての研究報告
 18―口臭と歯周病(今井 奨)
  口臭とは
  口臭と歯周病
  口臭の診断と予防
 19―歯周炎と遺伝子(小林哲夫,吉江弘正)
  歯周炎の遺伝要因
  遺伝子多型による遺伝子検査
  歯周炎に関連する遺伝子多型
  遺伝子多型解析の一例(FcγR)
第4章 歯周病の発生因子(リスクファクター)
 1―バイオフィルム―感染症の立場から(菌と菌のインターラクション)(前田博史,苔口 進,高柴正悟)
  感染症としての歯周炎の特徴
  歯周病原細菌種と病原因子
  口腔バイオフィルムの性質
  トピックス―指先からの自己採血による歯周病原細菌感染のリスク診断
 2―生体防御 宿主免疫・老化(安保 徹)
  生体防御に関与する細胞
  白血球の自律神経支配
  免疫系
  老化と白血球
 3―生活習慣・環境因子(宮田 隆)
  個人行動的な要因
  生活環境要因
第5章 どう治療しどう予防するか(科学的治療と予防)
 1―歯周治療の基本的考え方(鴨井久一)
  歯周治療の流れ
 2―歯周病検査,診断,治療計画の立案
  (1)初診の取り方(山田 了)
  (2)歯周病検査(五味一博,新井 高)
  (3)サロゲートエンドポイントとトゥルーエンドポイントの概念(花田信弘)
  (4)診断と治療計画(石川 烈,野口和行)
  (5)かかりつけ歯科医(プライマリケア歯科医)と歯周病専門医との相互関係(鴨井久一)
 3―応急処置(出口眞二)
  応急処置とは
  急性歯肉膿瘍
  急性歯周膿瘍
 4―歯周基本治療
  (1)病原因子の排除(野口俊英,伊藤正満,林潤一郎)
  (2)スケーリング,ルートプレーニング,歯周ポケット掻爬(江澤庸博)
 5―歯周病のメインテナンスと治癒判定,再発防止−薬剤を用いた微生物学的リスク低減治療(武内博朗,花田信弘)
  検査技術の向上と予防的な歯周治療(歯周基本治療)の充実
 6―局所薬物配送システムの考え方,イリゲーションの概念(鴨井久博)
  局所薬物配送システム
  イリゲーション
  歯科薬物配送システム(3DS)
 7―MIの概念(國松和司)
  minimal intervention dentistry
  スケーリング・ルートプレーニング
  咬合調整におけるMI
  固定法におけるMI
  歯周外科治療におけるMI
 8―部位特異性の概念(小方頼昌)
  部位特異性とは
  部位特異性の原因および歯周病
 9―根分岐部病変の治療(國松和司)
  長期的予後を良好にするためのプラークコントロール
 10―歯周外科手術
  (1)歯周外科手術の概念(小林 博)
  (2)歯肉切除術,ENAP,フラップ手術(仲谷 寛)
  (3)歯周形成手術(歯肉歯槽粘膜形成術)(小方頼昌)
  (4)歯周外科手術の応用―再生療法,先進医療(小林 博)
 11―待期療法の概念―プロビジョナルレストレーション(日高豊彦)
  歯周治療における咬合治療の考え方
  歯周治療における補綴治療の考え方
 12―口腔機能回復治療
  (1)インプラントの上部構造物装着時期の考え方(諏訪文彦)
  (2)歯周治療における修復・補綴処置,成人矯正との関連(佐藤 聡)
 13―高齢者と有病者の歯周治療―口腔ケアを中心に(勝山直彦)
  口腔ケアの導入
  口腔ケアとは
  口腔ケアの必要性
  症例呈示
  口腔ケアの実際
 14―歯周治療における医学管理の重要性(高山史年,宮田 隆)
  保険制度における歯周病の医学管理
  16歳未満若年者の歯周病に対する医学管理
  モチベーションと歯周病に対する医学管理
  歯科衛生士による歯周病の指導管理
  メインテナンスに関する医学管理
  歯周病予防の指導管理のポイント
 15―歯周治療における再生治療(和泉雄一,中村利明)
  歯周組織再生療法に必要な基礎
  歯周組織再生療法の現在
  歯周組織再生療法の未来
第6章 検査をどう活用するか
 1―検査活用のコンセプト(総論)(箱崎守男)
  活用の場面ごとに考える
  今後の課題
 2―細菌検査を応用した歯周病リスク検査(三辺正人)
  患者へのモチベーションとハイリスク患者のスクリーニング
  予後診断のためのリスク検査
  治療効果のモニタリング
  メインテナンスにおけるリスク評価
 3―検査を活用した地域での対応(佐藤 保)
  地域で検査を活用した背景
  岩手県におけるシステムの概要と地域での活用
  これまでの課題,これからの課題
 4―科学的根拠に基づいた歯周治療(鈴木奈央,内藤 徹,米田雅裕,廣藤卓雄)
  科学的根拠に基づいた診断
  いろいろな細菌学検査
  科学的根拠に基づく化学療法
 5―企業での歯周病唾液検査の活用(三橋千代子)
  実施概要
  唾液検査を取り入れた理由
  受診者への十分な説明が成功の鍵
  唾液検査の実施にあたって
  検査結果の報告
第7章 唾液検査の使い方と基準値(花田信弘,鴨井久一)
  唾液検査の必要性
  CPI検査
  WHOのステップワイズアプローチ
  唾液検査の注意点
  唾液検査の基準値設定
 索引