やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

序文
 筆者が居住しているドイツ・ハンブルクの南部では,チェコ側から流れてきたエルベ川という大きな川が北海に流れ込んでいる.このエルベ川の恵みのもと,ハンブルクは古くからヨーロッパ屈指の港町として栄えてきた.ハンブルクの港もその時代時代に大きく様変わりをしてきたが,このエルベ川の流れは変わらない.太古の昔から変わらず流れ続けているのである.この川を眺め筆者は時の流れを感じ,さらに自分が長年身を置いて来た歯科界の時の流れを感じた.
 人類の歴史において歯科も古くから始まっており,その流れが脈々とつながって現在に至っている.その中で重要な役割を果たして来た歯科補綴装置も,同様に人類の歴史上必要とされてきた.歯科治療,補綴治療がなくならないのは,それだけ人類にとって重要な位置を占めているからに相違なく,この歯科医療という“大河”を支えるように,歯科医療技術は日進月歩で歩みを進めている.
 その最先端ともいえるものが,現在の歯科用CAD/CAMの発展である.新たな補綴用マテリアルとしてジルコニアを生み出したのは,まさしく歯科界の進化の賜物であろう.煩雑な作業工程のバーチャル化,オートメーション化は仕事の効率化を進め,例えば今まで非常に難しかったロングスパンブリッジの適合などは簡単に,しかも早く確立することが可能となった.これにより睡眠時間を確保できるようになった歯科技工士の方がたも多いのではないであろうか.CAD/CAMが私達の仕事のあり方を大きく変えたのは間違いないだろう.
 だが,これは同時にCAD/CAMとその対応マテリアルの持つポテンシャルが,そのまま現在の歯科技工物の限界だという誤解,先入観も生んでしまっている.その一例として,フルジルコニアクラウンはマテリアルの透光性改善とグラデーション,マルチレイヤードといったディスク成型技術の革新により,審美的にかなり良いものを作ることが可能となったが,「まだポーセレンを築盛しなければ前歯部,特に単冠補綴においては無理である」という考え方は根強い.それは,汎用的なマテリアルと加工技術の「限界」がどうしても存在するためであり,特に歯科医師の方がたは経験上その認識を持つ割合が多いように思われる.しかし,そこに今まで培ってきた知識と技術を駆使することにより,単冠への対応も可能になって来ていることを広く知っていただききたく思う.
 本書刊行時点において,筆者はドイツのハンブルクでラボを経営し,歯科技工士として日夜補綴装置の製作に邁進している.そのほとんどがジルコニアレストレーションであり,中切歯単冠の補綴装置製作においても,前歯部ラミネートベニアのケースにおいても,フルジルコニア(モノリシックジルコニア)レストレーションで対応している.私の歯科技工士としてのモットーは「患者さんが納得し,喜んでいただけること」であり,たとえフルジルコニアだとしても最終目標が同じである以上はクオリティを妥協するつもりはない.言い換えれば,たとえフルジルコニアレストレーションであっても,多くの症例では今までのポーセレンを築盛したPFZと同様なクオリティの補綴装置を製作できているということである.確かに「すべてのケースでポーセレンは不要,フルジルコニアで問題ない」と言うのは過言であり,必要な時には築盛を行ったほうが良いと筆者も考えるが,実際のところ多くの症例においてフルジルコニアレストレーションで対処できるということも確かである.ただし,そこには新たな材料のスペックだけに頼らない,「使いこなす」ための知識と技術が必要となる.
 温故知新という諺がある.古きを温ね(おさらいし)新しきを知るという意味であるが,歯科技工においても先人が作り出してきた根本的概念は,現在のデジタル時代にあっても変わることがないと筆者は考える.それは歯の解剖学的知識であり,その形を再現する技術であり,その色を作り出す光や色の科学的知識・技術であり,材料学とそれを扱う技術であり,咬合を扱う知識や技術などである.それらの先人が苦労して生み出して来たものは,私たちの新しいチャレンジにおいても常にヒントを与え続けてくれ,川の流れのように変わることなく,この先も受け継がれていくものであろうと信じている.
