序
医療を取り巻く環境は急速に変貌しつつあり,それに伴い医療従事者も医学にとどまらない幅広い分野の知識が求められるようになってきた.特に,医師としての職業を送るうえで多様な法律関係が存在しており,それを周知しておく必要がある.大学教育では,医事法として医師法など公法については講義されてきたが,これだけではまったく不十分になってきている.
本書においては,医師として職業生活を送るうえで,不可欠な知識と考え方を,実際の判例をふまえてよりわかりやすく解説していく.法律を理解するうえで重要なのは,法律の条文を覚えるのではなく,法律の背後にある論理と考え方を身につけることである.
医師には,「ヒポクラテスの誓い」という現代にも通用する職業倫理規範があるが,比翼をなす専門職である法律家には「リーガルマインド」というものがある.リーガルマインドとは,医療関係者にとっては聞きなれない言葉であるが,法曹すなわち弁護士や裁判官に必携の心得というべきものを意味する.
法律家になるためには,当然法文やその解釈,判例などの知識とその論理的適用能力が求められるが,それらを超えたところにリーガルマインドという概念がある.この概念を言葉で説明することは難しいが,医療でも,医学知識,医療技術だけでない医師としての倫理,心がまえが継承されていることから類推していただきたい.
もちろん,このリーガルマインドは法律の専門家である法曹に必要とされるもので,当然医師ら医療従事者には直接的な関係はない.しかし,安楽死,脳死臓器移植,胎児検査を含めた遺伝子医療あるいはインフォームドコンセントなどは,医療領域の検討だけで解決をはかれる問題ではなく,広い分野の人々による論議が必要である.宗教的な倫理問題も重要ではあるが,法律的な問題をクリアすることが一番の問題といえよう.
さらに,通常の診療においても,最近増加傾向にある医療紛争では,医療過誤が増えてきたというよりも,患者の権利意識が高まってきたことに,医師が対応しきれていないという側面が強いように思われる.
もはや,患者との診療契約という法律要素を無視して,医療を行うことはできなくなってきた.治療は,患者と医師との間で交わされた診療契約によって行われることが前提である.医師が,患者の身体にメスを入れるのはもちろん,触診として触ることも,この契約によって初めて合法とされるのである.
しかしながら,医師も法律の重要性は認識していても法律的思考に従った十分な理解に至っているとはいえない.先に述べたように,医学教育の中で,この診療契約についてさえ,きちんとした教育がなされてはいないのが現状である.
本シリーズでは,局面に応じた法律の理解をリーガルマインドという言葉を用い,判例という実例を詳しく紹介することによって,医療関係者にもわかりやすく法律の考え方を理解できることを目的とした.
医療を取り巻く環境は急速に変貌しつつあり,それに伴い医療従事者も医学にとどまらない幅広い分野の知識が求められるようになってきた.特に,医師としての職業を送るうえで多様な法律関係が存在しており,それを周知しておく必要がある.大学教育では,医事法として医師法など公法については講義されてきたが,これだけではまったく不十分になってきている.
本書においては,医師として職業生活を送るうえで,不可欠な知識と考え方を,実際の判例をふまえてよりわかりやすく解説していく.法律を理解するうえで重要なのは,法律の条文を覚えるのではなく,法律の背後にある論理と考え方を身につけることである.
医師には,「ヒポクラテスの誓い」という現代にも通用する職業倫理規範があるが,比翼をなす専門職である法律家には「リーガルマインド」というものがある.リーガルマインドとは,医療関係者にとっては聞きなれない言葉であるが,法曹すなわち弁護士や裁判官に必携の心得というべきものを意味する.
法律家になるためには,当然法文やその解釈,判例などの知識とその論理的適用能力が求められるが,それらを超えたところにリーガルマインドという概念がある.この概念を言葉で説明することは難しいが,医療でも,医学知識,医療技術だけでない医師としての倫理,心がまえが継承されていることから類推していただきたい.
もちろん,このリーガルマインドは法律の専門家である法曹に必要とされるもので,当然医師ら医療従事者には直接的な関係はない.しかし,安楽死,脳死臓器移植,胎児検査を含めた遺伝子医療あるいはインフォームドコンセントなどは,医療領域の検討だけで解決をはかれる問題ではなく,広い分野の人々による論議が必要である.宗教的な倫理問題も重要ではあるが,法律的な問題をクリアすることが一番の問題といえよう.
さらに,通常の診療においても,最近増加傾向にある医療紛争では,医療過誤が増えてきたというよりも,患者の権利意識が高まってきたことに,医師が対応しきれていないという側面が強いように思われる.
もはや,患者との診療契約という法律要素を無視して,医療を行うことはできなくなってきた.治療は,患者と医師との間で交わされた診療契約によって行われることが前提である.医師が,患者の身体にメスを入れるのはもちろん,触診として触ることも,この契約によって初めて合法とされるのである.
しかしながら,医師も法律の重要性は認識していても法律的思考に従った十分な理解に至っているとはいえない.先に述べたように,医学教育の中で,この診療契約についてさえ,きちんとした教育がなされてはいないのが現状である.
本シリーズでは,局面に応じた法律の理解をリーガルマインドという言葉を用い,判例という実例を詳しく紹介することによって,医療関係者にもわかりやすく法律の考え方を理解できることを目的とした.
