やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

発刊によせて(財)8020推進財団理事長 臼田貞夫

 今年,日本歯科医師会は明治36年の創立から数えて100周年を迎えます.
 一世紀にわたる歴史のうえに立って,歯科界は新たな国民歯科保健・医療・福祉への視点と役割が求められています.
 1989年に提唱された「8020運動」は,「生涯を通じた歯の健康づくり」を目標として国民的な運動を展開してきました.
 これらの成果のうえに,厚生労働省の「健康日本21」では9つの生活習慣病の一つとして歯の健康への取り組みが位置づけられたと考えています.
 このなかで,都道府県と都道府県歯科医師会などが協力して実施する「8020運動推進特別事業」は全国同一基盤のうえに各地のさまざまな活動を生み出しました.さらに,こういった事業の支援と,国民に「8020運動」の理解と普及を図るために2000年12月1日に8020推進財団が設立されました.そして,2002年8月2日には「健康増進法」が公布され,「歯の健康」の重要性が法的にも明確にされました.
 この時期をとらえて,本書「歯科でいかそう健康増進法」が発刊されますことは,新時代に即応したものと喜んでおります.
 「健康増進法」に盛られた歯の健康への国民支援活動を広く展開することは,地域における健康活動の充実や,歯科受診率向上の重要な契機になると考えております.
 本書では,健康増進法の概要や.モデル事業実施にかかわる日本歯科医師会の方針を示すと同時に,「住民参加型」の地域における健康増進計画の策定の考え方,さらには「8020の里づくり」,地域事業とコアワーカーとのかかわりなど,多方面から健康増進法の理解と活用につながる内容を盛り込んだ編集となっています.
 歯科の分野で,健康増進法に則した十分な取り組みが行われるためには,@ 地域における連携を図るとともに,質的・量的に有効な予防対策の組み立てを可能にする予防システムの構築,A 国が定める「健診指針」を踏まえたEBMに基づく健診の実施,B 口腔と全身の健康における医科と歯科との有機的な連携が課題となります.
 これらの達成には,歯科医師会,8020推進財団,関係団体などの努力もさることながら,歯科医師一人ひとりの意識改革がカギとなります.
 同時に,「住民参加型・住民主体型」の支援活動には,歯科医師自らが社会の一員としての権利と義務を自覚し,住民のため,住民とともに時間を共有するエネルギーと専門家としての能力の分かち合いを,地域の中で果たすことが求められます.
 「意中有人」の言葉のごとく,互酬性のみに頼ることなく,自分のなかに他人を存在させる支援活動を目指してこそ,「健康増進法」を歯科として活用できるものと信じます.
 本書が,新しい世紀の歯科保健医療を切り開くために,歯科関係者はもちろんのこと,広く国民の方々の理解に役立つことを願っています.


序文

 2003年5月1日施行の健康増進法に歯科関係者が大きく注目した理由は,その基本方針の第7条のなかに「歯の健康保持」が挙げられたからです.この理由には二つの意味があると思われます.一つは,従来の保健関係の法律のなかに,『歯科』や『歯科医師』という文言がほとんどなく,それが歯科保健を進めるにあたっての壁となっていることが指摘されていたこと.二つ目は,この7条のなかの条文がすべて食生活・運動・休養等の生活のスタイルを掲げたなかで,「歯の健康保持」だけが唯一臓器としての『歯』を挙げていることです.
 本書の刊行を準備するにあたりわれわれ編集委員が考えたことは,この二つの理由は,実は根底で繋がっているのではないかということでした.
 つまり従来の法律のなかに『歯科』や『歯科医師』が欠けていたのは,われわれの分野の独自性が認識されていなかった結果であり,今回それが健康増進法の基本方針として明確に示されたのではないかと.そしてそれが,単なる臓器としての『歯』の大切さではなく,人が生きることと社会生活を営むために必要な条件である『食』と『会話』を,『歯の健康保持』という言葉で言い表したのだと考えるなら,われわれは,やっと『口と歯』の役割を法律として手に入れたことになります.
 しかし,そうはいっても,法律のなかにその言葉が掲げられたというだけで,全てが始動するわけではありません.これをどのように歯科界が解釈し,意味を与え,そして意義を見いだしていくか,それが問われているのではないでしょうか.
 われわれは,それを常に考えの中心に置きながら,本書を編集してきたつもりです.しかし,まだ未知の領域を多く抱えている健康増進法の活用においては,現状を踏まえ,そのうえで考えられる限りの可能性を集めるという方針をとったために,それが本書をやや情報過剰にしたのではないかという感じもあります.しかし,同時に,ここに現在の歯科界が抱える願いを見ていただきたい,そんな思いが編集委員にあることも間違いのない事実です.
 この願いとは,歯科界の一人ひとりが歯科界に未来はあるのかと自問しながら「歯科界の未来」を真摯に問い続けることです.そしてその問いかけ,その姿勢のなかから歯科界は,その求める答を見いだすことができるのではないでしょうか.
 本書が,そのような歯科関係者の一助となれば,これに勝る喜びはありません.
 末尾になりましたが,ご多忙のなかをご執筆いただいた皆様方に厚く感謝申し上げます.

 2003年11月20日
 編集委員一同