やさしさと健康の新世紀を開く 医歯薬出版株式会社

はじめに
 歯は口唇や頬,舌などからの圧力のつり合いのとれたところに並ぶといわれています.そのため歯のスペースの問題がなく,口唇や頬,舌などの圧力のバランスに問題がなければ,本来歯は理想的に並ぶはずです.理想的な乳歯列である「空隙歯列」の状態から一歯ずつ生え変わりが進んでいく過程で,歯の萌出位置が多少ずれていても,理想的な口腔機能により歯に適切な力が加わりつづければ,永久歯は自然と理想的な位置に移動し,理想的な永久歯列をつくりあげていきます.
 ところが,臨床のなかで特に何もせずに理想的な歯列の発育がみられるケースは非常に稀です.筆者は数多くの小児をみていますが,右の写真のような理想的な症例はいままでに数例しかみたことがありません.
 歯列不正の原因は大きく分けて2つあると考えています.1つは,歯の萌出位置や大きさ,欠損,顎骨とのバランスなどの「解剖学的な問題」です.この場合,おもに歯のスペースをどのように確保するかが問題となる症例が多いですが,ほとんどは従来の矯正装置を駆使することで比較的問題なく解決できます.もう1つは,バランスよく口腔周囲を機能させられているかという「口腔機能の問題」です.機能を乱す口腔習癖があると,習癖によって歯列も乱れていきます.矯正装置などを使用して乱れた歯列を改善できたとしても,口腔習癖が改善しなければ,その習癖で歯列はまた乱れてしまいます.つまり口腔習癖が治らないと歯列も「治らない」,無理やり治しても「後戻りする」ということになり,口腔習癖への対応ができていないと,「治せない」恐怖に陥ります.筆者が若かりしころに味わったこの恐怖が,口腔習癖に興味をもつきっかけとなりました.
 一般歯科である当院では,口腔習癖を主訴に来院する患者さんはほとんどいません.口腔習癖に対応するには,健診などの直接的な訴えのない状態でも,まずは術者側がその兆候に気づくことが重要です.定期健診で来院する子どもたちを観察し,異常の兆候を見逃さない眼を養う必要があります.小児の成長を見守るうえで目指す目標は,タイミングよく適切に,最小限に発育の手助けをしてあげることにより,健全な歯列を育成していくことです.
 本書籍でみていただきたいのは,子どもたちとの長い経過のなかで口腔習癖とどのように向き合うかです.そのために歯列を乱すさまざまな「口腔習癖」を一時的に,断片的にみるのではなく,口腔習癖による歯列の変化や機能訓練による改善の過程などの経過の流れを観察した長期の記録を提示したいと思います.
 2018年4月の診療報酬改定において「小児への口腔機能管理加算(口腔機能発達不全症)」が保険収載されました.注目も高まってきているなか,皆さんにもぜひ口腔習癖に興味をもってもらいたいと思います.
 令和元年6月 河井 聡
 はじめに
第1章 口腔習癖とは何か?
 「口腔習癖」とは何か?
 口腔習癖はなぜ問題か?〜成人の難症例との遭遇
 口腔習癖はいつから始まる?
 できるだけ小児のうちに口腔習癖を改善したい!
 口腔習癖の種類はさまざま!
 将来の難症例につながる,3つの不正咬合を引き起こす口腔習癖とは?
第2章 開咬を引き起こす口腔習癖
 開咬と指しゃぶり
 おしゃぶり,物しゃぶり,咬爪癖
 開咬と舌癖
 舌癖改善のためにみるべきポイント
 舌癖改善のための機能訓練
 機能訓練と処置の併用
 実際の症例の見方〜形態の問題と機能の問題をアイコン化して考える
第3章 過蓋咬合を引き起こす口腔習癖
 過蓋咬合を引き起こす口腔習癖
 過蓋咬合患者の特徴
 過蓋咬合改善のための機能訓練
 臼歯挺出処置〜乳歯バイトアップ法とバイオネーター
 実際の症例の見方〜形態の問題と機能の問題をアイコン化して考える
第4章 正中のずれを引き起こす口腔習癖
 正中のずれの2つのパターン
 顎骨のずれの原因〜偏咀嚼
 偏咀嚼患者の特徴
 偏咀嚼改善のための機能訓練
 早期接触の解消
 片側乳歯バイトアップ法の併用
 矯正治療を併用した改善法
 実際の症例の見方〜形態の問題と機能の問題をアイコン化して考える
第5章 複合症例の診断 複雑な「口腔習癖」をアイコン化して切り分けて考える
 複合症例〜アイコンを使って問題点を列記する
 「形態」「機能」「その他」の問題への対応
 複合症例に対する実際の対応
 症例(1)口腔習癖の経過を観察し,機能訓練の項目を変更しながら対応した症例
 症例(2)機能訓練のみで対応するも,正中のずれがやや残ってしまった症例
 症例(3)開咬と正中のずれに対して拡大床を併用した症例
 症例(4)多くの形態の問題,機能の問題を抽出し,一つひとつ解決していった症例
第6章 機能訓練の実際
 機能訓練の役割
 さまざまな口腔習癖のメカニズムを理解する
 重要なのは機能訓練,矯正装置はあくまで併用
 モチベーションの重要性
 機能訓練は“ 続ける”ことが大切〜歯科衛生士の腕のみせどころ
 改善してもトレーニングの継続は必要
 記録を正確に残す
 機能訓練にはじめて取り組む方へ
 子どもの年齢,季節感
 機能訓練に取り組むべきか?
第7章 正常な口腔機能獲得のために まとめにかえて
 「異常の兆候」を見逃さない!!
 スポットポジションは姿勢の良い舌位
 姿勢の良い舌位(=スポットポジション)維持のために
 鼻の機能から考える口呼吸のデメリット
 口呼吸の診査
 口呼吸,歯列への影響と口蓋の深さ
 Hyrax(急速拡大装置)の可能性
 身体の姿勢
 歯科の範囲
 まとめ
附章
 開咬に対するアンケート
 過蓋咬合に対するアンケート
 正中のずれに対するアンケート
 機能訓練記録(初回記録用)
 機能訓練記録(経過記録用)

 索引