 難しい状況に陥った時に大切なのは,常に原点に立ち帰ることである.私たちが先人たちから授かった知識と技術で,最終ゴールである天然歯を見直し,光や色を考察し,マテリアルを適切に選択する.そして知識と技術を活かしたプレシンターカラーリングで下地になる基本色を作り出し,表面ステインとグレージング材を駆使する.こうすれば,透明感のあるエナメル質の再現さえも可能となる.
 フルジルコニアレストレーションを自由自在に扱えれば,より日常の作業は簡素化でき,就労時間をかなりセーブできるようになる.その結果,寝る間を惜しんで働いてきた歯科技工士の就労環境を少しでも良くする足掛かりになるのではないだろうか.本書が少しでも歯科界発展の一助となることができるのであれば嬉しく思う.
 2021年5月吉日 可児章人
CHAPTER I 天然歯構造と色に関する基礎知識
 01 天然歯の2層構造から現れる色調
  象牙質,エナメル質の構造と色調
  歯の2層構造がもたらす色調への影響
  光源の違いによる歯の色調への影響
  エナメル質と象牙質のシェードテイキング
  天然歯と比較したフルジルコニア,PFZの光学特性
 02 科学的な色相,彩度,明度の考察
  色相,彩度,明度の基本
  フルジルコニア補綴装置での明度の考え方
  VITA classicalシェードから外れた色調の導き方
  白系カラーリング液によるオパシティの調整
CHAPTER II ジルコニア,カラーリング液の材料学的特性
 01 フルジルコニア補綴装置の臨床的特性
  フルジルコニア補綴装置の利点
  フルジルコニア補綴装置の欠点
 02 ジルコニアマテリアルの分類
  第一世代:3Y-TZP
  第二世代:HT-3Y-TZP
  第三世代:5Y-TCZP
  第四世代:4Y-TCZP
 03 ジルコニアディスクの分類と選択
  ジルコニアディスクの分類
  ディスクの物性と色調への影響
  4YY-TCZP混合マルチレイヤードディスクの優位性
  形成量とクリアランスに応じた前歯部フルジルコニア補綴装置の設計
  臼歯部フルジルコニア補綴装置における材料選択
  早期接触を避けるための咬合面への配慮
 04 ジルコニア用カラーリング液の分類
  浸透着色液の種類
  手袋の着用は必要なのか?
  異なるカラーリング液を併用できるのか?
CHAPTER III プレシンターカラーリングの実践
 01 フルジルコニア補綴装置への基本的な着色法
  プレシンターカラーリングのポイント
  前歯部のプレシンターカラーリング
  臼歯部のプレシンターカラーリング
  ジルコニアパウダーに応じた塗り分け
  ネスティングポジションによる影響
 02 シンタリング,グレージングのポイント
  シンタリングのポイント
  グレージングのポイント
  エアーブラシを使用したポーセレングレーズの活用
  エアースプレーによるグレージングの手順
 03 PFZフレームへのプレシンターカラーリング
  HT-3Y-TZP(3Y-TZP)フレームの適用と注意点
  HT-3Y-TZPフレームへのプレシンターカラーリング
  4YY-TCZPフレームの適用と注意点
  4YY-TCZPフレームへのプレシンターカラーリング
CHAPTER IV 臨床的対応の事例集
 01 適度なオパシティを持つ中切歯単冠症例
  (4YY-TCZPマルチレイヤードディスク)
 02 象牙質-エナメル質の天然歯2層構造の表現
  (4YY-TCZPマルチレイヤードディスク)
 03 フルジルコニアラミネートベニア
  (4YY-TCZPマルチレイヤードディスク)
 04 形成量が多い前歯のオパシティコントロール
  (5Y-TCZPグラデーションディスク)
 05 ポーセレン築盛を伴う接着ブリッジ
  (HT-3Y-TZP単層ディスク)
 06 異なるジルコニアディスクを併用した全顎補綴症例
  (4YY-TCZPマルチレイヤードディスク+4Y-TCZPグラデーションディスク)