序章 インプラントに関する訴訟――先端医療と損害賠償額
インプラント 事例―1
インプラント 事例―2
事例の解説
はじめのインプラントについて
再度のインプラントについて
診療契約とインフォームドコンセント
医療事故での賠償金
第1部 医療過誤に関する基本知識
1-1 診療契約とは
患者との契約
事例
医療行為の性質
診療契約の性質からみた本事例の解釈
ブリッジの保証期間
法律上の論点
1-2 誠実義務と注意義務
診療契約における医師の義務
事例―1 ブリッジの予後
事例―2 重症筋無力症増悪事件
1-3 説明義務とインフォームドコンセント
説明義務
ムンテラと専門家の責任
補綴処置の説明義務が問われた事例
インフォームドコンセント
1-4 医療水準と転医義務
医療水準とは
エナメル上皮腫の事例
(1)事例の概要
(2)裁判所の判断
(3)結論
考察
1-5 因果関係の判断
複数医療機関の受診
慢性硬化性骨髄炎の事例
咬合調整による顎関節症事例
歯科治療とリウマチ発症
第2部 司法による裁量の制限
2-1 リスクマネジメントからQuality Assuranceへ
2-2 研鑽義務と研修
事例の概要
医師の義務
(1)本判例での「医師の義務」
(2)「研鑽義務」に基づく判決
(3)これまでの「研鑽義務」
判決の問題点
(1)証拠の認定
(2)医学的問題
(3)法律的問題
アレルギーに関する訴訟
考察
2-3 口腔外科領域の医療事故
抜歯と骨折
事例―1…… ……74
事例―2
抜歯時の死亡事故
下顎骨形成術後の呼吸停止事例
2-4 歯科医療の範囲
口腔外科の診療領域に関する判例
口腔外科標榜と領域問題
口腔外科領域の問題点
口蓋垂軟口蓋咽頭形成術後の死亡事件
2-5 医科研修問題
研鑽義務と医科研修
医科研修医師法違反事件
第3部 社会法との関連
3-1 歯科医師会活動と独占禁止法
独占禁止法審決事例
事業者団体
独占禁止法違反の行為
医師会の活動に関する独占禁止法の指針
新ガイドライン
経済状況の影響
考察
3-2 医師の雇用契約
診療所における就業規則
就業規則と賃金不払い
(1)事例の概要
(2)解説
労働関係法の位置づけ
3-3 HIV感染者の人権
HIV感染者解雇事件
(1)感染者解雇事例 その1
(2)感染者解雇事例 その2
感染情報開示事件
ADA
3-4 自己情報コントロール権
自己情報開示権とコントロール権
レセプト開示
医療情報のIT化
遺伝子情報の問題
法案の成立
インプラント 事例―1
インプラント 事例―2
事例の解説
はじめのインプラントについて
再度のインプラントについて
診療契約とインフォームドコンセント
医療事故での賠償金
第1部 医療過誤に関する基本知識
1-1 診療契約とは
患者との契約
事例
医療行為の性質
診療契約の性質からみた本事例の解釈
ブリッジの保証期間
法律上の論点
1-2 誠実義務と注意義務
診療契約における医師の義務
事例―1 ブリッジの予後
事例―2 重症筋無力症増悪事件
1-3 説明義務とインフォームドコンセント
説明義務
ムンテラと専門家の責任
補綴処置の説明義務が問われた事例
インフォームドコンセント
1-4 医療水準と転医義務
医療水準とは
エナメル上皮腫の事例
(1)事例の概要
(2)裁判所の判断
(3)結論
考察
1-5 因果関係の判断
複数医療機関の受診
慢性硬化性骨髄炎の事例
咬合調整による顎関節症事例
歯科治療とリウマチ発症
第2部 司法による裁量の制限
2-1 リスクマネジメントからQuality Assuranceへ
2-2 研鑽義務と研修
事例の概要
医師の義務
(1)本判例での「医師の義務」
(2)「研鑽義務」に基づく判決
(3)これまでの「研鑽義務」
判決の問題点
(1)証拠の認定
(2)医学的問題
(3)法律的問題
アレルギーに関する訴訟
考察
2-3 口腔外科領域の医療事故
抜歯と骨折
事例―1…… ……74
事例―2
抜歯時の死亡事故
下顎骨形成術後の呼吸停止事例
2-4 歯科医療の範囲
口腔外科の診療領域に関する判例
口腔外科標榜と領域問題
口腔外科領域の問題点
口蓋垂軟口蓋咽頭形成術後の死亡事件
2-5 医科研修問題
研鑽義務と医科研修
医科研修医師法違反事件
第3部 社会法との関連
3-1 歯科医師会活動と独占禁止法
独占禁止法審決事例
事業者団体
独占禁止法違反の行為
医師会の活動に関する独占禁止法の指針
新ガイドライン
経済状況の影響
考察
3-2 医師の雇用契約
診療所における就業規則
就業規則と賃金不払い
(1)事例の概要
(2)解説
労働関係法の位置づけ
3-3 HIV感染者の人権
HIV感染者解雇事件
(1)感染者解雇事例 その1
(2)感染者解雇事例 その2
感染情報開示事件
ADA
3-4 自己情報コントロール権
自己情報開示権とコントロール権
レセプト開示
医療情報のIT化
遺伝子情報の問題
法案の成立