やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 『よくわかる 摂食・嚥下のしくみ』を出版してから,ちょうど5年の歳月が流れました.前著は,歯学部の口腔生理学の講義に加え,言語聴覚士に向けた摂食・嚥下障害学の講義を重ねる経緯でできた講義ノートをまとめたものです.摂食・嚥下関連の講演に招かれた席上では,多くの方々からこの本に対するご感想やご要望をいただきました.ありがたいと思う反面,いただいたご意見を参考に少しでもよい本に改訂しなければ,という思いを抱いておりました.そんなとき,タイミングよく出版社から改訂の勧めがあり,できるだけのことをしてみようと考え,お引き受けしました.
 前著は,特に医学的知識をもたない方でも無理なく読み進められるようにまとめた書でしたが,部分的に医学特有の専門用語が残っていたところがありました.今回の新装版では,そういった箇所をより理解しやすく,わかりやすく書き直したつもりです.また,新たな章や多数の図表を追加して内容を充実させました.ただし,極力専門用語の使用を避け,平易に解説することを優先したため,厳密さを多少欠く点があることをご理解いただければと思います.
 日本は,世界的にみても平均寿命が長い国ですが,健康という観点で,高齢者が質の高い生活を送っているかというと,必ずしもそうであるとは言えません.また,摂食・嚥下機能は生きるために必要不可欠な機能ですが,健常者にとってはあまりに当たり前の機能であるため普段は意識されず,多少の障害があってもそのありがたみや重要性は理解しにくいようです.
 今日では,医療・介護現場の方々の努力により,摂食・嚥下機能の重要性が徐々に理解され,浸透されつつあります.これまでは,摂食・嚥下障害者にどのように対処するかが課題でしたが,これからはその障害をいかに予防するか,すなわち全身の健康のなかにあって口の健康をいかに守っていくかが,話題の中心となってくるのだと思います.
 本書は,食べるための体のしくみと,体を動かしている脳のしくみを解説することで,「口から食べることの重要性」を理解していただくことを目的としています.少しでも医療・介護現場の方々のお役に立ち,人々の口の健康やQOLの向上に力を添えることができれば幸いです.
 最後に,本書を完成するにあたり,家族の励ましと医歯薬出版ならびに担当編集者の協力に感謝します.
 2004年9月 山田好秋
よくわかる摂食・嚥下のメカニズム CONTENTS

 はじめに
 巻頭口絵:「咽頭の構造と食塊嚥下時の様子」
第1章 からだを動かすしくみ
 I.神経・脳・感覚器・筋の働き
  1.神経
  2.脳
  3.感覚
   [advanced 1] 痛みと関連痛
  4.筋
   [advanced 2] 筋線維の型と筋の代謝
   [advanced 3] インパルスと筋収縮
 II.運動の制御機構
  1.反射
  2.随意運動
  3.半自動運動
  4.姿勢調節と筋疲労
   [advanced 4] 筋痛
第2章 おいしく食べるためのしくみ
 I.食べるための体の構造(摂食・嚥下器官の解剖)
  1.口から食べることの重要性
  2.口腔の構造
   1) 口唇
   2) 頬
   3) 口蓋
   4) 口腔底
   5) 舌
   [advanced 5]舌の神経支配
   6) 歯
   7) 唾液腺
  3.顎・口腔機能を支える筋
   1) 咀嚼筋
   2) 舌骨上筋群
   3) 舌骨下筋群
   [advanced 6] 下顎の開口動作
 II.おいしさとは
  1.食べることと脳の働き
   1) 本能としての摂食
   2) 本能と情動に関係した体の構造
   3) 覚醒・睡眠
   [advanced 7] 覚醒
   4) 記憶
   5) 快・不快
   6) 学習
  2.空腹感と満足感
   1)食欲の制御機構
   [advanced 8] 摂食とセロトニン
  3.視覚・嗅覚による食物認知
  4.口腔内での食物認知
  5.味を感じるしくみ
   1) 味覚
 III.食物の取り込みと粉砕
  1.吸啜(きゅうてつ)
   [advanced 9] 吸啜
  2.軟らかな食品の粉砕
  3.硬い食品の粉砕
   [advanced 10] 咀嚼運動
   [advanced 11] 顎反射
 IV.唾液
  1.唾液とは
   1) 唾液の材料
   2) 唾液の量とその性質
   3) 唾液腺の種類
   4) 唾液分泌の機序
   [advanced 12] 唾液分泌の神経性制御機構
  2.唾液の働き
   1) 唾液の生理的機能
  3.唾液の出が悪くなると
第3章 飲み込むこと
 I.飲み込むこと(嚥下)の重要性
  1.嚥下とは
  2.嚥下の必要性
  3.体の外からみた嚥下
  4.体の中からみた摂食・嚥下
   1) 認知期(先行期)
   2) 咀嚼期(準備期)
   3) 口腔期
   4) 咽頭期
   5) 食道期
 II.嚥下にかかわる体の構造
  1.摂食・嚥下に関与する筋群
   1) 顔面筋
   2) 咀嚼筋
   3) 舌筋
   4) 口蓋筋
   5) 舌骨筋群
   6) 咽頭筋
   7) 喉頭筋
  2.鼻腔
  3.咽頭
  4.喉頭
  5.食道
 III.嚥下反射
   [advanced 13] 摂食・嚥下運動の分類
  1.嚥下時の食物の流れ
   1) 嚥下の準備
   2) 嚥下の開始
   3) 食塊の咽頭通過
   4) 食道への流れ
  2.嚥下時の圧変化
  3.気道の防御
  4.嚥下の神経機構
   [advanced 14] 中枢性制御機構
  5.嚥下のまとめ
第4章 嚥下に関連する機能
 I.呼吸
  1.呼吸のための体のしくみ
  2.呼吸反射
   1)くしゃみ反射
   2)鼻無呼吸反射
   3)咳反射
  3.摂食・嚥下時の呼吸
   1)嚥下時の呼吸
   2)窒息
 II.発声
  1.音声と言語
  2.音声をつくり出す諸器官
  3.発声のエネルギー源
  4.喉頭のしくみとその働き
   [advanced 15] 構音
   [advanced 16] 構音点
  5.母音と子音
   1)母音
   2)子音
   [advanced 17] 共鳴と気流操作
  6.構音のメカニズム
   [advanced 18] 言語中枢
   [advanced 19] 失語症
  7.発声と嚥下
  8.義歯(入れ歯)と発音
 III.嘔吐
  1.嘔吐とは
  2.嘔吐の機序
  3.嘔吐の誘発
   [advanced 20] 嘔吐の神経機構
第5章 摂食・嚥下機能の障害
 I.摂食・嚥下障害とは
 II.摂食・嚥下に影響する因子
  1.脳の機能が低下すると
  2.加齢に伴う体の変化
   [advanced 21] 老化の局面
  3.加齢に伴う口の周りの変化
   1)子どもの摂食・嚥下機能の変化
   2)高齢者の摂食・嚥下機能の変化
  4.食物の物理的性質と嚥下障害
 III.おわりに
 参考資料:「口や喉が渇く可能性のある薬物の一覧」
 文献
 索引